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23 女傑アザレアの婿取り騒動

 私、アザレア・ロックの事を「女傑(じょけつ)」と呼ぶ人は多い。ある時まではそれは蔑称の意味だった。可愛げの無い、気の強い男勝りの女と。

 そのある時と言うのは、私の婚約者のカール・ボード伯爵令息と、妹のミズリィが身体をぴったりと寄せ合いこう言ってきた時だ。


「お姉様ごめんなさい。でも私、カール様の事が好きなの。お願い、婚約を代わって!」

「アザレア、許して欲しい。俺はミズリィと真実の愛を見つけたんだ!」


 正直に言うと不快な気持ちが無かった訳ではない。婚約者と実妹に裏切られたのだから。だが私は冷静に応じた。


「……ほう、なるほど。理解しました。では私との婚約解消、並びにミズリィとの婚約を貴族院に報告しなくてはなりませんが、その前に私はやるべき事ができましたので失礼致します」


 私が去ろうとすると、何故か二人は慌てだした。


「お、お姉様?」

「えっ!? やるべき事って?」

「今この場よりも大事な事よ」

「そ、そんな! これより大事な事なんて……」


 煩い二人を尻目に踵を返す。と、妹の声色が急に変わった。


「ああ、わかったわ。お姉様ったら負け惜しみね。悔しい顔を見せたくなくて気丈に振る舞ってらっしゃるのよ」

「なんだそうか! 最後まで可愛げの無いやつだな。それに比べてミズリィ、君は可愛らしさの塊だ」

「あんっ、カール様ったら」


 これ以上は部屋を出てドアを閉めたので聞こえなかった。そのドアを閉めたのは私の専任執事兼、護衛(その意味はほぼ無いのだけれど)のフィーノ。彼は死んだ魚のような目をしている。


「ではお嬢様、二階へ?」

「当然よ。それを寄越しなさい」


 私が手を差し出すと同時にフィーノは腰の剣を抜いて手渡した。そのタイミングが完璧で、全て私の考えがわかっている事に思わずニヤリと笑む。この後の私の行動を止めもしないのか。


「ではついてきて」

「勿論。お嬢様が()()()()()()様に見ています」


 私は剣を手に二階へ上がる。目指すはこの屋敷の中心。父、ロック伯爵の書斎だ。


「父上、失礼致します」

「おお、アザレア。今回の事はすまない……」


 私はくだらない話を途中で止めさせた。剣の切っ先を父の鼻の横に突きつけて。


「謝罪など不要。今すぐ引退し家督を私にお譲り下さい」

「アザレア! これは何の真似だ!」

「動かないで下さい。鼻がそげ落ちても良いのですか」

「ひっ! ま、待て……」


 情けない声をあげる父に心底落胆した。


「貴方もミズリィとカールの事はご存知だったのですね。ではこうなると予想できなかったのですか?」


 執事(フィーノ)は予想していたのに。ミズリィを可愛がるあまりに目を曇らせたか。


「昔から姉妹の教育に格差があるのは納得済みでした。私はロック伯爵家を継ぐ為の実用、ミズリィは貴方達が可愛がる為の愛玩用として育てられた筈です。それをカールとの婚約を私からミズリィにすげ替え、まさか彼女に家を継がせると?」


 領地経営どころか、自分のドレス代は領民からの血税で賄っている事も知らなそうな、媚びる事しかできない可愛らしい妹に?


「お、お前の助けがあればあの二人でも何とかやっていけるだろうと……」


 私はほんの僅か、本当に僅かに指先を動かした。


「ぎゃあッ!」


 父は蛙が潰れたような声をあげて尻餅をつく。鼻を抑えた指先を見て「血がぁ」と涙声で呟いていた。薄皮一枚のかすり傷なのに大袈裟ね。

 私は小さい頃から剣の修行でこの程度の傷は身体中に数えきれない程刻み付けてきたというのに。


 それもこれも「将来女伯爵になるならいつ誘拐や襲撃されるかわからない」という理由で両親(貴方達)が私に修行を課したからだ。まあ、剣は私の性に合っていたから、そこは感謝しなくもないけれど。


「ほう。ミズリィが女伯爵で私をその補佐に? ふざけた事を。長子の私を独身のまま爵位も与えず家に縛り付けるなど、外聞が悪いにも程があるでしょう。しかし私が他家に嫁げば、この家はどうなるかお分かりですよね」

「……」


 カールは隣のボード伯爵領の三男。自領の商人が隣の街道を通らせて貰うよしみで政略結婚をする話だっただけで、彼自身は凡才か、もっと悪い方。伯爵家があっという間に傾くのが目に浮かぶようだわ。


「ミズリィに継がせればどちらにせよ貴方は周りから笑い者になります。父上、恥を晒す前に決断を」


 私は剣を拭いながら冷たく父を見下ろした。血は一筋が布に付いただけの僅かなものだった。その僅かでも、父には充分だったけれど。





 私はフィーノに留守を任せ、爵位と領地の継承及びカールとの婚約解消届けを貴族院へ提出する為、父と共に王都へ向かった。ああ、ミズリィとカールの婚約届けは出さないでおいたわ。


 その間母とミズリィは何も知らず、楽しそうに結婚式のドレスや宝飾品を選んでいたそうだけれど。ボード伯爵にも一部始終を記した手紙を送っておいたから、伯爵に叱責されたカールから聞いて大慌てしたらしい。


