22 親の顔より見た婚約破棄〜ざまぁを添えて〜
「グウェンドリン・ハスラー侯爵令嬢! 貴殿との婚約を破棄させてもらう!」
王侯貴族が集う舞踏会。ドーム型の天井から吊り下がる豪華なシャンデリア。その真下では、毎度お馴染み婚約破棄が繰り広げられていた。
登場人物は三人。ザマーランド王国サイモン王太子。金髪碧眼という王子様然とした優男である。その傍らでボブカットの令嬢が、肉食獣ににらまれた草食獣のごとくわなわなと震えながらすがっている。彼女はエミリー男爵令嬢、このポジはなぜか男爵令嬢が多いのだが理由は分からない。
そして二人の視線の先にいるのは、グウェンドリン・ハスラー侯爵令嬢だ。金髪縦ロール、勝ち気そうなつり気味の目、こんな時でさえ不敵な笑みを絶やさないふてぶてしさ。何一つかわいげがない。
「まあ、婚約破棄だなんて心外な。なぜわたくしがそんな辱めを受けないといけませんの?」
「白々しい! エミリーに対する嫌がらせと暴言の数々、胸に手を当て思いだせ!」
「ないものを出せと言われても困惑するばかりです。その悪行とやらをどうか教えてくださいませ?」
グウェンドリンは、扇で顔を半分隠しながら伏し目がちに答えたが、眼光がギラリと光ったのをサイモンは見逃さなかった。何て食えない女なんだと歯ぎしりをするが、そんなに公の場で公表されたいんならやってやると言わんばかりに声を張り上げた。
「一つ目は、エミリーの教科書類を隠したこと。二つ目は、学園の食堂で足を引っ掛けてエミリーを転ばせたこと。他にも様々な嫌がらせを受けたとの報告を受けている」
グウェンドリンの「罪状」が舞踏会会場に響き、辺りはしんと静まり返った。王太子の告発に対して彼女はどんな返しをするのだろうか。みなが固唾を飲んで見守るなか、彼女は余裕たっぷりに高笑いして見せた。
「なっ……! 何がそんなに面白い!?」
「今日のために念入りに準備してくるとは思いましたけど、その程度かと拍子抜けしましたの。そんなチンケなことをわたくしが企むとお思い? 随分みくびられたものね。本気で陥れるなら家ごと脅しますわ」
最後のセリフの時だけ声を低くしてギロリと睨みつける。追い詰める立場のはずのサイモンが、一瞬びくっと体を震わせた。
「お前……っ! 男爵家を脅したのか!?」
「仮定の話と言っているじゃありませんか、馬鹿馬鹿しい。実際のところは、視界の隅に入ってくれなければそれで結構です。つまり、エミリー様について頭を悩ませるだけの脳の容量がもったいないということです」
「では、罪状については否認するんだな……? これは王太子の言葉を否定するという意味、すなわち王家に刃向かうのと同義だ!」
「反逆罪に問う前に、弁明の場をいただいてもよろしいでしょうか。我が国は高度に発展した法治国家であり、どんな罪人にも裁判の機会が与えられます。ならば、わたくしにも発言の機会があってしかるべきです」
「ふむ……よかろう。申してみよ」
「まず一つ目の教科書を隠した疑惑について。その前に一つお伺いしますが、教科書を紛失したのは一日のうちどの時間帯でしたか?」
ふいに話が振られ、エミリーは戸惑いながら答えた。
「ええと……確か、一限と二限の休み時間……だったかしら?」
「ご列席の皆様にもご理解いただくため、ここで王立学園の構造を説明します。わたくしのいる三年の教室とエミリー様のいらっしゃる一年の教室はそもそも別棟にあり遠く離れています。休み時間は五分。この五分の間にわたくしが一年の教室に行き、犯行を行い自分の教室へ帰るのはどんなに急いでも不可能。王立学園の現役生ならびにOB、OGの方にはご理解いただけるかと」
「勘違いしてたわ……! 昼休みだった! 昼休みにやられたのよ!」
「昼休みでしたら、他の生徒が誰かしら教室にいますよね? そこに学年の違うわたくしが入って行ったらとても目立つと思いますが、目撃証言はないのでしょう? それが全てです。更に、こんなこともあろうかと、エミリー様のクラスの時間割を入手して、わたくしが忍び込めるチャンスはないものかと検証しましたが、どれもタイミングが合わず不可能でした。ここに証拠となる資料を用意しましたので、気になる方はご覧になってください」
