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雑用騎士ジルと魔法のお使い  作者: 黒森 冬炎
第一章・魔獣防衛都市ナーゲヤリの人々
31/110

ゴワちゃんママの涙

今回は1話です

 ジンニーナは、走った。

 紫に血走る眼をした猪の子供。

 鉄爪猪(テッソウチョ)で間違いない。

 ゴワちゃんは、猪魔獣・鉄爪猪だったのだ。


 鉄爪猪(テッソウチョ)は、小さな頃に見分ける事が難しい。眼はくりくりと黒く、短い四肢に蹴爪も無い。まるで犬の仔かと見紛うような、柔らかい肉球を持つ。

 肉球に挟まれた、灰色がかった爪も、小さく愛らしい。


 ただその体毛だけは、瓜坊のようなのだ。育つにつれて、体毛は堅くなり、眼が紫に充血してゆく。やがて肉球が消える。爪は蹴爪に変化する。


 目の色が変わる辺りで、突然凶暴化する。それを、『魔獣の目覚め』と言う。ゴワちゃんには、この時期が来たのだろう。



「ゴワちゃんは、仔犬ですっ」


 おばさんは、怒りのあまり、眼に涙を貯めている。


「おばちゃん、つれぇだろうが、解れや」


 討伐拒否して、魔獣を庇ったりしたら、犯罪者になってしまう。魔獣討伐は、城塞都市国家ナーゲヤリに住む国民の義務である。


 それに、このままゴワちゃんが、大人の鉄爪猪(テッソーチョ)にまで育ってしまったら、おばさんだって危ない。


「そんなこと言ったって!」


 敵意を露にしたおばさんを置いて、ジンニーナは走る。真っ直ぐ南広場まで駆けて行く。



(おばさんが襲われなくて良かった)


 街はまだ、騒ぎになっていない。今、退治すれば、被害は起きないかも知れない。

 ジンニーナは、食堂の親父さんに、騎士団への通報を頼んだ。そして、自分は、1人で南広場へと向かったのである。



「きゃー」


 広場から、悲鳴が上がる。


(間に合わなかった?)


 赤毛を振り立て、ジンニーナはスピードを上げる。



 南広場では、片付けかけた朝市の荷物が散乱している。ゴワちゃんが、暴れまわっているのだ。


 足先はまだ仔犬のようだが、体当たりは強烈だ。小柄ながらに、ぎっしりと詰まった筋肉である。スピードを乗せて、全身を使い、あらゆる物を撥ね飛ばして行く。



「ジンニーナさんっ」

「おお」


 広場に居た人々は、『鉄壁の魔女』の登場に沸き立つ。皆、一様に安堵の表情を浮かべている。


 赤毛の魔女は、守りの壁を繰り出した。全力で使ったならば、不運すら弾く。それ故、完全版は、世界魔法連盟監督局から使用制限を受けている。


 今回は、単純に体当たりの衝撃を防ぐ目的だ。有害なものを防ぐ、簡易版を展開する。ジルベルトが、植物園で紫色の血に染まった時のバージョンだ。



「はあ、助かった」


 目先の損害は、それ以上拡大しないと決まったら、人々は意識を切り替える。


「加勢します」

「囲いこむぞ」


 ジンニーナが、魔力を解放する。鉄爪猪(テッソーチョ)の瓜坊を誘き寄せるのだ。これがあれば、実際には囲い込みの必要が無い。だが、街の人々からの好意を、無下にはできなかった。魔女は、黙って協力を受け入れるのだった。



 誘因の魔力を解放しながら、ジンニーナは、開けた場所を探す。鉄爪猪(テッソーチョ)は、素早く駆け回り、守りの壁を目指す。魔女が、脚に風を纏わせて(かわ)す為、上手く連れ回されている形だ。


 広場の隅の方は、朝市では使われていなかった。置かれている荷物は、全く無い。


 ジンニーナは、(おもむろ)に足を止める。鉄爪猪(テッソーチョ)は、真っ直ぐに突っ込んでくる。



「あっ」

「うっ」

「ぎゃっ」



 人々は、暫く肉が食べられなくなった。

次回、ハインツ団長の行動原理


よろしくお願いします

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