第十三話 決起集……宴会!
福島県の本拠地で折笠は宴会に興じる妖怪たちを山頂から眺めていた。
星明りの下、月ノ輪童子や塵塚怪王、墨衛門、白狩などの対い蝶の郎党と同盟の面々だけでなく、多種多様な妖怪が一堂に会して酒を飲み、山海の珍味に舌鼓を打っている。
いつかの夢で見た光景の再演だ。不思議な懐かしさを感じながら、折笠は麦茶を飲む。
檄文により各地の妖怪が対い蝶の郎党に合流した。この場に直接集まったモノだけで二百を超え、百鬼夜行の途中で合流する意思を見せている郎党も加えれば五百を超えるだろう。
「折笠君、よもぎ饅頭食べる?」
「ありがとう」
黒蝶がよもぎ饅頭が乗った皿をもってやってきて、折笠の隣に座った。
「壮観だねぇ」
「急に増えたから統率が取れるか心配だよ」
「百鬼夜行で行進するから、少しは統率力が上がるんじゃない?」
「どうかなぁ」
妖怪たちは多種多様で集団戦をするにも陣形を組みにくい。どうしても突撃一辺倒になりがちだ。
そう考えると、天狗の無説坊が唐笠お化けの半妖を仲間に迎え入れようとした理由が分かる。唐笠お化けの半妖の能力があれば同士討ちを防ぎやすい。
夢でも、戦国時代の対い蝶の郎党の戦闘はカサの作り出す唐傘や喜作の見えない壁を用いた突撃が見られる。
折笠は夢での戦術を思い出しながらよもぎ饅頭を一口。夏もそろそろ終わるこの時期でもよもぎ饅頭が食べられるのは現代の利点だろう。
「明日から、世の中は大騒ぎになるよね」
よもぎ饅頭を食べながらの折笠の予想に、黒蝶がいたずらっ子な笑みを見せる。
「もう騒ぎになってるよ。ネットニュースを見て?」
勧められてスマホを取り出せば、政府からテロ警戒の知らせが出たとニュースになっていた。国内での広範囲のテロ警戒という前代未聞の事態にネット民は大騒ぎだ。
関東以北での夜間外出を固く禁ずるとの一文はなかなかインパクトがある。とはいえ、かなりの数の日本人はまともに受け取らず夜間外出するだろう。
テロリストによる犯行声明なども出ていないと指摘するネットの声もある。当然だ。折笠たちは百鬼夜行を計画しているが、電車を止めたりしないように道順や時間を厳密に決めて、人の営みに支障が出ないよう配慮している。
「絶対、動画を撮りに来る奴とかいるよな」
「ポーズを決めとく?」
「妖怪たちはともかく、大泥渡君や俺たち人間半妖組は撮られちゃダメだって。戦いの後に支障が出る」
高天原参りが成功したとしても、その後に人生が続く。百鬼夜行の総大将をしている場面なんて撮られれば、全国指名手配の顔写真にでも使われるだろう。
いまさらな気がしないでもないが。
黒蝶がくすくすと上品に笑う。
「残念。着物でばっちり決めるのに」
「出発前に記念撮影しておく?」
「やったー。ちりちゃんたちも誘おう」
百鬼夜行の絵が度々描かれるわけだな、と折笠は黒蝶の背中を見送って笑う。
妖怪がこれほど一堂に会すのは珍しいが、集まればなんだかんだで酒宴を開いて仲良くなっている。悪く言えば大雑把、よく言えばおおらかだ。
ふわふわと漂ってきた白い毛玉が折笠の横に降り立ち、人の姿になった。
「宴の最中に無粋と知りつつ、報告をいいかい?」
折笠の横に座ったケサランパサラン、白菫は折笠の横顔を覗き込む。
折笠は麦茶を手渡しつつ話を促した。
「何か起きたのか?」
高天原参りに参加するような喧嘩っ早い妖怪たちの集まりだけあって、騒動でも起きたのかと思ったが違うらしい。
白菫は遠く西の方を指さした。
「夜闇は水面に沈み、呑んだ大蛇は漲る月に傅く。件の半妖の予言だ」
