海を取り戻せ
ジルベルトが、珍しく隊長室で決済仕事に勤しんでいる。お使いばかりで、溜まりに溜まった隊長決済が必須な案件に取り組めて、いささか機嫌がよろしい様子。
隊員達は、現場は勿論、書類仕事も得意なタンツ隊長に、全幅の信頼を置く。彼の弱点は、政治的手腕だけ。偉い人とのやり取りが、壊滅的にヘタクソなのだ。
銀紐隊員が気を使って、隊長室には入ってこない。ジルベルトは、一心不乱に書頼仕事を片付け、提案書の確認もしている。
そこへ、ひょっこりとロベルト・ヘンデルが顔を出す。いつものごとく、開けっぱなしの隊長室扉から、遠慮がちに覗き込む。
ジルベルトは、気配と魔力の動きを察知して、今処理中の書類から顔を上げる。
「ロベルト。帰ったか」
待ちかねた情報である。世界魔獣討伐会議定例会の報告は、当然、ナーゲヤリ城塞都市国家中央議会で報告される。今回、騎士団長ハインリッヒ・ハインツも出席したので、団長への報告は、省略された。
帰還から中央議会への招聘への、わずかな暇に、ロベルトは、愛する銀紐隊に寄ったのだ。
団長の手に負えなそうな、イレギュラー案件は、昔から結局、銀紐隊に降りてくる。今回もどうせ、遠征担当は、銀紐隊になるだろう。
だから、多少途中のプロセスを省略しても、良かろう。
ロベルトは、中央議会での決定を待たずに、凡その見通しをタンツ隊長に伝えることにしたのである。
「隊長、ちょっといいすか」
顔を覗かせたロベルト・ヘンデルは、銀紐隊長ジルベルト・タンツに話しかける。ジルベルトから先に声を掛けられたので、堂々と、隊長室に入ってきた。
「これから会議か?」
「いえ、明日っす」
「そうか。ゆっくり休んでおけよ」
「ありがとうございます」
ジルベルトは、一度顔は上げたものの、手を止めずにロベルトを労う。
「今、世界中で起こっている現象は、同時多発大増殖って名前が決まったっす」
「そうか」
名前は別に、どうでもよい。
「各地で近い国同士が協力しあって討伐するんすけど、」
「うん、そうだろうな」
「うちは、モーカル港再開の協力だけじゃ無いみたいっす」
「と言うと?森か?」
「いえ、そっちは、森向こうが、コカゲー説得を目指して、何とかするらしいっす」
「じゃあ、岸壁か?」
「それは、モーカル港再開に含まれますね」
「それで?」
「仮作戦名は、モーカル海域奪還遠征とのこと」
ジルベルトは、少し苛立って、手を止めた。
冷酷そうな薄紫の瞳が、厳しくロベルトを見詰める。深い眼窩の底から光る眼は、慣れていても、背筋を伸ばさせるだけの迫力を持つ。
ロベルト・ヘンデルは、ひとつ大きく深呼吸をしてから、徐に口を開いた。
「死の平原は、ナーゲヤリ単独で担当っす」
次回、薬屋ブレンターノ
よろしくお願い致します。
次回から、最終章『死の平原を越えろ』です。
章分けは、元からあったものではなく、加筆で増えて目次が見にくくなった為に作りました。
そのため、分け方は単純に話数です。
分け方のアドバイスがあれば、教えてくださると嬉しいです。




