22話 彫刻スキルを磨く
宇佐ミミさんは約束通り、授業が終わった放課後に俺に声をかけてくれた。
「水琴君……いっこか」
「うん」
俺も帰り支度を済ませて、二人で彫刻クラブの部室へと向かう。
二人ともよく話すほうじゃないので、部室への道中は沈黙が続いた。
流石にこの空気は良くないと思って、俺から宇佐ミミさんに話しかけた。
「宇佐ミミさんはいつから彫刻を? 」
「えーと、お父さんがそういう仕事をしているから、物心ついたときにはずっとやってた」
「それは凄い。スキルランクはどのくらいなの? 」
「えーと、私器用さが低いからあんまりランクが伸びてなくて、まだランクCくらい」
10年くらいやってランクCか、やっぱり器用さステータスって大事だと痛感するな。
彼女がどのくらいのステータスを持っているのか聞くのは流石に失礼だろう。もしかしたら気にしているかもしれないし。
ただ彼女のCランクはおそらく成長度のかなり進んだCランクだと思う。
俺のDランクとあまり開きがないようだが、俺のは成長度ゼロだ。
Cランクになるまでまだまだ時間がかかる。
宇佐ミミさんのほうが間違いなく先にBランクになることだろう。
「水琴君はランクどのくらい? 」
「俺はまだまだだよ。ランクはDランク」
「Dランクか。それも凄いよ。いきなりランクDスタートだなんて、水琴君はいい彫刻家なれるよ」
そんなものなのかな?
ゲーム内じゃ、文月大夜のスキルボード内のスキルのランクはランダムスタートとなる。
自分の好きなイベントや、伸ばしたいスキルがあればそれを中心に伸ばしていくのが一番いい。
けれど、特に好みのない人は、あらかじめ育っているスキルを伸ばすのが最善だ。スキルを一つでもランクSまで延ばすと、とある人物から強力なアイテムを貰えるからだ。
廃人プレイヤーはそんなの関係なく、全てのスキルでランクSを目指す。その先にあるのはただの自己満足と知りながら……。
スキルに好みのないプレイヤーがスキルを伸ばすとき、初期ランクで運が良ければランクBのものがあればそれを選んでいく。
本編とは関係ない部分なので、ストーリーだけ楽しみたい人にはサクサクと強力アイテムが得られるこの選択がお勧めだ。
けれどランクBは結構運がいいほうで、基本はなかなかでない。ランクCを見つけて伸ばしていくのが中流プレイヤーの一般的行動となるだろう。
その中で、スキルを伸ばすことが楽しくなって来たプレイヤーが、他のスキルも伸ばしていこうかなと考えだすことがある。
それでスキルボードを覗くと、ランクCのスキルがいくつかと、ランクDのスキルがいくつか見つかる。他は大抵ランクE以下の長い道のりが必要なスキルたちとなる。
このスキル面白そう。なんかイベントで可愛い女の子とか出てきそう。
いろいろ理由はあれど、考慮した結果、初期ランクがDランクなら、まあやってみてもいいかな。
と、こんな感じで育成するかどうか判断を行なっていく。
ランクDは結構育成を渋る初期ランクだと俺は認識していた。
けれど、宇佐ミミさんは凄いと褒めてくれた。
ここら辺の価値観は、ゲームと現実で少し誤差があるのかもしれないと思った。
その後もとりとめのない話をして、俺と宇佐ミミさんは部室にたどり着いた。
8畳ばかりの狭い部屋の中には、正方形のテーブルが一つあるだけのシンプルな作りの部屋だ。
壁が他の教室と違って木造なのが、彫刻クラブっぽさを出している。
窓も木の枠が使われている。
良く見ればテーブルも、椅子も全て木造である。
今時こんな空間珍しい。
最新のホログラム技術どころか、機械らしいものは何一つ置かれていない。
あるのは彫刻に必要な材料たちくらいだ。
「どうぞ入って」
「いい雰囲気の部屋だな」
