【コミックス2巻発売記念SS】そわそわする冬デート
本日家庭内ストーカーコミックス2巻が発売されました!
ときめきが超絶ましましの紙コミカライズとなっております……!どうぞよろしくお願いします。
初雪がちらちらと舞う冬の日。
そんな今日、私はアルバート様と一緒に街デートに来ていた。
この国では冬になると、あちこちの木にたくさんのオーナメントが飾られる。それらはまるでクリスマスツリーのようで、眺めているとついつい鼻歌を歌ってしまいそうなほど気分が上がる。
そんな冬支度を整えたなんだかおしゃれな王都の街を、二人で歩く。
「あ、旦那様! あそこにあったかいレモネードが売ってますよ! 飲みませんか?」
「……あ、ああ、そうだな。買いに行こうか」
今やアルバート様の好物になっているレモネードの屋台を指し示すと、どこか心あらずといった様子のアルバート様が、ハッとして慌てて頷く。
屋台に向かって歩きながら横顔を見上げて様子を窺うと、その視線はどことなくそわついていた。
(妙だな……)
私の中の蝶ネクタイの少年探偵が、今日10度目くらいの違和感を訴える。
いつものアルバート様なら、私の視線が屋台に向いた0.9秒後には「買ってこようか?」と執事もびっくりの気遣いを見せるはずだ。
いや、そもそも普段なら、私が屋台に目を向ける前から色々なところに目をつけているはず。
「ホットレモネードを買う前に、あそこで売っているワッフルをお供に買おう」「あそこのベンチなら風が来ないと思う」「体が冷えないよう湯たんぽも持ってきた」などと、いそいそと嬉しそうにおしゃべりをするはずだ。
しかし今日のアルバート様は朝から妙にそわそわとしている。
道行く人を眺めたり私を眺めたりあらぬ方向を眺めたりと、全体的に落ち着かない。
初雪の寒さや、いつもよりも人が多い街並みに早く帰りたくなったのかなあとも思ったのだけれど、そういうわけではなさそうだ。
(いや……今日は異様だけど、そわそわしてるのはもう少し前からかも)
つい先日、「初雪が降ったら街に出よう」とアルバート様に誘われた時のことを思い出す。
初雪デートというなんだかロマンチックな響きに浮かれてあんまり気にしていなかったけれど、思えばあのお誘いの少し前からアルバート様は落ち着きがなかったような……?
「買ってきたぞ。少し熱いから、こぼさないように」
考え込む私に、アルバート様がほかほかと湯気の立つホットレモネードを差し出す。
いい匂いに一瞬で考え事は吹き飛んで、受け取ってお礼を言った。
「ありがとうございます! あ、あそこのベンチに座りましょうか? 屋根がありますよ」
今日は人が――それも特にカップルが多いにも関わらず、奇跡的にベンチが空いている。
アルバート様の日頃の行いがいいからかなと夫の徳の高さに感謝していると、なぜかアルバート様は狼狽した。
「旦那様?」
「じ、実はあっちの方に、座り心地が良いかもしれないベンチがある」
座り心地が良いかもしれないベンチ……?
初めて聞いたフレーズに困惑しつつ、アルバート様の視線の先に目を向けて――ぎょっとした。
少し離れた場所に、一際大きな目立つ木があった。
華やかできらきらとしたオーナメントで飾られたその大きな木の下に、アルバート様が言う『座り心地の良いベンチ』はあるようだ。
だけどそのベンチは凄まじく人気があるらしい。カップルがずらりと並ぶそれは圧巻で、前世で一時流行っていたらしいタピオカ屋くらいの行列だった。
タピオカならばともかく、どんなに座り心地が良いベンチだろうとあんなに並んでまでは座りたくない。
というか何であんなに並んでいるんだろう。
そう戸惑いながらアルバート様の顔を見上げると、彼は捨てられかけた子犬のような顔でこちらを見下ろしていた。
どうしても座りたそうだ。
「…………旦那様。もしかしてあのベンチ、初雪の日に座った恋人は永遠に結ばれるとか、そういったジンクスがあったりしますか?」
「!」
いかにも図星を突かれたと言った風情のアルバート様の様子を見るに、どうやら正解らしい。
気まずそうな顔のアルバート様に「言ってくださいよ」と思わず突っ込む。座り心地が良いベンチとだけ言われても、じゃあ並びましょうか、とはならない。
私の言葉にアルバート様が、ますます気まずそうな顔で口を開いた。
「……先日王城に行った際、ルラヴィからたまたまこのジンクスを聞いてすぐに言おうと思ったんだが……その場にいた陛下に、『ジンクスなんて小さなことを気にするより、行きたいところに行く男の方がかっこいいのではないか?』と言っていたから、つい……黙っておこうと」
陛下め……!
きっと陛下なりに「ジンクスなんて関係なくアルバートの好きなところに誘えばいいじゃん」という激励なのかな? と思うけれど、意外と乙女なところがあるアルバート様なら、悩むに決まってるじゃないか。
心の中で50回くらい陛下に文句を言いつつ、しかしジンクスを聞くなりやってみたいなと思ってもらえたアルバート様のその気持ちが嬉しくて、思わず笑いながら「そんなこと気にしなくて大丈夫ですよ!」と言った。
「私、そういうジンクスを聞いてやってみようと思う旦那様はすごく可愛いと思います」
しかしアルバート様は私の言葉に、少し不本意そうな顔をする。
「…………可愛いとは思われたくない」
「間違えました。かっこいいと思います」
内心でかわいすぎるにも程があると悶えつつ、レモネードを持っていない方の手でアルバート様の手を握る。
「よし、並びましょう! あったかいレモネード買っててよかったですね」
「……ああ、そうだな」
握った手をぶんぶん振ると、アルバート様がようやく笑う。
私たちはそれからレモネードをお供に、ベンチに座る順番を楽しみに待っていた。
お読みくださりありがとうございます。街なんて必要最低限しか出たことのないアルバート、きっと人混みに驚いて余計にそわそわしたと思います。
12月末にもう1話SSを投稿します!
今後とも家庭内ストーカーをどうぞよろしくお願いします……!





