間話 ミーシェ=フェイについて その四
十歳になったミーシェやリルは小さな町の外に広がる森に足を運んでいた。
いつもよりも少し遠くまで。
サラマンダー聖国の片隅。あまりにも辺鄙な田舎町のために危険な魔獣や盗賊さえも寄りつかないからこそ十歳の二人が大人の同行もなく森に入ることが許されていた。
……『FBF』ではこの時点ではまだ何の特訓もしていないために戦闘力皆無な普通の女の子だったのだが、『知識』をフルに活用して効率的に特訓を重ねることでリルもミーシェも大人というかそこらの兵士すら手も足も出ない力を手に入れていたのでこんな辺鄙な田舎町ではなくとも彼女たちなら大丈夫だと判断されていただろうが。
特にリルの成長は凄まじかった。
ステータスオープンのような能力を見抜く力はゲームと違ってこの世界にはないのでレベルやステータスは正確にはわからないが、中盤くらいの敵なら瞬殺できるのではないかと思えるほどだった。
あくまで『FBF』はオープンワールドRPGなのでレベルが上がっても技のエフェクトが派手になるなどの外から攻撃力などをはかる手段はないので感覚の話にはなるのだが。
それでも何年もかけて特訓しても魔法が使えず魔力を飛ばすくらいしかできないミーシェよりは遥かに強くなっているのは確かだ。
流石は主人公といったところか。
その才能はボスの中でもそんなに苦労せずやられる中ボス的立ち位置のミーシェなんかとは比べ物にならない。
(ちえ。格好いいな、ちくしょう)
嫉みよりも尊敬が勝つ。
友達だからこそ、好きだからこそ、過去がどうであれ今のミーシェは『FBF』で嫉妬に駆られてリルを裏切って死ぬルートから外れていた。
こんな自分を拾って我が子のように育ててくれた村長。どこから来たのかもわからない余所者のミーシェを村の仲間として受け入れてくれたみんな。
そして前世も含めて初めての友達であるリル=スカイリリス。
小さな村には幸せが詰まっていた。
他の人間には何でもない些細なことかもしれないが、ミーシェにとっては何よりも大切な宝物だった。
だから。
だから。
だから。
ズッッッズズン!!!! と。
その轟音が破滅を告げた。
『なに今の!?』
その台詞。
森の中、音のほうを向くリル=スカイリリスのその姿。
『知識』が溢れる。
前世の記憶が掘り起こされる。
『ある出来事』が始まった。
今まさに『四つの災厄』の一角が復活したのだ。
遥か昔から村の近くに封じられていたのだが、魔族と人類の戦争の影響で忘れ去られた脅威。
初代勇者が封じることが限界だった世界を破滅に導く四つの災厄の一角。
つまり破滅だった。
小さな村は大陸から抹消される。リルはミーシェに手を引っ張られて逃げて生き残るがその後に離れ離れになる。
教会の私兵やサラマンダー聖国の軍勢を引き連れた(スカーレット=フィブリテッドの二つ前の)歴代最強の聖女が命を捨ててどうにか封印、四年の歳月をかけて復活したかの存在をリルが倒す。
そういうストーリーなのだ。
運命は動き出している。
つまり、もう、どうしようもなかった。
思い出すのがもう少し早ければ村人たちと共に逃げることもできたかもしれない。だが、ここまできたらできることはない。
『四つの災厄』。
聖国の切り札、聖女が命を捨てても封じることしかできない脅威。
ミーシェなんかと違って絶望的な強さのボスなのだ。
だから。
しかし。
『ミーシェ、これすっごくヤバいのが暴れているのかも! みんなを助けにいかないと!!』
『まって!!』
『なに!? 急がないとみんなが!!』
『わかってる!!』
駆け出そうとしたリルの手を掴む。
止める。
だって無理だ。
今回復活した『四つの災厄』の一角にはわかりやすい弱点はない。つまり『知識』は役に立たない。ストーリーを無視して一発で攻略法を編み出して勝利するなんて都合のいい展開はありえない。
『もうみんなは助からない』
ミーシェを拾ってくれた村長は我が子のようにミーシェを育ててくれた。
『強くなりたいから特訓する!』とかそんなことを言い出した血が繋がってすらいないミーシェの我儘を跳ね除けることなく、魔法や『気』の教材を取り寄せるなどしてサポートしてくれた。
