城塞都市国家ナーゲヤリの日常
今回は、2話です
R2/9/7 0:00,1:00
ナーゲヤリ城塞騎士団銀紐隊長ジルベルト・タンツは、幸福の絶頂にいた。
魔獣討伐から帰還してすぐに、最愛の魔女ジンニーナ・ロッソと結婚手続きをすませたのだ。
「こら、タンツ!いい加減にしないか!報告書!!」
ジンニーナを伴って、手続きに急ぐ銀鬼ジルベルトの背中を追って、騎士団長ハインリッヒ・ハインツの嘆きの怒声が響く。
「書かないと思った」
「だよなー」
ゲオルクが、ほら見ろ、とため息を吐き、ヴィルヘルムが疲れきった顔を見せる。
「はあ、フリッツ書いてくれよ」
「何で俺が」
「タンツに書かせろ」
ヴィルヘルムとフリードリヒが押し付け合っていると、団長に釘を刺された。
「書くんですかね」
フリードリヒが疑問視すると、
「書かせるんだ」
と言い捨てて、団長は行ってしまった。
「どうしたもんかね」
3人は、旅装も解かずに途方にくれて立ち尽くした。そのまま、銀紐隊事務棟の前で、しばらくの間、通りかかる残り11人の銀紐隊員から、邪魔にされていた。
驚いた事に、結婚手続きを済ませたジルベルトは、銀紐隊長室まで戻ってきた。あれほどベッタリしていたジンニーナの姿が見えない。
緩んだ顔を見る限り、喧嘩分かれした訳ではなさそうだ。
銀鬼と怖れられるジルベルト隊長は、がっしりとした巨体に、ふわふわと喜色を漂わせて、隊長室に収まっている。
開け放した戸口から、3人が覗くと、鼻唄でも始めそうな雰囲気だ。きちんと手を動かしている。戸口からだとよく見えないが、恐らくは今回の報告書だろう。
3人は顔を見合わせると、急いで団長室まで報告に走った。
ジルベルトは、魔獣討伐の報告書を素早く仕上げて提出を済ませた。
「まったく。先に仕事をしろ。勤務中に婚姻届出すやつがあるか」
「以降気を付けます」
団長の小言はさっと流して、いそいそと家路につくジルベルト。なんと、独身寮の退寮手続きと、新居の手配を総て完了していたのだ。
庶民的な店が立ち並ぶ小路の裏手に、清潔な集合住宅がある。若夫婦や勤め人の青年が入居する、格安の物件だ。陽当たりは悪いが、治安は良い。買い物にも便利だ。
この集合住宅では、店を構える事も可能だった。ジンニーナは、ここで何か魔法を活かして収入を得たいと考えていた。
荷物というほどのものは無く、片付けはあっという間に終わった。仕事に戻った新婚の夫を待ちながら、赤毛の魔女は、ゆっくりとお茶を飲む。
窓から、音波雀が入ってきた。魔女の守りでこの建物に被害は無い。それでも、音波雀が放つ超音波囀ずりは、放置出来ない。
ジンニーナは、ジルベルトが用意してくれた、小型魔獣捕獲装置に魔力を流す。ここナーゲヤリでは、魔獣討伐は、国民の義務だ。身を守るだけでは足りない。
山の魔獣は壊滅したが、平原の魔獣は相変わらずだ。城壁を越えてくる魔獣に、街中でも悩まされている。放置すれば、街で増殖してしまう。魔獣は、追い払うのではなく、確実に仕留めなければならないのだ。




