森の薬草、山の薬草
充分な距離を稼ぐと、フリードリヒは、少女の腕を離した。恐怖で眼を見開いたままの少女は、フリードリヒに対しても怯えを見せていた。
助けて貰ったというよりは、突然腕を捕まれて引きずられ、口を手で塞がれた印象のほうが強い。
「見ない顔だけど。モーカル商人?大人とはぐれたの?」
フリードリヒは、ぶっきらぼうに訪ねる。不用心に山を独り歩きした上に、危機を救ったフリードリヒを敵視するなんて。少女への腹立ちは募る。
「えっ、コカゲーだけど」
今度は、フリードリヒの眼が全開になる。
「なんでまた、山に」
「薬草を摘みに来たのよ」
森には無い山の薬草を、独りで摘みに来たそうだ。あまり知られていない種類の草である。その名を正確に発音する少女に、ブレンターノ少年の顔が輝く。
「俺、フリードリヒ。フリッツでいい」
「あたし、アイニ」
2人は、すっかり薬草の話に夢中になった。
草だけではない。木の実、木の皮、木の根、鳥の嘴や爪。獣の角。鉱物の粉に至るまで、子供2人が熱心に語り合う。
「とりあえず、ナーゲヤリまで降りて、大人に相談しよう」
すっかり足取りが軽くなったアイニも、こくりと頷く。
「うん」
「これからは、どんどん登っちゃ駄目だよ」
「解った」
薬草探しに夢中で、気付かないうちに、頂上付近まで来てしまっていたのだ。普段森の中を歩き回って、薬になる草や木々を集めているらしい。体力は相当なものだ。
なまじ足腰が頑健な為、危険な地域に来るまで気がつかなかったのであろう。普通の少女なら、疲れて直ぐに引き返したに違いない。
始めは非常識だと怒っていたフリードリヒも、薬草の話をするうちに、そんな所が可愛いな、と感じるようになっていた。
アイニも、さっきまでフリードリヒに怯えていた事などすっかり忘れてしまう。
俗称『森の知恵』と呼ばれる薬草と、『山の恩恵』という通称をもつ木の実を交換する。
少女アイニは、森の便利道具が使えた。薬草の効果を高める不思議な道具だ。
「今、霧にして撒く道具の使い方を練習してるの」
「自分が吸い込まないようにしないとね」
「そうなのよ。マスクして練習するんだ」
アイニも、何も出来ない少女では無かった。森の加護が薄い地区まで敢えて出てくる為に、最低限の準備はしていた。
コカゲーの不思議な道具を使いこなすだけではない。 毒牙兎程度なら余裕で仕留める、クロスボウの腕を誇る少女だったのだ。
深緑色のマントの下に、弓矢を背負って居たのだが、薬草に集中し過ぎて刃角鹿が接近する音を聞き逃したようだ。
交流の無いコカゲーの生活は、フリードリヒ少年の耳を楽しませた。話せば話すほど、2人は互いが気に入った。