「うん、狭いけど部員も3人しかいないから。あっ、水琴君が来てくれたから4人か」
俺も部員としてカウントしてくれたらしい。
素直に嬉しいぞ。
なんかちゃんと仲間に入れて貰った気分だ。
やっぱりしっかりと彫刻頑張ってみよう。
部屋に入り、俺と宇佐ミミさんはテーブルに添えられた椅子に座る。
4人ということは綺麗に一人一席あるな。
ああ、席が余っているから誘ってくれたのかもしれない。
そんなことを考えていると、部屋の扉が開いて一人の女性が入って来た。
「ありゃ? 宇佐ちゃん、その人は? 」
「あ、猫ちゃん。この人は同じクラスの水琴くん。彫刻クラブの席が一つ余ってたから、誘ってみたの。以前からやってみたかったみたいだし、どうかな? 誘ってよかった? 」
「うにゃ? あたしの許可なんていらないよ。宇佐ちゃんが誘ったのなら別にいいよ。それよりも、人見知りの宇佐ちゃんがよく誘えたなーって。それも男子を。ぐふふ」
猫ちゃんと呼ばれた女性が楽しそうに宇佐ミミさんにすり寄ってからかっていた。
宇佐ミミさんは照れ臭そうに、一瞬俺を見てその理由を説明した。
「水琴くんはね。すごく優しいから……。声かけていいのかなーって思ってたけど、声をかけてみたらやっぱり優しい人だったよ」
優しい? 俺が?
なんか一周まわって変な間違った話でも出回っているのだろうか。
春鷹はこれまでの人生で鬼畜な行動しかとっていないぞ。その点は俺が保証する。
「そうにゃの? 宇佐ちゃんがそう言うなら間違いないけどさー。よろしくね、水琴くん」
「よろしく、猫さん? 」
「好きに呼んでくれていいよー」
そう言われてもな。ちらりと宇佐ミミさんを見れば説明をしてくれた。
「彼女は猫田歩さん。だから猫ちゃん、水琴くんもそう呼ぶといいよ」
「ああ、なるほど。じゃあ呼んでみようかな。猫……ちゃん」
「いい感じです」
楽しそうな俺と宇佐ミミさんには構わず、猫ちゃんはマイペースに自分の彫刻道具を準備し始めた。
宇佐ミミさんが申し訳なさそうに俺に視線を向けた。
まあこんな人なのだろう。仲良くなればすぐになれる。
猫ちゃんの次に、また部屋に来客があった。
今度は体つきの逞しい男性だった。
俺に気が付いて一瞬視線を向けてきたが、すぐに興味をなくしたのか席に座る。
「彼は熊くん。多田野熊吉で、熊くん。猫ちゃんと熊くんは学園に入る前からの知り合いなの」
「へえー、良く揃って難関のここに入ることができなたな」
「うん、本当に奇跡かも。猫ちゃんが頭いいから随分助けられたよ」
俺と宇佐ミミさんが話している間にも、熊くんは構わず彫刻道具を準備していた。
この人もマイペースらしい。
それを宇佐ミミさんがまた視線で謝ってくる。
謝る必要なんてないと手を振って答えた。
「熊くん、こっちは同じクラスの水琴くん。彫刻クラブの仲間になってくれたの」
熊くんは黙って頷くばかり。
「じゃあ私たちも作業に入ろうか」
「うん」
どうやらこの空間では口よりも手を動かすのが正しいようだし、そうしよう。
宇佐ミミさんが道具を準備してくれて、一通り簡単に説明してくれる。
「まずはこの小さいサイズから削っていく方がいいと思うけど、一から教えたほうが良いかな? それとも自由に進めたい? 」
「自由にやりたい派かな」
「うん、上達のためにもそのほうがいいと思う」
既にガリガリと木を削って作業している猫ちゃんと熊くん。
二人の集中力は凄まじかった。
スキルランクは結構高そうだ。
準備も整ったことだし、俺と宇佐ミミさんも木を削っていく。
「あ、ノミの刃先だけには注意してね。結構ギュリっとやっちゃう人いるから」
何故かこの言葉にだけ猫ちゃんと熊くんも黙って頷いた。
ギュリってなに!?
