下水道を掃除する
今回は1話です
銀紐隊事務棟にある、隊長室は来客中だ。隊長ジルベルトと副隊長フリードリヒの2人と共に、客人が机を囲んでいる。
赤毛に緑の愛らしい猫目が映える、銀鬼ジルベルト隊長最愛の大女である。
「今日は、目撃報告のあった地点を確認する」
隊長は、大きな机に地図を広げて、これから確認に向かうルートを示す。赤い印が幾つも見える。鋼棘鼠の出現ポイントだ。
「新たに加える情報は、青で書き入れよう」
大まかな段取りを話し終わると、ジルベルトは地図をしまう。
「何か質問は?」
「調査中ずっと、そのままでいるつもりなんすか?」
ジルベルトはジンニーナの肩を抱き、2人は嬉しそうに寄り添って、魔獣目撃箇所の印がある地図を覗き込んでいたのだ。
地図を片付けて、いざ出発という今になってもまだ、離れようとはしない。
「特に問題ない」
「大丈夫よ」
「真面目に仕事してくださいよ」
2人は、心外だ、というように薬品使いの小男フリードリヒ・ブレンターノを見る。
「では、出掛ける前に、時間と参加者を記録しておこう」
何事も無かったかのように、ジルベルトが記録表にサインする。
「フリッツ」
副隊長が、その下にサインする。
「ジン」
肩を抱かれたままで、隊長の新妻もサインする。
「うん」
深い眼窩の底で、残忍そうな薄紫の瞳が光る。
「ジンニーナ・タンツ。ジンニーナ・タンツ」
無意味に反芻する。
「隊長、早く出発しましょうぜ」
新婚夫婦は、ふふっと笑いあっている。聞いていない訳では無さそうなのが、余計癇に障る。
新婚さんはくっついたままだが、何とか総ての目撃ポイントを回れた。新しい目撃場所も聞き込み、実際に目にした場所には緑色で丸を付けた。たとえ見かけても、無闇に仕掛けず、隊長室に戻る。既に日は暮れていた。
「偵察個体が、多すぎる」
ジルベルトが、唸る。背後に予想される群れは、どれ程か。一刻も早い対応が望まれる。
「3人じゃ、厳しっすね」
「2人も呼ぶか」
もう一人の副隊長、仕込み籠手遣いのヴィルヘルム・フッサールと、剛剣遣いのゲオルク・カントの事である。城塞都市国家ナーゲヤリ精鋭部隊である銀紐隊トップが、揃い踏みだ。
「留守番どうすんです」
「下水道だと、ゲオルクは不利だな」
4人が出払うと、責任者が不在になる。仕方なく、小回りの利かない剛剣遣いが、留守居役と定まった。
そこへ、優男ヴィルヘルム・フッサールが現れる。日報の提出と、退勤の挨拶である。
「ヴィル」
ジルベルトが声をかけると、ヴィルヘルムは、ぎょっとして隊長の隣を見た。
「明日、下水道を掃除するぞ」
「鋼棘鼠っすか。やっぱ下水道か~」
不快そうに眉間に皺を寄せ、隊長を見る。
「で、隊長はこれからデート?退勤してから待ち合わせたらどうすか?」
咎めるようなヴィルヘルムに対して、フリードリヒが、深刻な顔で首を振る。
「ヴィル、諦めろ。民間協力だ」
「うぇぇっ?!」
籠手遣いの脳裏に、赤い何かが甦る。
次回、鮮血の地下水路
よろしくお願い致します




