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半妖はうつし世の夢を見る  作者: 氷純
最終章 令和高天原参り

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第十二話 代替わり

 各地の陰陽師から入ってくる妖怪たちの動向に、日本陰陽師会トップの水之江夜暗は険しい顔で眉間に皴を刻んでいた。

 雷獣が下漬の手に落ちたのが痛い。五行家の一角、金羽矢家を派遣しても止められなかった以上、どうしようもない運命だったのだろう。


「霞流からの連絡はまだないか?」

「はい。雷獣の一件以降、消息を完全に絶ったままです」


 夜暗は眉間を揉む。

 霞流は経験豊富な陰陽師だ。水之江家派の数ある家の中でも指折りの実力者であり、引き際を見誤るとは思えない。

 共に戦った金羽矢榛春の証言によれば、唐笠お化けの半妖集団を追撃したとのこと。


 妙な話だと思った。

 霞流ほどの実力者が、守る者を抱えた唐笠お化けの半妖を一人で追撃するとは考えにくい。

 しかし、金羽矢家を疑うのもおかしな話だ。

 五行家に裏切り者がいるなど考えられない。呪詛の縛りもあり、日本の害にはなれないはずだ。


「……水之江様?」


 黙考する夜暗にかけられた声は部屋の外、廊下からだった。

 夜暗は襖越しに返事をする。


「報告か?」

「はい。このままで?」


 秘術の類を使っているかもしれないと配慮したのか、廊下の声が部屋に入るのを躊躇って質問する。

 夜暗は顔を片手で覆い、口を開く。


「このまま報告を聞こう」

「では……、半妖に動きがありました。SNS上で唐笠お化けの半妖に妖核を譲り渡す運動が起きています」

「捨て置け」

「……よろしいのですか? 手が付けられなくなりますが」

「出雲から戦力を動かすことはできん。下漬の雷獣に留守を突かれるだけだ」


 この状況下で神性持ちを擁する勢力が一つ増えても対処法は変わらない。防御に秀でた唐笠お化けの半妖が神性を持つなら雷獣との戦闘で盾にできる。

 三つ巴の状況は戦力が拮抗してこそ成立するのだ。

 雷獣の神性持ち、唐笠お化けの半妖の神性持ち、対する陰陽師側は頭数が多いが出雲を押さえているだけ。


「関東以北の妖怪集団はほぼ全てが唐笠お化けの半妖の下に集結しています。近く、百鬼夜行を起こすとの檄文が回っているようで」

「予測通りだな。関東以北の陰陽師はすべて、出雲に集めてある」

「では、出雲の地で決戦でしょうか?」


 不安が滲む声に、夜暗は静かにため息をつく。

 神性持ちとの戦いは通常の対妖怪戦とは根本が異なる。

 五行による相性も影響するが、妖力の大きさが異なればサトリの読心のように技が通じない場合がままある。


 まして、妖力と神力では質も大きさも異なる。

 神性持ちの妖怪、半妖は同様に神性持ちでしか倒せないのではないか? 長年、妖怪と戦ってきた陰陽師ならば誰でもそう推測する。

 神性持ちがいない陰陽師がいくら出雲の防御を固めても、下漬や唐笠お化けの半妖に蹂躙される。そんな危惧が陰陽師に蔓延していた。

 潮時だな、と夜暗は覚悟を決める。


「一族の者を集める。明日の夜まで、一切の連絡を絶つゆえ、それまでの指揮を……」


 金羽矢榛春に任せる、そう続けるつもりだったが、夜暗は言いよどむ。

 最期くらいは直感に任せるのもいいか、と夜暗は滅多に見せない笑みを浮かべて続けた。


「土御門麟央(りお)に任せる」

「えっ? つ、土御門ですか?」

「行け」

「は、はい……」


 面食らうのも無理はない。夜暗は肩を揺らして笑う。

 土御門麟央、現在十三歳の少女だ。指揮権を預けるどころか、戦場に出すのも躊躇われる。事実として、戦場に出たこともない。

 日本を守るために戦おうと出雲に集まった陰陽師たちが土御門麟央を戦場に出すはずがない。

 つまり、明日の夜まで陰陽師たちは極力戦闘を控えるだろう。それこそが夜暗の目論見だった。


 夜暗は立ち上がり、水之江家の家宝である大蛟の妖核を手に取る。

 すでに妖怪としては死に、この大蛟が妖核を砕いても妖力は増さない。神性持ちに至る一歩手前で水之江家の先祖が討伐し、代を重ねるごとに式としての制御を強化してきた。

 同時に、水之江家はこの大蛟に神性を与える方法を模索してきた。

 ――今日のような事態が起きた時の備えとして。


「成りたてとはいえ神を討つのなら、術者の命くらい安いか」


 この日に備えて後継者は決めてある。神性を得た大蛟を使役するに足る技量を備えたはずだ。

 今夜からの儀式で夜暗は死ぬ。陰陽師には遺言を書く時間のある優雅な死に様など無縁だと思っていたのだが、自分は余裕のある死を迎えられそうだ。

 大蛟の妖核を片手に部屋から月を眺め、夜暗は目を細める。


「これから死ぬというのに、不安が拭えんな。悔いなく死ねるように努めてきたつもりだったが、これほど荒れた日本を残して死ぬのが不甲斐ないからか」


 できることなら懸念を全て片付けて死にたかったと、いまさら呟いても仕方がない。


「当主様、漲月(みつき)です。一族を集めるとのことですが、何事でしょうか?」

「早かったな」


 息子の漲月の声に、夜暗は妖核を懐に入れて返事をする。

 大蛟が妖力を漲らせ、神性を得る。それを受け継ぐ子どもとして名付けた息子だ。


「お前に後を託す。引き継ぎがある故、入れ。最期くらい、親子らしい語らいでもするか?」

「そんな柄ですか?」

「そうだな」


 失礼しますと一声断って部屋に入ってくる漲月は夜暗の好物である蕎麦茶と芋羊羹を乗せたお盆を持っている。

 察しのいい息子だと、夜暗は声を上げて笑った。


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