お金だってかかっただろう。
苦労をかけてしまっただろう。
それでも嫌な顔せずに、いいやいつも笑っていたくらいだ。
ミーシェがいてくれて毎日が賑やかで楽しいと、そう言ってくれた。
前世の両親は病状が良くならない『彼女』を金食い虫の重みだと吐き捨て、ろくに会いにもきてくれなかったのに。
だから今世で初めてミーシェは親の愛を知った。血が繋がっていなくても確かにそこには愛情があった。
『助けられないんだよ!!』
村人たちはミーシェのことを村の仲間として扱った。
特別扱いではない。リルや他の子供と同じように、余所者とかそんな風に距離をとることなく。
リルとの特訓で無茶をして怪我をするようなことがあれば叱られたし、手伝いをすれば褒められた。そんな当たり前の子供として扱ってもらえることがミーシェにとってどれだけ嬉しかったか村人たちは気づいてすらいないだろう。
特別なことなんて何もなかったかもしれない。
だけどだからこそあの小さな村での日々は光り輝く宝物なのだ。
『だから私たちだけでも逃げるしかない! もうここまできたらそうするしかないんだよ!!』
それでも、見捨てるしかなかった。
どこまでいっても中ボス程度の才能しかないミーシェでは今この時点で『四つの災厄』の一角に勝てるだけの力がないとわかっていたから。
せめてリルが死地に向かうのを阻止する。
たった一人の友達だけは助ける。
それくらいなら、ストーリーをそのままなぞるだけならできるはずだから。
『もうここまできたら? なにそれ、どういうこと?』
『ッ!?』
低く、抉るような声音だった。
これまで一度だってリルがミーシェに向けたことのない、そんな声だった。
『もしかしてこうなるってわかっていたの?』
リル自身、突拍子もないことだと思っているのだろう。ミーシェを見つめるその目は探るような、怯えるような、否定してと叫ぶような、そんな目だったから。
それでもそんな考えが思いついてしまうくらいにはミーシェは他の人とは何か違うという感覚でもあったのか。
ずっと一緒にいた幼馴染みだからこそ見える何かがあったのかもしれない。
『ミーシェッ!!』
『私だって! 本当はもっと早く思い出したかった!!』
こんなこと言っても何の意味もない。
それでも一度漏れてしまったらもう止まらなかった。
『確かに私はこの世界の未来がわかる。でもその「知識」は穴だらけで全然思い出せなくてだから何が起きても悪い方には進まないようきちんと対応できるように強くなろうとして、だけどこんなに早い段階で「四つの災厄」にエンカウントするとかそんなの聞いてない!! こんな大事なことを今さっき思い出してさあ! どれだけ愚図なのよ私はあ!! うう、ぐす、ちくしょう。間に合わなかった!! だってあそこにいるのは「四つの災厄」の一角で、未来において主人公で勇者で特別なリルなら勝てるよ世界だって救えるんだから勝てるに決まってるだけどそれはあくまでもっと先でのことで今のリルは私が手を引っ張って逃げ延びるって決まってて、その通りに進めば少なくともリルが死ぬことはなくて、だから逃げてよ私が死ぬのはいい二度目という奇跡の中であんなにも幸せな日々が送れたんだものだけど大切で大好きな友達を失うことだけは嫌だ絶対に嫌だお願いあとでいくらでも罵ってくれていい恨んでくれていい殺してもいいだから今だけは言うこと聞いてリルだけでも生きてほしいんだよだから早く逃げようよお!!!!』
醜い叫びだっただろう。
涙が飛び散り、呂律も回っていなくて、聞き取ることも困難だったはずだ。
そもそもいきなりこんなことをぶつけられてもリルには前提となる条件さえ伝わるかどうか。
理解してもらうためではなく、ただただミーシェの感情を吐き出しただけの、それ。
心の底の底で凝縮された本音。
こんな自分は見限られても仕方がない。見限ってもいい。それでもせめてリルだけは生きてほしい。
それだけで彼女は主人公になれる。
最低でも定められたストーリーをなぞるだけでも勇者として世界を救うことができるのだ。
