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後ろ姿も発光してる

 




 最近の私はおかしい。


 朝食の時間だ。ダイニングの扉に手をかけて、緊張を逃そうとため息を吐く。

 そろそろと扉を開けると、アルバート様はすでに席についていた。


「……おはよう」


 私を見たアルバート様が一瞬顔を輝かせて、はにかむように笑った。


 耐えきれず、扉を閉めた。


 なんということでしょう。あそこに光り輝くイケメンがいらっしゃいます。背景には花が咲き乱れる幻影が。


「……どうした? どこか具合が……」

「……!」


 アルバート様が扉を開けて、心配そうな顔を見せた。

 ぶんぶんと勢いよく首を振る。ホッとしたように眉を下げた彼が、私に手を差し出した。

 つい手を乗せると、アルバート様の指先が優しく私の手を包む。


「一緒に、食べよう」


 ちょっと照れくさそうなその顔に、心臓がギュンと聞いたことのない悲鳴を上げた。




 ◇



 図書室でぼんやりと書きかけの手紙を眺めながら、私は自分の不安定すぎる情緒に困り果てていた。



 先日ーー王城の宝物庫で、アルバート様は公爵様がなさったことについて話してくれた。

 淡々としていたからこそ、痛ましかった。アルバート様も、二人の女性も。


 だけど何より、自分を加害者の一人だと信じているのだろうアルバート様が悲しかった。

 誰よりも幸せになってほしい。そう思って必死で言葉を尽くしたら、彼はとんでもない奇行に走った。私を抱きしめたのだ。


 あれはいけない。よろしくない。アルバート様から見たら落ち込んだ飼い主をペットのたぬきが慰めに来てつい感極まった。……くらいの気持ちだったのだろうけど。


 私はアルバート様に抱きしめられてから、頭の中がアルバート様でいっぱいになっている。


 寝る前まで思い出して、顔を見たら恥ずかしくて。

 これではまるで、恋をしているみたいじゃないか。


「こっ……」


 ガンッ!


 テーブルに頭を打ちつける。


 ジンジンと痛む額もそこそこに、『私は今一体何を……』と呆然とする。


 するといつの間にか本棚の陰にいたらしいアルバート様が「何をしてるんだ」と慌てて寄ってきた。


「赤くなってるじゃないか。……ほら、見せて。薬を塗ろう」


 そう言って、心配そうに眉を寄せた彼が私の額を覗き込む。

 アルバート様の匂いがふわっと香って、私は抱きしめられた時のことを思い出した。



 耳に響く掠れた声だとか、体が広くて、手が大きいことだとか。

 恥ずかしいと同時に、なぜか嬉しかったことだとか。



 ぶわわっと一気に頰が熱くなると、どこから取り出したのか私の額に軟膏を塗るアルバート様の手が止まった。


「熱い。……顔も赤いし、やはり体調が悪いんだろう」

「い、いやこれは」

「隠さなくてもいい。最近どこか様子が変だと思っていたが……今日はもう、休んでくれ」

「こ、ここは日当たりが良くて。……ええと、手紙も書かなきゃですしこれ書いたらお部屋に戻って休みます……」


 集中したいからどこかに行ってくれと暗に仄めかすと、アルバート様が「手紙……」と呟いた。


「……ゴドウィン・ラブリーか?」

「そうです。先日殿下からお預かりした手紙を送ったのですが、そのお礼の手紙に近々こちらに来たいとあったので、その返事を……」

「そうか」


 アルバート様が微笑んだ。どことなく違和感のある微笑みに、二人の不仲をハッと思い出す。


「あの、もしも公爵邸に招くのがお嫌でしたら私がゴドウィンのところに……」

「嫌じゃない、ぜひ呼んでほしい」


 アルバート様がものすごく慌ててそう言った。


「でも……」

「本当に嫌じゃない。……ただ、彼は君と仲が良いだろう」

「確かに仲は良いですけど……」


 だから何だろう。困惑してアルバート様の顔を見ると、彼は少し笑って「……ただの嫉妬だ」と言った。


「だから君が気にすることじゃない。それより、まずは休んだほうがいい。手紙は後からでも書けるだろう? 少し休んで、体調が良くなってから書いた方がきっと……彼も喜ぶ」


 有無を言わさない口調でアルバート様がそう言って。

 頭の中がはてなでいっぱいになった私は、とりあえず頷いた。




 ◇



 情緒以外は健康な私は、昼間からベッドに入っても寝れるわけがなく……はないけれど、悶々とアルバート様のことを考えていた。


 もしかして。本当にもしかしてだけど。


 アルバート様は、私を好きなのではないだろうか……?


 そんな馬鹿げた考えが浮かんで、慌てて首を振る。

 すみれの砂糖漬けのような可憐な男が、大福もちを好きになるわけがない。


 いやでも正直、アルバート様って趣味が悪いし……。

 ベッドにあのダサいクッション飾るくらいだし……。


 それにもしも私を好きじゃなかったら、彼は好きでもない女を抱きしめた挙句、嫉妬という言葉を使って女を惑わす生粋の女たらしということになる。鬼畜である。地獄行きだ。


 だから……私のことを、好きならいいのに。


 そう考えて、ベッドの上でごろごろとのたうち回る。

 私は今冷静になれていない。なれていないけれど、これだけはわかる。


 あの素敵な人と釣り合う何かを、私は何も持っていない。

 そして公爵夫人が捕まったあと、大きなダメージを負うだろう公爵家の助けになるようなものも、私は持っていないのだ。





 

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