「件の」
折笠は宴会場の一角へ目を向ける。
ケサランパサランの白菫を筆頭に、人にとっても妖怪にとっても非常に有用でしかも自衛能力を持たない妖怪と半妖が自然と集まった一角。
件は牛の身体に人の頭を持ち、生まれた直後に予言して絶命する非常に短命な妖怪だ。
命がけなだけあってほぼ確実に当たる予言である。
だが、件の半妖は少しだけ事情が異なる。
妖怪にとっての命は妖核であり、半妖の場合は妖核を失っても死ぬわけではない。
妖怪としての件は生まれた直後に予言することで妖核の限界を超えて妖力を使ってしまい、死に至る。対して、半妖の場合は最悪でも妖核を失うだけで、事前に何らかの方法で妖力を高めれば妖核を失うことさえなく二度目の予言もできてしまう。
アマビエに可愛がられている半妖の少女がぎこちない笑みを浮かべているのが見えた。下漬に調伏されていた半妖の一人だ。
白菫が続ける。
「あの娘の妖核は砕けた。いまは只人だよ」
「……そうか。世那さんの選択がそれなら尊重しよう」
件の半妖の名前をつぶやいて、折笠は狸妖怪の豆介を呼ぶ。世那にケーキを差し入れるよう言って、白菫に向き直った。
「予言の内容をどう思う?」
「陰陽師会の五行家筆頭である水之江夜暗についてのものとみて間違いない。水之江家の大蛟の式が譲渡された」
白菫の見立てに、折笠も同意する。
だが、このタイミングで譲渡するのは妙な話だ。それも、件の半妖が予言するほどの大事となると、もう少し深く考えるべきだろう。
「夜暗が自分の命を賭けて大蛟を強化したってところかな。この終盤戦でなりふり構ってないんだから、神性を得たんだと見た方がいいか」
「式は死んでいるから妖力は高まらない……いや、最悪を考えるべきだね」
白菫はそう言って、折笠を心配そうに見る。
「……祝詞は浮かんだかい?」
「残念ながら、まだだ」
江戸時代の高天原参りに参加した白菫曰く、神性を得た妖怪や半妖は漏れなく祝詞が浮かぶという。
祝詞を唱え、または唱えられることにより神性が解放される。その先では神力を用いた神業が使えるようになるらしい。
「喜作や蝶姫の祝詞を教えてくれないかな? 何かのきっかけになるかもしれないんだけど」
「すまないけれど、口止めされているんだ。答え合わせがしたいらしい」
「答え合わせもなにも死んでるだろうに」
いたずら好きな蝶姫の含み笑いが脳裏をよぎる。だが、その悪乗りに喜作までも乗るとは思わなかった。窘める側のはずだろう。
だが、喜作が蝶姫の企みに乗ったのなら、何らかの意味があるはずだ。それが折笠や黒蝶のためを思ってか、蝶姫を想ってか。
「喜作は結局、蝶姫に甘いからなぁ」
「えぇ、好色一代男を音読してとせがむ蝶姫に何とも言えない顔で付き合っておりました」
折笠は思わず笑いそうになり、口を手で押さえるも麦茶が気管に入って咽た。
内容を知りながら喜作の反応を見ようとニマニマしている蝶姫の姿が容易に想像できてしまう。
気管に入った麦茶を出そうとせき込む折笠の背中を白菫は笑顔で擦り、耳元でささやく。
「特に衆道に関する部分を繰り返し、注文も付けていた様子」
「……待って、笑えなくなってきた」
「カサ様が笑ったら続けるようにと喜作様から厳命されております」
「ヤダ! マジで聞きたくない! 喜作はただの親友だし、それを蝶姫もわかってるって信じていたい!」
背中をさすっていた白菫の手がいつの間にか折笠の肩をがっしりと掴んでいた。
「百も承知。故に、問題はない。そう伝え聞いております」
「あいつら、死んでも俺を玩具にしたの!?」




