溝鼠の増殖
今回は、2話です
R2/9/7 0:00,1:00
鋼棘鼠は、山の魔獣である。全身から刺が四方八方に飛び出す。尻尾からも飛び出す。
拳二つぶんの丸々太った体には、固い灰色の毛がびっしりと生えている。眼は血の色、裸の尻尾は黒と黄緑の斑。この尻尾は毒があり鋭くうねる。
(鋼棘鼠か。厄介だな)
銀紐隊長ジルベルト・タンツは、本部から回された仕事の内容を確認していた。彼は今、新婚生活1週間目を迎え、そろそろ新しい生活に慣れはじめて来た頃だ。
(討伐前に紛れ込んだ奴に増えられたか)
最初の2・3日は、それはもう超集中で仕事を終了していたが、最近はやっと、少し早いくらいになっている。
他国との共同作戦などという、200年ぶりの大仕事を終えた後でも、淡々と実直に与えられた仕事をこなす。
(誰が行くかな)
銀紐隊は、1人一芸の特務部隊だ。吹き溜まりとか雑用隊とか、あからさまな悪口を言われる。しかし、実際は、引き抜かれて特別に編成された、ナーゲヤリ城塞都市国家の精鋭部隊である。
「フリッツ!いるか」
副隊長室は、壁を挟んで隣だ。2人いる副隊長のうち、ヴィルヘルムは本日練兵当番なので、居るとすればフリッツ1人。ジルベルトは、壁越しに大声で呼び掛ける。
「今行きまーす!」
叫びながら、部屋を出る音がする。程なく、開けっ放してある隊長室の戸口に、小男が真面目な顔を出す。薬品マスター、毒矢遣いのフリードリヒ・ブレンターノだ。
「お前、鋼棘鼠どうだ?」
「どうだ、とは?」
ジルベルトは、本部からの要請書を渡す。
フリードリヒ副隊長は、しばし紙面を睨んでいたが、
「こりゃまた、なんとも」
目撃回数が激増し、目撃区域は一定しない。1度に1匹しか目撃されていないが、その多くは、昼である。本来の活動時間は、深夜から早朝。
「やべっすね」
増殖の気配がする。
「行けるか?」
「1人じゃちょっと」
鋼棘鼠は、偵察に1匹走らせ、数匹から数100匹の群れを守る習性がある。偵察の1匹に、下手に手を出したら囲まれる危険があった。
「囲まれるとなると」
「守りがありがてぇっすね」
2人の目が合う。
「あ、いや、そんなつもりじゃ」
フリードリヒが口ごもる。
守りと言えば、銀鬼ジルベルトの新妻、『鉄壁の魔女』ジンニーナである。しかも、彼女の壁は、罠としても使える事が、先日の魔獣討伐で証明された。
そして、まさにそれは、フリードリヒ達ジルベルトの腹心3名にとって、ちょっとした悪夢であった。
赤毛の大女が放つ絶大な魔力に惹かれて、魔獣の大群がやって来る。入り乱れて疾走する魔獣が、次々に壁にぶつかって行く。その光景は、暫く、赤色見ると避けたくなる位に、強烈だった。
「民間協力もありだな」
隊長が乗り気になってしまった。
「あ、いや、青紐に協力要請を」
青紐隊は、魔法部隊である。守りの魔法使いも、当然いる。
「いや、ジンも、何かナーゲヤリで始めたいと言ってたんだ」
「はあ」
「添付資料が正確なら、下水道が本命だな」
小男フリードリヒの抵抗虚しく、鉄壁の魔女の参加は決定したようだ。
「まずは調査してみないと」
「俺も行く」
「真面目に仕事してくださいよ」
ジルベルトとジンニーナの出会いを思いだし、フリードリヒは、苦い顔をした。
次回、下水道を掃除する
よろしくお願い致します




