モーカル商人と話す
ジルベルトがハズレの宿屋兼居酒屋に着くと、モーカル商人と魔法守備隊員が食事をしていた。
「あ、タンツ隊長さん、先程はありがとうございました」
ジルベルトに気付くと、2人はさっと立ち上がる。
「いや、座って下さい」
「本当に助かりました」
「我々だけだったら、今頃生きてはいないでしょう」
「災難でしたね」
2人は、椅子を引いて、恩人に席を勧める。ジルベルトは、素直に受ける。聞きたいことがあるのだ。
「しかし、あれほどの大群が戻っているとは思いませんでした」
モーカル魔法守備隊でも、山の魔獣が増えているという情報は、掴んでいなかったらしい。
「朝、山を越えたときには、多少平原から入り込んでいる程度でした」
「えっ、そんな急に増えるものでしょうか?」
「死の平原で何かがあったのだろうな」
「何かって?」
商人が、ゴクリと喉を鳴らす。
「解らない」
「ナーゲヤリは、大丈夫でしょうか?」
山での不運を思い出し、商人は不安そうだ。
「特に大群が侵入してはいない」
「何があったんでしょうねえ」
恐ろしそうに眉を寄せる商人に、ジルベルトは質問する。
「港の船員からは、何か聞いてませんか?」
「私が扱うのは、国産の日用品なんで、直接聞いた訳じゃないんですが」
ナーゲヤリで売れるのは、日用品と廉価な肉や小麦である。そうした品物は、モーカル郊外産だ。平原の道が通る東側の草原は、山や死の平原とは違って、あまり魔獣が出ない。城壁の外側ではあるが、牧場と麦畑が営まれているのだ。
「友達に香辛料売りがおりまして」
香辛料は、逆に総て海の道から来る輸入品だ。それを扱う商人ならば、港の噂にも詳しいだろう。
「一部の香辛料が、魔獣の影響で採れなくなっているとか。元はそれほど高くなかったのに、高騰してしまって、屋台の連中が困っているそうですよ」
「え、そうなのか?」
守備隊員が驚いている。
「今はまだストックがありますからね。街の噂にはなってないでしょう。次の荷あたりから、仕入れは難しいって話でした」
「その香辛料の産地は?」
「海の向こうにある、高原国というところです。とても熱い国だそうですよ」
「この辺りとの共通点は、無さそうですけどねえ」
「それはこれから調査しなくては」
「はい、モーカルに帰ったら、今回の報告は必ずしますよ」
この隊員は、実働部隊な為か、受付係とは態度が雲泥の差である。万が一、また共同討伐になっても、モーカルと連携が取れそうだ。ジルベルトは、ほっとした。
ジルベルトは、ハズレに来る前に、騎士団本部へ報告しに行ってきた。
「つい最近、大討伐を経験したと言うのに、モーカル魔法守備隊の連中は、どうなってるんだ。まともなのは、デ・シーカ隊長だけか」
「受付隊員は、街の住民と変わらず平和ボケなんですよ」
「ナーゲヤリとは違って、守られてるだけだからな」
久しぶりに、団長と、精鋭部隊の銀紐隊長が、意見の一致をみた。
「平原調査隊を組まねばな」
「これから、今日ナーゲヤリに来たモーカル商人に、昼は聞き損ねた港の噂を訊ねてみますよ」
「頼んだ」
そして今、欲しい情報以上の安心を得たのだ。
ジンニーナが店に入ると、3人は和やかにテーブルを囲んでいた。山では怯えていた商人も、噂が役に立って自信を得たのだろう。すっかり打ち解けた様子であった。
次回、モーカル港の噂
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