魔法守備隊長ユリウス・デシーカの失態
しばらく、1話ずつ投稿します
打羽鳩を片付けて山を降りた2人は、モーカル魔法守備隊の建物に入った。先程と同じ受付青年が、血を滴らすジルベルトの様子にぎょっとする。
「悪いんだけど、シャワー貸してくれない?」
「えっ、でも」
魔法守備隊の設備は、食堂以外、関係者限定である。
「市場の魔獣発生は、聞いてるでしょ」
「え、まあ」
「誘導して、山の中で片付けなかったら、被害が大きくなったと思うけど?」
「はあ」
「あたしたち、中央街近くに宿とってんのよねえ」
「はい」
緑紐隊お勧めの、情報収集に便利な宿だ。
「このまんま、ポタポタ血を垂らしながら、中央街を歩いていいの?」
「えっ、いや」
「けっこう臭うけど?」
「それは」
「シャワー貸して」
「しかし」
ジンニーナの隣でじっとしていたジルベルトは、青年に軽く頭を下げる。そして、無言で受付に背を向けた。
紺色マントの受付係は、あきらかに安堵した。
「そういえば、ユリウス・デシーカ隊長はまだなの?」
「はい、まだお帰りになりません」
さっさと追い出したいのか、今度はハキハキと答える。ジルベルトは、固まり始めた血の溜まる眉間に皺をよせながら、守備隊の建物を後にする。
「ジルっ」
ジンニーナは、慌てて追いかける。
「この分じゃ隊長も、永遠に帰ってこないだろ」
「とにかく、シャワー浴びてお昼食べなきゃ」
「ジン、悪かった」
「何が?」
「腹減ったよな」
「やだ、そんなこと?ジルこそ、動いたからお腹空いたよね」
「まあな」
喋りながら、宿に向かう。案の定、道行く人が恐怖で息を飲む。宿の入り口でも、嫌な顔をされた。
「不衛生な状態でのご利用は、他のお客様のご迷惑になりますので」
ジンニーナは、ニヤリと不適に笑う。ジルベルトでさえゾッとする笑みだ。忘れがちだが、銀鬼の愛妻は、世界を旅したフリーの大魔法使いなのである。
「ふふっ、正式に、討伐費用請求させていただこう?それから、2度と協力しないことにしましょ。荷物取ってくるから、外で待っていて」
「そうだな」
国外情報が集まりやすい交易都市での情報収集は、ひとまず諦めざるを得なくなった。やはり、慣れないことはうまくいかない、とジルベルトは思った。
荷物を取りに行く妻を見送り、ジルベルトは通りに出る。
「おや、タンツ隊長さん」
出た所で、ばったりユリウス・デシーカ魔法守備隊長と出くわす。
「中央市場で聞きましたよ。打羽鳩の被害を最小限に留めてくだすったそうで。ありがとうございました」
ジルベルトは、何とも言えない顔で頭を下げる。
「あ、これから宿で着替えるとこですよね。お引き留めしてすみません」
「いや、宿は追い出されたので、これからナーゲヤリに帰るところです」
「ええっ」
「魔法守備隊の受付に、ハインツ騎士団長からの手紙を預けてあります」
「じゃあ、せめて、守備隊で着替えていかれては?」
「断られましたので、遠慮させていただきます」
「なんと」
デシーカ隊長は、言葉を失う。
「あら、ホントに外出してたの」
支払いを済ませて出てきた、赤毛の大女が皮肉を投げる。守備隊長は、悲痛な顔で謝罪した。
2人は、守備隊に無償宿泊させて貰う申し出は断った。ただ、着替え場所は借り、守備隊の食堂で軽く昼を取った。これも、城塞騎士団の出張経費で賄う。
ジルベルトは、異国の食べ物を味見し損ねてがっかりだ。
結局、情報もある程度得て、トンボ帰りで帰る事になった。ジンニーナは、しっかりと、討伐報酬を請求していた。妻を怒らせないようにしよう、と心に誓うジルベルトだった。
次回、モーカル商人
よろしくお願い致します




