山越えのモーカル商人
ジルベルトとジンニーナは、暗くなる前に下山出来るよう、山道を急いだ。ユリウス・デシーカ魔法守備隊長とは、遠方の大発生について、情報共有の見通しを話すことが出来た。
現時点で守備隊に届いている範囲では、この辺りへの協力要請はまだ無い。鳩騒動の前に、2人が屋台で話した感じでも、商人達の危機感はなかった。本来なら、港で情報を得たかったのだが、時間がない。予定変更を余儀なくされたから、仕方のない事だ。
デシーカ隊長が謝罪してくれても、ジンニーナの決心は揺るがなかったのだ。
「滞在を伸ばして、また魔獣がでたら、ジルは見殺しに出来ないでしょ」
「ジンもだろ」
「さあね。どうだろ?兎に角、町を出てしまえば、そう言う場面に出くわすことも無いでしょ」
2度とモーカルでの仕事を請け負わない、というジンニーナの言葉は、曲げないようだ。細腕一本で、世界を旅してきただけの事はある。国から生活が保証されて、生まれた場所に住み続けているジルベルトとは、生き抜く覚悟が違う。
「デシーカ隊長は、好い人なんだけどねー」
「残念だな」
「隊長が丸く納めようとするから、部下が融通利かなくなるのかもね」
ジルベルトが、よく飲み込めない顔をした。
「何故だ?」
「モーカルみたいに人の出入りが激しいとさ、身内に甘く余所者に厳しくなんのよ」
「逆みたいに見えるが」
「定住してる人達にとっては、常に敵か見方かわからない異分子がやってくんのよ?」
ジルベルトは、軽く頷く。
「言われてみれば」
「身を守る為に、閉鎖的になんのよ。外面は社交的だけどね」
「そんなもんか」
「そんなもんよ」
話しながら、峠を越える。
「ん?」
「なんだ?」
ナーゲヤリ側から、ガサガサと落ち葉を蹴散らす音が聞こえる。魔獣だろうか。
「多分、刃角鹿と、人間が2人ね」
「1人は、魔法使いだな。多分両方、モーカルの人間だ」
ジルベルト得意の魔力感知で、詳細に分析する。
「2人とも、ナーゲヤリでは感じたことがない魔力だな」
「何かあったのかしら。ナーゲヤリ側から来るなんて」
「通商が再開したとは、聞いてないよな」
「うん、聞いてない」
タンツ夫妻は首を捻る。
やがて、あわくって駆け登る2人のモーカル人に出くわした。1人は、モーカル商人だ。魔法守備隊員が1人付き添っている。
「戻って!」
商人が、息も絶え絶えに叫んで寄越す。
「刃角鹿だっ」
守備隊員も、蒼白だ。
「あんな大物が戻っていたなんて」
ジンニーナに守りの壁をかけて貰い、多少冷静になった、守備隊員が言う。
「早いな」
「精々、毒牙兎の小さな群れ程度かと思っていたのにね」
銀紐隊長ジルベルトと、赤毛の魔女ジンニーナも同感だ。予想よりも、魔獣の戻りが早い。
次回、魔獣の角
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