表現が怖いんだけど!
その後、4人で黙々と木を削り続けた。
木を削る音はするけど、静かで落ち着いた時間が過ぎた。
誰も話そうとしないけど、なんだかこの空間が俺にはすごく合っている気がする。
誘ってくれた宇佐ミミさんには感謝だ。
木彫りは一日で作るものじゃないらしい。
3人は精巧に、何日も前から作業を続けている木に手を加え続けている。
俺は素人なので、細かい物は作らない。
とりあえず、丸い置き時計でも作ってみよう。
そうして集中して作業すること2時間があっという間に過ぎた。
始めの頃よりだいぶ削る要領がつかめてきた。
これならもう少し手を速めてもいいかもしれない。
そこでガリガリと手を速めていると、ツルっとノミが滑った。
ギュリッ!!
ノミの刃先が俺の中指の肉を抉った。
「あああああああ! 」
「うにゃ!? ああ、水琴くんギュリっちゃったね」
「大丈夫!? 水琴くん!? 思いっきりギュリってるけど! 」
「痛い! とても痛いです! 」
「急いで医務室に。ヒールをかけて貰おう! 」
宇佐ミミさんが俺の手を引いて医務室まで連れていってくれた。
ヒールですぐに治してもらったものの、かなり痛かった。とほほである。
ギュリっとはこのことらしい。
事前に注意されたのにな。反省である。
彫刻クラブの部屋に戻ると、猫ちゃんと熊くんが心配の視線を向けてくれた。
「大丈夫ー? 結構ギュリってたけど」
「ヒールで完治した。さっきは叫んでごめん」
あはははと猫ちゃんが笑う。
「別にいい。皆通る道だ」
俺たちの視線が一人に集まる。
今気遣いの言葉をくれたのが熊くんだったからだ。
入って来た時からずっと話していなかった彼が。
宇佐ミミさんと猫ちゃんの様子からしても彼が口を開くのは珍しいとわかる。
席に戻ると、宇佐ミミさんが嬉しそうに話してくれた。
「熊くんが話しかけたってことは、水琴くんを認めたってことだよ。たぶん2時間黙々と作業してたのも気に入ったんだと思う。好きじゃない人はすぐに飽きるから」
ああ、そういうこと。
なんだか照れ臭いな。
熊くん、そうならそうと言ってよ。
結局この後は作業をしなかった。
俺がギュリったこともあり、今日はここまでとのこと。
スマホでスキルの成長度を調べてみた。
スキル”彫刻”
ランクD、成長度003。
一回で成長度が3伸びるのは凄いな。流石は春鷹の器用さである。
成長度が100まで行くと、ランクCに昇格だ。
腕も格段に良くなり、成長を実感できることだろう。
「あ、成長度が1上ってる。すごい」
「うにゃ? あたしも」
熊君もスマホを見せて、成長度が上がったこと見せている。
三人とも成長具合に驚いているらしい。
そういえば、ゲーム内じゃスキルを伸ばすときに大人数でやった方が成長度が良いとされていた。
だから皆を勧誘して同じクラブに入らせたりする技が横行していたな。
この世界でもそれはきちんと反映されているらしい。
「水琴くんが来たからかな? 」
宇佐ミミさんの言葉に猫ちゃんと熊くんが楽しそうに頷いた。
「なんだか、水琴くんに助けて貰ってばかりだな、私」
「なんのこと? 」
「うんうん、何でもない」
宇佐ミミさんの言葉の真意がわからなかったけど、この日俺はようやく学生らしい一日を過ごすことができたのだった。
多田熊吉 → 多田野熊吉




