船を造る
ヴォルフガング・シューマンがくまなく探検した崖の様子を、ティル・シュトラウスが凡その地図に仕上げて行く。
「自分で見てないから、正確とは言えませんが」
几帳面なティルらしく、仕上がりに不満が残るようだ。しかし、現状、ティル自ら崖の細かな調査は出来ない。彼には、切り立った崖を登り降りする技能がないからだ。
「今は、凡そで充分だ」
崖の上からサポートしながら、ジルベルトは部下を労う。
ある程度まで、地図が描き上げられると、ジルベルト・タンツ隊長は、撤収を命じた。
「ヴォルフィ、登ってこい」
潮時と思ったようだ。巣穴の殲滅は、今の装備では無理だ。崖の岩間や、断崖に穿たれた洞穴の中にある巣には、ヴォルフガングしか入れない。
ゲルハルトの魔法空気弾を使っても、広範囲な崖のコロニーは潰しきれないだろう。
第一次堅塩鷗調査班には、崖に降りられる人材は、2人だけだ。鷗の魔獣がいない状態ならば、ロープを使って登り降りすることは可能。
だが、飛び交う魔獣と、降り注ぐ塩の礫に対処しながらの岸壁移動は、困難に違いない。
(もしかして、隊長なら独りで殲滅するんじゃないか)
4人の部下達の脳裏を、ちょっとした推測が過る。
だが、ここでそれを口にしてはいけない気がした。懸命にも、4人の口は、閉ざされたままであった。
第一、ジルベルトには、正確な地図が作れない。凡その図なら出来る。魔獣討伐を使命とした、ナーゲヤリ城塞騎士団員なら、地図の作成は必須スキルだ。ただ、ティル程に正確で情報量が多い地図は、誰にも真似できないと言うだけだ。
「海からもアプローチして、飛空籠がもう少し大きく出来れば、崖のコロニーを殲滅出来るかも知れないっすね」
帰り道で、空飛ぶ籠の製作者、ヴィルヘルム・フッサール副隊長が発言する。
「海から?どうやって?」
ジルベルトが驚く。皆も息を詰めて、ヴィルヘルムの返答を待つ。
「飛空籠を改良すんですよ」
「海にも行けるように造れるのか」
隊長が、期待を込めて問う。それに対するからくり技師の答えは、素っ気ない。
「沖合いまで漕ぎ出すのは、無理っすがね」
「どっから出る?」
「空から降りるんすよ」
「水にも浮く飛ぶ籠か」
漸く、ジルベルトにも、副隊長の構想が伝わる。
「そっす。浮遊木は、何にでも浮くんすよ」
妖木の性質は、普通の素材と違う。浮遊木は、兎に角浮く木なのである。
飛空籠は、今のままだと無人滞空が出来ないから、鷗を避けながら崖に移るのは難しい。礫を回避した拍子に、尖った岩の突起にぶつかる可能性もある。だから、岩壁に近寄れない。
「1人乗りなんで、籠が入れる大穴でもなけりゃ、崖に移る為に籠を捨てなきゃなんねえっす」
そこで、崖下から岩場に上陸して登る戦法だ。
「5人乗り位が出来たら便利そうっすね」
ヴィルヘルムの提案に、ジルベルトが頷く。周りで聞いていた他の3人も、同意の様子を表すのだった。
次回、銀紐隊、海へ
よろしくお願い致します