「なんで‼ 私とカール様がこの家を継ぐんじゃないの⁉」


 妹はそう泣きわめいた後、カールにとっとと見切りをつけ、できるだけ良い家に嫁げるよう焦って縁談を探し始めたそう。予想通りね。爵位も持たず、財産も殆ど無いカールの見た目だけを気に入っていたのでしょうから。

 本当に馬鹿な子。でも愛嬌は有るからそれなりに裕福な所へ嫁ぐ事は出来るでしょうね。まあ、少々の歳の差や相手の見た目には目を瞑る必要があるけれども。


 ミズリィに捨てられたカールは図々しくも私と復縁をしたいと何度もうちの屋敷に来たけれど、フィーノに追い返されたそう。


「最後は力ずくで対処しました。ボード伯爵家までお送りして、先方にもありのままをお伝えしたところ、随分と……」

「伯爵は胃を痛めておられた?」

「はい。カール様は二度と姿を見せないかと」

「そう」


 フィーノからの報告を聞いた私は満足して書斎の椅子に深く身を沈める。引退した両親にはミズリィを連れて領地の端の別邸に引っ込んで貰った。今この屋敷には私と、気心の知れた使用人達しかいない。せいせいしたわ。


「ボード伯爵には悪いけれどもう少し胃を痛めて貰いましょう。今回の慰謝料代わりに商人の通行料をタダにするよう申し入れたわ」


 私がニヤリと笑うと、フィーノもニヤリと笑う。けれどすぐに真面目な顔になった。


「ところで、噂が回るのが随分と早いようで。もう新しい縁談の申込みが」

「ああ、貴族院で大声で『これで本物の女傑になれたわ!』と女伯爵である事を喧伝してきたからね」

「はあ……」


 執事はガックリと肩を落とす。あら、もう令嬢ではないのだから慎みがどうとか言わせないわよ。


「多分その話を聞いた貴族の次男坊や三男坊が、カールの代わりに婿入りを狙っているのね」

「それが筆頭は」


 彼はまた死んだ魚のような目で釣書と姿絵を机の上に置いた。


「侯爵家嫡男からの申込みです。騎士団の第一隊長を務める立派な方で」

「ん、ああ、ボアレス卿ね! 以前剣の手合わせをして貰ったわ。私なら女騎士としても身を立てられるだろうと誉めて下さって」

「それだけですか?」

「夫婦で騎士にならないかとも言われたわ。あれは冗談かと思っていたけれど」

「やっぱり! ではこちらも冗談ではなさそうです」


 フィーノはまた別の釣書を私の前に置く。


「なんとシャール国の第三王子です」

「ん?」


 シャール国の第三王子と言えば、今この国に留学中で……。


「ああ、思い出したわ。私の強さと凛々しさが良い、とか夜会で口説かれたけれど、あの国の男は女と見れば全員口説くのが礼儀らしいから」

「それは多分社交辞令では無いですよ! いい加減自分の魅力に気づいてくださいお嬢様‼」

「フィーノ、もうお嬢様では無いの。名前かご主人様と呼びなさい」


 フィーノは態度を改めた。


「失礼しましたアザレア様。で、いかがなさいますか」

「シャール国の線はないわ。あの国は一夫多妻制度があるし、もう他の女に目移りして裏切られるなんて御免だもの」

「では侯爵家に?」

「うーん、ボアレス卿の剣の腕は素晴らしいから、毎日手合わせをして貰えるかもと思うと、断るのは惜しいのよね……」

「そこですか。てっきりあの筋肉美が惜しいのかと」


 私は軽く笑った。


「まあそれも無くはないけど……でも、侯爵夫人の役目は少々荷が重いわ。ロック領の経営を数年前から任されてやっと成果が出そうなのに、こちらよりも婚家の事を優先しなければならなそうだし。女伯爵の方が私の性に合ってると思う。やはり婿を取る方向で考えましょう」

「かしこまりました」


 執事はぴしりと姿勢を正すと、どこに隠していたのか釣書の束をどさりと机に置いた。


「では婿入りを狙う貴族の次男坊や三男坊の申込みです」

「こんなに? ……全部目を通さなければ駄目よね」

「アザレア様の事ですから夫には見映えの良さよりも、仕事の腕や政略結婚の利をお求めでしょう。お薦め順に上から並べてあります」

「ありがとう。流石ね」


 そう誉めてあげたのに、一番上の釣書を見た私は誉めた事を後悔した。


「フィーノ・ペブル子爵令息……? どういう事?」


 珍しくフィーノの目がキラリと輝く。


「一番のお薦めですが」

「貴方のどこが?」

「小さい頃から貴女と共に剣の修行をして腕も互角。毎日手合わせも致しますよ。それにロック領の事はアザレア様の次に何でも知っています。貴女に心底惚れてますから浮気もしません」

「でも貴方の家とは政略結婚の利は無いわ」


 我が家とペブル子爵家は縁戚で寄親寄子の関係。だからこそペブルの次男だったフィーノは昔から私の執事候補として一緒にいた訳で。


「そこは痛いところですが、結婚すれば僕の給料を払わなくて良くなりますよ。結構な利では?」


 私は思わず大笑いした。


「剣が互角と言うなら手合わせを! 私に傷を付けてみせなさい。できたら結婚してあげる」

「アザレア、僕は本気で行きますよ」

「まだ呼び捨ては早いわよ!」





 こうして女傑の婿取り騒動は解決したの。まあ、私は薄皮一枚斬られた代わりに夫は3針も縫う怪我をしたのだけれどね。


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