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災厄魔女と優しい嘘の恋人契約  作者: 朝霧あさき
一章『災厄の魔女と恋人契約』
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5、お兄さんのお願い



「さて、どうしよっかなぁ」


「どうするもなにも、私に道案内させて出ていくか、一人で出ていくかの二択ですよ?」


「実質一択じゃない? それ」



 脱ぎ散らかした服やナイフなどを身に付けながら、お兄さんは首をひねる。なにを悩んでいるのだろう。ここは魔女の箱庭。出ていく選択肢以外ないと思うんだけど。



「実は俺、行く宛てがないんだよね」


「……どういうことですか?」


「ちょっと仕事でヘマしちゃってさ。逃げてる途中にたまたまこの結界を見つけて、身を隠すのに丁度いいなぁって利用しちゃった。あ、破壊まではしてないから安心して。少し切れ目を入れて中に入っただけだから。良い結界だよね。すぐ元に戻ったし」


「迷惑すぎる!」



 確かに魔女管理教会の結界は特別製。並みの術者では傷一つ付けられない強固なものだ。中に入れれば最強のシェルターになり得る――のだが、そもそもここに入れること自体おかしいと気付いてほしい。

 避難施設じゃないんですよ。魔女の住処なんて、むしろ忌避されるべき場所なのに。

 怪訝そうに眉をひそめると、お兄さんはくるりと刀を回して腰に収めた。



「良い刀でしょ? これでズバッとね」


「武器の知識はないので良い物かどうかは……ズバッと? 何をです?」


「結界」



 さらっと言ってのける。いや、ちょっと待ってほしい。



「物理!? 物理であの結界を破ったっていうんですか!?」


「やだなぁ、破ったんじゃなくて切ったんだよ。見ての通り剣士だからね。俺、魔法の才能はてんで駄目でさぁ」



 わざとらしく肩をすくめ、やれやれと首を振る。

 おかしいと思った。張り巡らされている結界に自己修復機能がついているなんて聞いた事がない。

 破壊されればそれまでだし、緊急事態として私や司祭様にすぐ連絡がいくようになっている。


 今回はたまたま連絡系統にエラーでも出たのかと思っていたが、まさかあまりに綺麗にスパッと切ったせいで、くっついたとでも言うのだろうか。そんな馬鹿な。だとすればこのお兄さん、へらへら笑っている姿からは想像もつかないほどの手練れだ。



「なぁに? かっこよすぎて見惚れちゃった?」


「ち、が、い、ま、す! また嘘つくんだなって呆れただけです!」


「嘘なんてついてないよ?」


「魔法の才能がないって、それじゃあさっきのあれはなんだったんですか!」


「ああ、これ?」



 そういうと、お兄さんは空中に薄緑色に光るナイフを浮かび上がらせた。



「こんなの子供だましのおもちゃだよ。五分くらいしか持たないから使い捨て用」



 奇襲にはもってこいだけどね、とウインクを投げて寄越してきたので、右手で払いのける。いちいち例えが物騒です。

 今ならアイシャがユーリーン王子に対してだけ基本塩対応だった理由が理解できた。調子に乗らせたら絶対面倒なタイプだ。



「えー、ウインクくらい受け取ってくれてもいいのに」


「手慣れすぎてて腹立たしいのでお断りします」


「やだ理不尽!」



 抗議の視線を送られたが、本気じゃないことくらい目を見ればわかる。こういうのはスルーが安定だ。参考資料がバラ乙のアイシャなんだけど、たぶん誰よりも正解な気がする。



「現状は把握しました。では、見つかりにくい獣道をご案内します。お兄さんなら問題なく進んでいけるでしょう」


「その提案も有難いんだけどさ」


「さすがに宿の手配とかはできませんよ? 私ここから出られませんし」


「そ、そんな何もできない駄目な大人に見える? そうじゃなくて――」



 お兄さんは居住まいを正すと、こほんと咳払いを零した。



「君の家に置いてくれない?」


「今なんと?」



 思わずノータイムで聞き返していた。

 とんでもなく不穏な言葉が聞こえた気がしたけれど、さすがに聞き間違いですよね。キミって人に宿を提供してくれないか交渉を手伝ってくれってことですよね、きっと。キミって名前の人物に心当たりはないけれど。


 思考がフリーズしかけている私の混乱っぷりを知ってか知らずか、お兄さんは自信たっぷりにぽんと胸を叩いた。

 駄目だ。嫌な予感しかしない。



「力はあるから重いもの運べるし、腕っぷしも自信あるから護衛としても役に立つ。こう見えて料理も得意だよ! ほらほらぁ、お買い得でしょ?」


「絶ッッッ対に嫌です!!」



 私はお腹の底から叫んだ。今まで生きてきた中で、ここまで感情を込めて叫んだのは初めてかもしれない。本当に何を考えているの、このお兄さんは。

 魔女と一つ屋根の下で暮らしたいだなんて正気を疑う。どんな過程で魂が曇るかは個体差もあって未知数。私でさえ自分の感情を持て余している状況なのに、自ら地雷原に足を突っ込むなんて自殺行為もいいとこだ。


 これ以上悩みの種を増やされてはたまらない。

 私は両手をクロスしてバツを作り、念を押すように「駄目ですからね!」と断固拒否の姿勢をとった。



「嫌われちゃったなぁ」


「好きになる要素、どこかにありました?」


「案外ぐさぐさ刺してくるねぇ。あ、気を許してくれたとか?」


「なんというポジティブシンキング!」


「そんな力いっぱい褒められると照れちゃうなぁ」


「一切合財褒めてませんけど!?」



 なんだかもう真面目に相手をしているのが馬鹿らしくなってきた。人をからかって遊びたいのなら他を当たってほしい。私も暇じゃないのだ。くるりと反転し、お兄さんに背を向けて歩き出す。



「ちょ、ちょっと待って! 話はまだ――」


「魔女は人との接触を禁じられています。道案内が不要ならば、私がお兄さんに出来ることはありません。お話は以上です!」



 きっぱりと言い切って台車の持ち手を掴む。ここまで拒絶の姿勢を示したのならばさすがに諦めてくれるだろう。そう思って少しだけ顔を上げる。しかしお兄さんは酷く穏やかな表情で私の腕を掴んだ。



「人と関わらなくても、前任の魔女様は国を滅ぼしたじゃないか。その約束を守ることに何の意味があるんだい?」



 氷の上の滑るような、冷たく、抑揚のない声だった。



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