川の水
ゲルハルト・コールが、水を入れた容器の蓋を開ける練習を始めた。容器は細長い筒状である。密閉度は高く、蓋が閉まっている限りは溢れる心配はない。しかし、容器の形状から倒れやすいものであり、遠隔操作に慣れないゲルハルトは、練習で何回も倒してしまった。
「はあ、すっかり夕方だな」
「続きは明日にしよう」
ジルベルト隊長は、昼前から始めた練習を中断するように指示した。始めは倒してばかりだったゲルハルトだが、夕方には9割倒さなくなっていた。もう一息だ。疲れもあるので、一夜開けて元気になれば完全に倒さなくなりそうである。
そのあとは、透明な細い容器に試薬を定量垂らす。もし有害と解ったならば、無害化する薬剤を投入する。試薬に反応して爆発や有毒なガスの発生を起こしても、ジンニーナの強固な壁があるので安心だ。
翌日、銀紐隊を囲む守りの壁に激突してくる魔獣の死骸を片付ける中、ゲルハルトは練習を再開した。
一晩置いた為に感覚を取り戻すまで30分程かかったが、その後の上達は早かった。朝の内に実際の容器で検査を行う迄に漕ぎ着けたのである。
川の水には、なんと強力な浄化作用があった。それを知ったフリードリヒ・“薬屋”・ブレンターノは、噴霧器に川の水を詰めて広範囲に散布した。
「これで渡航が落になりましたぜ」
「おお、すげえな」
「渡ってる最中に魔獣の血やら肉片やらが降ってきたら悲惨だもんなあ」
銀紐隊が迎撃する分に加えて、川の上空では魔獣同士の戦いもある。食いちぎられた魔獣の体が、毒々しい血飛沫を撒き散らす。そんな危険な血のシャワーなど、浴びたくもない。
この噴霧器は、幼馴染みの愛妻アイニが開発したものだ。原型は、アイニの故郷である森と湖の国・森林都市国家コカゲーに伝わる魔法の道具だ。
元の道具は、森の加護が無ければ使えない。森を出てナーゲヤリの花嫁となったアイニには、もう使うことが叶わない。
しかし、加護による浄化作用の強化は、夫となったフリードリヒと2人で開発した薬品でカバーした。アイニの工夫は、より濃密で広範囲に渡る噴霧機巧だ。アイニ・ブレンターノには、薬品知識だけではなく、技術の才覚もあったのだ。
アイニは、夫の親友であり、同僚でもあるナーゲヤリ城塞騎士団の特務部隊銀紐隊副団長ヴィルヘルム・フッサールに助言を受けながら、ナーゲヤリ流の噴霧器を開発したのだ。
「この水を世界各地にある大量発生地域に運べないか」
ジルベルトがフリードリヒに訊く。
「水自体の自浄作用で腐りはしないでしょうが」
フリードリヒは思案顔で答える。2人は、川岸まで降りていた。容器の操作を行ったゲルハルト・コールが、その少し後ろで控えている。
「魔物に対する浄化能力が劣化するか、しないか」
「解らないか」
「取りあえず、ナーゲヤリまで持ち帰ってみましょう」
「そうだな」
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