薬屋ブレンターノ
フリードリヒ・ブレンターノは、入隊時既に結婚していた。妻は、第一子を妊娠中だった。年嵩の入隊ではない。早婚の夫婦だった。
フリードリヒは、ジルベルトとジンニーナのように、魔力が呼び会った訳ではない。妻は、普通の女性だ。
フリードリヒも、魔法は使えない。『夫婦の魔力循環』が起こったわけではなかった。
フリードリヒは、城塞都市国家ナーゲヤリの出身だ。ナーゲヤリで産まれ、ナーゲヤリで育った。ナーゲヤリの子供なので、当然、魔獣と対峙する技術は幼い頃から学ぶ。
子供の頃、山に入って妻となる少女と出逢ったのだ。少女は、刃角鹿に出くわして、動けなくなっていた。
見事なまでの棒立ちである。
緑がかった茶色の髪をふんわりと束ねて、栗色の瞳は、まんまるに見開かれていた。
山菜でも摘みに来たのか、楕円形の深籠を腕にかけている。粗織りの木綿を着て、革の編上げ靴を履いていた。
フリードリヒ・ブレンターノは、子供の頃から小柄だった。その身軽さを活かして、フリードリヒは、隠れたり、回り込んだりする。そして、既に興味を抱いていた、様々な薬品を駆使して、魔獣を撃退するのだ。
可憐な少女が、魔獣を前にして恐怖で立ち尽くす。それを見たフリードリヒは、咄嗟に麻痺毒を塗った矢を取り出した。
矢をつがえたものの、ふと、躊躇い弓を弛める。
(いや、あの距離で、矢に撃たれた刃角鹿に暴れられたら、あの子が危ない)
手負いの魔獣に、襲われてしまう。立派な角が、ギラリと光って振り立てられることだろう。
フリードリヒは、小瓶を取り出す。強力な眠り薬の試作品だ。まだ10にもならない少年が、既に沢山の知識を得ている。オリジナルの薬品まで試そうと言うくらい、完璧な基礎を納めていた。
薬草や鉱物の採集に、山を駆け崖を登る。高い木にも登る。当然、獰猛な魔獣に遭遇する。それをいなして、薬品の原料を得るには、体力や技術も必要だ。
子供ながらに、フリードリヒはいつしか魔獣討伐に長けた存在として、ナーゲヤリの人々に認められ始めていた。
素早く魔獣に近より、小瓶の蓋を外す。同時に、少女の腕を掴む。驚いて振り向く少女に構わず、フリードリヒ少年は、魔獣の顔面に眠り薬を振りかける。その瞬間、脚に力を込めて、少女を引っ張り刃角鹿の前から離脱する。
速効性の睡眠薬は、確かな効果を発揮した。鹿の頭がぐらりと揺れる。なんとか、角の刃が届かない位置まで走って行く。どさり、と鹿の魔獣が地面に倒れる。
周囲の枝々が、スパスパと切り取られては落ちていた。たまたま飛んできた、氷尾長が倒れ込む鹿の刃に切り裂かれてしまう。
「きゃああ」
と、叫び出す少女の口を慌てて塞ぐブレンターノ少年。沢山の魔獣や獣が来てしまうからだ。
次回、森の薬草、山の薬草
よろしくお願い致します




