25 婚約破棄される予知夢を見たけど、望むところよ!
「西 明花! 貴様との婚約を破棄する! 我が狗族からの協力はないと思え」
冷たい瞳で嗤う婚約相手、黒 嘉牙。
彼の腕には、狗族の女性が抱かれている。
(まずい! 私たち、狐一族の先行きが、閉ざされてしまう──!)
焦って目の前が真っ暗に。
──なったところで、明花は目が覚めた。
荒い息を整えながら寝台から身を起こすと、ぎゅっと自分のしっぽを抱きしめる。
(今のは予知夢……!)
西家に伝わる力の一端、未来視の力が夢となってあらわれたことは、これまでの感覚からわかった。
つまり婚約破棄は、これから起こる未来。
「くっ」
狗族と結べなければ、一族はどうなってしまうのか。
いまの狐族の霊力では、国境を侵す妖魔に対応できない。
絶望的な気持ちでしっぽに顔を埋め、気づいた。
(あら、一本しかない? もう一本は……)
見回して、明花は叫んだ。
「! どきなさい、雨星!」
あろうことか明花の純白の二本尾、その一方を踏んで寝ている不届き者がいた。
(どうりで悪夢を見たはずだわ!)
隣で寝ている少年を押し転がすと、相手からは抗議があがった。
「っ、お嬢! なんでまた俺の寝床に入ってるんですか!」
明花より二歳下の雨星は、彼女の幼馴染兼、従者だ。
「うるさいわね、些細なことを。それよりよくも私のしっぽを踏んだわね! お前の重さで、痺れてるわ」
「お嬢が勝手に俺の隣に来たんでしょ?! 些細? 大問題ですよ! 許嫁がいる姫君が、他の男の布団に潜り込んで許されると思ってるんですか?! 俺、もう十五です。こんな現場見られたら、俺が殺されます!」
「フン! 婚約者殿だって毎晩いろんな女と同衾してると聞くわ。あっちだって好き放題してるのに、私だけ非難される謂れはないわよ。向こうと違って、私たちは何もしてないんだし」
「してたら大変ですよ。はっきり言って、お嬢の距離感はおかしい! 俺はもう、いつ旦那様から追い出されるかとヒヤヒヤです」
「平気よ。これまで誰も何も、口出ししてこなかったじゃない」
「いや、それだっておかしいんですけどね。大体俺の部屋が、お嬢と続き間なのも意味不明……。いくら従者と主人だからって……。お嬢、近々結婚を控えてるのに」
ブツブツと呟く雨星の言葉に、明花は苦虫を噛み潰したような表情を作った。
望む結婚ではない。同胞のために輿入れする。
しかも互いに嫌悪する種族に。
ハッとしたように雨星が謝罪した。
「……すみません」
「仕方ないわ。長の娘の務めですもの。我が一族の……"狐"の力が弱まっているから」
獣人たちの国があった。
竜帝が治めるその国は、それぞれの種族で集い、中でも武門の誉高かったのが、"狗族"と"狐族"。
それぞれ犬の霊力と、狐の霊力を持つ一族で、竜帝に従い、己が領地の国境をよく守っていた。
ところがある時。
強力な妖魔があらわれ、"狐族"の長は、四ッ尾を裂かれてしまった。
何とか撃退出来たものの、以来、四ッ尾が生まれず、"狐"に生まれるは子どもは二尾を最高とし、長の家系である西家と、同じく二尾の東家が力を合わせて任に当たっていた。
だが、明花の代で均衡が崩れる。
東家の世嗣が産まれてすぐ、亡くなったのだ。
各世代、両家に一人ずつしか生まれない二尾。
西家が娘、明花は見事な二尾だったが、東家が欠けたことで、"狐族"の力は激減。
妖魔を凌ぎきれず、恥を忍んで助力を求めた狗族は、同盟の証に明花を要求した。
狗族の長、黒 嘉牙の嫁として。
明花を奪われれば、それこそ"狐族"に未来はない。
"狐族"の誰もが反発したが、背に腹は代えられず、婚約を諾として、明花が十八になれば嫁ぐ約束となった。
次世代の二尾が生まれるまで、息をつなぐ。そのための同盟だった。
「せめて俺に尾があれば、お嬢の力になれたかもしれないのに」
視線を落としたまま悔しそうに言う雨星に、明花はそっと額を寄せた。
「ないからこそ、私について、一緒に狗族のもとに来てくれるのでしょう?」
雨星の狐尾は、一見して、あるとわからない程小さい。
そのため、彼の親は雨星を手放したと聞いている。
そして明花の家に引き取られた雨星は、乳飲み子の頃から彼女と共に西家で育った。
西家の従者に霊力がないことは、狗族にも知られていて、輿入れに際し「"尾なし"を伴っても良い」と言われている。
獣人族の霊力は、尾に宿る。
雨星は無力であるがゆえに、狗族から"明花の供"を許されたのだった。
気心を知る相手が傍にいてくれるということは何よりも心強く、あちらで嘲笑の的となることを覚悟の上で来てくれる雨星に、明花は感謝していた。態度には、おくびにも出さないが。
「向こうでお嬢が寝床に潜り込んで来たりしたら、一発で首を刎ねられますよ、俺」
「わかってる。向こうではしない。嫁ぐかどうか、わからなくなったけど」
「? どういう意味ですか?」
「予知夢を見たのよ。婚約破棄される」
「ええっ?!」
「されて欲しいわぁ。困るけど。狗族キライだもの」