つまりリルは死なずに済む。
世界を救った勇者として後世まで語り継がれる。
少なくともエンディングは胸糞悪いバッドエンドではなくハッピーエンドであったと、そんな予感があるからこそ。
だから。
だから。
だから。
『あたしは認めない』
リル=スカイリリス。
幼馴染みで、前世も含めて『彼女』の人生の中で初めてできた大切な友達で、大好きな女の子は言う。
『みんなが死ぬのが正しい未来だなんて認めない! みんなが笑えるハッピーエンドを掴んでやる!!』
それはどこまでも眩しく、格好良くて、だからこそミーシェはリルのことが好きになったのだと思い知らされた。
『あたしが主人公なら、勇者になるなら! 世界を救うなら!! どんな敵にも負けずに誰も彼も救う最強にだってなれるはずだもん!!!!』
『え、あ?』
リル=スカイリリスは諦めない。
こんなところで折れるようなちっぽけな主人公ではない。
『ミーシェは未来がわかる。だけどその未来はあやふやだからとりあえず強くなってどんな困難にも対応できるようにした』
リルは理解していた。
あんな感情むき出しの叫びから必要な前提条件を受け取っていた。
その上で疑問の一つも挟まずに、信じた。
友達の言葉を疑うわけがない。
だから。
未来を変える突破口もまた見えていた。
『だったら違うはずだよ。今この時点での私たちの力は違わないと辻褄があわない!!』
『そ、れは』
『あたしは身体を動かすのはそんなに好きじゃない』
そう、リルは明るく元気ではあるが外で駆け回るよりも家の中で遊ぶほうが好きだ。
だからこそミーシェと特訓している以外の時間は家の中でおままごとをしたりとそんな遊びばかりをしていた。
ミーシェが友達だからこそ特訓には付き合ったが、そうでなければ外で遊ぶようなことは少なかったはずだ。
ましてや魔法や『気』の特訓なんてしない。
それを、未来を知るミーシェがねじ曲げた。
となれば、『本来辿るべき未来』でのリルはろくに鍛えていないから才能はあっても実力はなかったかもしれないか、今この時間軸のリルはミーシェのおかげで魔法や『気』の技術を高めて実力をつけている。
主人公。
未来において勇者になるほどの才能を秘めたリル=スカイリリスは今この時点においても大人顔負けの──大人も勝てないほどの力を手にしている。
ミーシェがそうした。
そうしたのだ。
『そんな私がこんなに強くなれたのはミーシェのおかげ。ミーシェが未来を変えるために足掻いてくれたからあたしはみんなを救える力を手に入れている!!』
リル=スカイリリス。
世界を救う素質をもつ幼馴染みは言う。
『みんなが死ぬのが定められた未来? そんなの知るか!! 主人公で勇者で、そして何よりミーシェの幼馴染みであるこのあたしが全部救ってやる!!』
だから、と。
前世でも今世でもたった一人の友達はこう言ったのだ。
『あたしを信じて』
卑怯だった。
そんな言い方、ずるい。
だってミーシェはリルのことが大好きで、だってミーシェはリルがどんどん強くなっていくのを一番そばで見てきて、だってミーシェはリルが主人公として勇者として世界を救う未来を知っている。
でも。
それでも。
『だめ、だよ……。リルのことを疑っているわけじゃないけど、だけど!!』
『……そっか』
呟き、そしてリルはミーシェの手を振り払った。
『知識』の有無は関係ない。リル=スカイリリスという女の子は『こう』だからこそ主人公なのだ。
『ミーシェは逃げて。みんなはあたしが助けるから』
『まって!!』
止められなかった。
ミーシェよりもリルのほうが遥かに強いのだから、本気のリルを力づくで止めることはできない。
リルを鍛えていない原作通りなら魔人であるミーシェが力づくで逃がすこともできたのに。
ミーシェには追いかけることしかできなかった。
こうなったらこの選択が未来を変えられると信じるしかなかった。
ーーー☆ーーー
肉が裂けて、骨が砕けて、一人の人間の命が潰れる音がした。
未来は変わった。
ただし変わった未来が必ずしもより良いものになるとは限らない。




