魔女は待つ
赤毛の魔女は、優しく夫を引き離すと、夕飯の支度を始めた。
「折角のシチュー、早く食べましょ」
「そうだな」
ジルベルトも同意して、食器の準備を手伝う。
「ねえ、試してみたい事があるんだけど」
小さめのテーブルに向かいあって座り、ジンニーナが切り出した。ジルベルトはパンを千切りながら、妻の猫目に視線を向ける。
「魔力循環を使えば、ずっと守りの壁を発動できるんじゃないかしら?」
「まさか、遠征の間ずっと?」
「うん。ジル以外は無理だけど」
「俺だけでも、魔法使いすぎにならないか?」
「やってみないと解んない」
「でもなあ」
心配そうなジルベルトに、ジンニーナは、緑の猫目を優しく細めて、提案する。
「明日、早速試してみましょうよ」
「具合が悪くなる前に、やめるんだぞ?」
「ええ。壁の強度も色々試してみたいけど、いい?」
「まあ、1日くらいなら」
「良かった!これで安心出来るわ」
「けど、攻撃可能にしといてくれよ?」
ジルベルト隊長は、銀紐隊で最大戦力だ。彼は、司令官型のリーダーではない。
「それも含めて、実験しましょ」
「銀紐には来るなよ。団長には気付かれたくない」
「そう?なんで?」
「ジンは街に居て欲しい」
「別に着いてっても良いのに」
ジルベルトは、活動的な妻を真剣に見詰める。
「留守番を頼みたい」
「そうねえ。ま、離れているほうが色々試せるかもね」
ジンニーナは、大人しく留守を守るつもりがさらさらないらしい。これ幸いと、遠隔で試せることを様々実験する気だ。やる気に満ちた瞳が、キラキラと輝く。
銀鬼と恐れられるジルベルト・タンツ銀紐隊長は、行動を決意した妻を止めることは諦める。
「街中だって、これからどんどん危険になりそうだ」
「そうねえ。設置型の壁を試そうと思ってる」
魔獣討伐本舗の依頼も、リピーターが増えているようだ。つまり、引っ切り無しに庭や屋根に魔獣がやって来ると言うことだろう。
しかし、設置型にぶつかって潰れた魔獣の死体は、ジンニーナが行くまで片付ける者がいるだろうか。
血や死体を放置しては不衛生だ。罠として設置するなら、壁の巡回は頻繁に行わなければ片手落ちである。
ナーゲヤリの精鋭と世界的大魔法使いは、その辺りの感覚が違う。ぶつかった状態を見てしまえば、依頼主の顔色が蒼白になる。その事は把握しているが、感覚として解っていないのだ。
「ほう。かなり効率的に駆除出来そうだな」
「街は任せて」
得意そうなジンニーナを、ジルベルトは、可愛くて仕方がない、と言う風に眺めるのだった。
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