「そんなのお嬢を馬鹿にしてるじゃないですか! 俺もあいつらは嫌だけど!」
「落ち着きなさいな、雨星。外の騒ぎより、うるさいわよ」
「外? そういえば何だか、騒がしいですね?」
「何かあったのかしら。ちょっと見て来て」
「……。お嬢、他人の安眠を邪魔しておいて、人使い荒すぎ……」
ヨロヨロと扉から出て行った雨星は、すぐに興奮して戻ってきた。
「お嬢! 怪魚ッ。噂の怪魚が水揚げされたらしくて、屋敷に献上されてる! 荷車からはみ出すデカさで、皆それを一目見ようと、人だかりが出来てた!」
「まあ、お前は見たの?」
「まだだけど、先に報告しに戻って──」
「行くわよ! 珍しい怪魚を見たいわ!」
急いで身支度をした明花は、雨星と共に怪魚に近づき、そして。
思いがけない悲劇が二人を襲った。
まだ息があった怪魚が急に暴れ、尖った尾びれが鋭く明花を狙う。
「お嬢!」
明花に、痛みはなかった。
代わりに切り裂かれたのが、雨星だったから。
彼に庇われ、明花が見たのは腹部から大量の血を流す大事な従者。
「いやぁぁ、雨星──っ!」
「お嬢様、ご無事ですか?」
「は、早く医者を呼んで! 雨星が!」
「はっ、こ、これは。お待ちください。すぐに呼んで参ります」
近くの者が走る。
"尾なし"であるにも関わらず、雨星は西家で大切にされていた。
一人娘のお気に入りということと、彼自身が人好きのする性格で可愛がられているというのもあったが、他にも。
二人が知らぬ理由があった。
「雨星、雨星。しっかりして。死んではダメよ。私と一緒に狗族に嫁入りするんでしょう?」
「っつ……、お嬢、俺は嫁入りはしませんよ。お嬢についていくだけで」
「わかってるわよ! あああ、喋らないで。どんどん血が流れてしまう」
「お嬢、俺がいなくなっても、朝はきちんと起きてくださいね」
「雨星っ」
「それから歯を磨いて、服を着て」
「お前がいま言いたいことはソレなの?!」
「お嬢、お耳を近くに」
「え」
顔を近づけた明花に、雨星がポソポソと言葉を伝える。
「!!」
途端に、明花の目が驚きに見開いた。
「馬鹿、そんな大事なことをこんな時に言うなんて! 決して死なせないから」
雨星を掻き抱く明花の手に、何かが当たった。それは彼の裂けた腹から転がり出た異物。
「え……、何これ」
西家はその日、未曽有の大騒ぎとなった。
「ずいぶんな騒ぎがあったそうじゃないか、狐族の。"尾なし"の従者も死に掛けたと聞いたが、今日も連れているところを見ると、命拾いしたらしいな」
壇上に座して足を組み、美女を侍らしながら狗族の長、嘉牙は言葉を投げる。
ニヤニヤと見下げる視線は、眼前の明花に向けられている。彼女の後ろには、雨星が控えていた。
「凶事を呼ぶ家門と縁を結べば、こちらの運まで翳ってしまう。婚約は破棄しよう」
大事な話があると狗族の宮に呼び出した明花に対し、武装の兵まで配置して、嘉牙はどこまでも横柄だった。
「まあ、どうしてもと縋りついてくるなら、持参金次第で考えなくもないが……」
「婚約破棄で結構です」
「何?」
「謀反人と結ぶなど、こちらから願い下げだと申したのです」
「なっ」
明花の毅然とした声が、部屋に響いた。
「十数年前、竜帝陛下の宝物殿から"封じ玉"が盗まれたことは有名ですが、その犯人が判明しました」
「急に何の話だ?」
「狗族が優位に立ち続けるため、東家の跡取り息子の腹に、封じ玉を仕込んだのはあなたですね、嘉牙」
「ふざけたことを! 何を証拠に」
熱り立つ嘉牙に、明花は一つの玉を見せる。
「封じ玉の起動に込めた霊力辿れば、誰が使ったかは判ります。竜帝陛下の軍門を徒に削り宝物を盗んだ、これが謀反以外のなんだというのです」
「くっ、小娘が! 取り押さえろ! たかだか二尾だ!」
不敵に、明花が笑みを浮かべた。
「雨星、貸してね」
言うが早いか、従者の胸倉を引き寄せ、明花が雨星に口づける。
強い霊力が、放たれた。
明花の背に、荘厳な四本の尾が揺れる。
「ずっと封じられてたせいで、彼はまだ霊力をうまく扱えないの」
明花からの視線に、雨星が力強く頷いた。
「だから今は私が、彼の二本分を借りて、これまでの屈辱を晴らすわ!」
「なっ、な……っ」
嘉牙が腰を浮かして狼狽える。
「これは霊力……じゃない神力! まさかそんな、適うわけがない!」
明花が一歩踏み込むと、白い光が炸裂した。
その後、嘉牙と狗族は、狐族によって竜帝に差し出されたが、裁きに先んじて嘉牙を断尾した明花は、不問とされた。
かつて東家に男子が誕生した際、狐族は沸いた。
同世代の二尾が男女であったことは初。このふたりが番えば、四ッ尾が戻るかも知れない。
けれども東家の赤子・雨星が何者かに襲われたことから、狐族は再び彼が狙われないよう、隠すことにした。
いつ間違いが起こっても良いように、西家の明花の傍近くに。
「死に掛けながら告白してくるなんて。ズルイわ、雨星」
「あんな時じゃないと、言えないじゃないですか」
二尾のふたりの子が、四ッ尾として誕生するのは、もう数年先の話である。