紙をぺらぺらさせながら、立板に水で話すグウェンドリンを見て、サイモンは愕然とした。この話が取り上げられるのを想定してあらかじめ反論を用意したとしか思えない。どうして彼女が知ってるんだ? 彼の疑問をよそに、グウェンドリンの独断場は続く。
「次に、食堂でわたくしがエミリー様を転ばせた件でしたっけ? これは目撃者も多数おりますし、実際にあったことです。それ自体は異論はありません。ですが、なぜわたくしがエミリー様を転ばせた話になっているのでしょうか? 確かあの時は、わたくしはいつも同じ席で食べるので、普段通りに行動していただけです。そこへ、いつもは離れた場所にいるエミリー様が近づいて来たのでおかしいなと思いました。そう思っているうちにエミリー様が盛大に転び、持っていたトレイを派手にぶちまけて耳目を集める結果になったと、こう認識しております」
「ええい、口から出まかせを言うな! お前はエミリーが嘘をついたと、そう申しているのか!」
「殿下がエミリー様の肩を持ちたい気持ちは分かりますが、ここは公平な目線をお持ちください。我が国は、人権の概念をいち早く確立し、他国に先駆けて法治国家を成し遂げた、高度な文明を有しています。その礎を築いたのは、まぎれもなく王室の力です。その系譜に名を連ねる王太子殿下とあれば、ご理解いただけるかと」
グウェンドリンは、パチンと扇を閉じて口元を隠し、サイモンをそっと垣間見た。何気ない流し目だが威力は絶大だ、彼は再びぐぬぬと黙る。
「さて、元の話に戻りましょう。ここで証人を呼びたいと思います。エミリー様のご学友であるジェーン・バトラー嬢です」
すると、いつからそこにいたのか、一人の令嬢がするするとグウェンドリンの背後から姿を現した。それを見たエミリーは「あんたなんでそこにいるのよ!」と叫び、慌てて口を押さえた。エミリーを無視して、グウェンドリンは続ける。
「ジェーン様はエミリー様のご学友、つまり『取り巻き』の一人で、学園では常に彼女のそばにいます。それゆえ、エミリー様が普段話されていることも正確に把握しております。彼女の証言では、私を陥れるためにエミリー様がわざと近づき自分で転んだと」
「嘘よ、嘘よ、嘘よー! 大体、こんな裏切り者の言葉が信じられるって言うの!?」
「実は、別の人からも同様の証言が得られ調書も作成しましたが、報復を恐れてこの場に出ることは拒否しました。その中でジェーン様だけは、勇敢にも表に出ることを同意してくれました。エミリー様、老婆心ながらご友人は平等に大切にされた方がいいかと。優劣をつけて一人だけ蔑ろにすると、牙を剥かれることもあるのでお気をつけください」
恐れわななく草食獣のようだったエミリーは、今や憤怒の形相でプルプルと震えていた。最早、儚げで庇護欲をそそる可憐な少女の面影はどこにもない。
「……お前、あらかじめこうなることを分かっていたな? それを見越して準備してたのか?」
「もちろんでございます。事前に根回しを行い対策を練ることは、何事においても重要です。わたくしは、殿下のお気持ちがエミリー様に傾くのを見て、遅かれ早かれこうなるだろうと思っておりました。しかし、婚約者がいながら一方的に破棄することは、簡単に許されるものではありません。それならば、周りの人間を巻き込むことで既成事実を作ろうと考えるのではないか。だとすれば、多くの人が集まる場で行うのが効果的です。これらの条件に合うのが今日の舞踏会会場。そう推理して準備を進めました」
「俺が何を言うかも把握ずみだったんだな。周りの人間を買収して」
「まあ、買収だなんて人聞きの悪い。彼らは自ら進んで情報提供をしてくれました。あまりに手応えがなくて拍子抜けしたほど。先程エミリー様にも申し上げましたが、友人や部下には心を尽くすのがよいと考えます。いくら配下とは言え、彼らも人間なのですから」
サイモンは、王子然とした上品な顔貌を醜く歪ませた。反論できなかったところを見ると、図星だったのだろう。周りの人間は、日頃にこやかな王子の変貌ぶりを見て、心がすーっと冷めていった。
「言い忘れましたが、このことは国王陛下も把握済みです。陛下の後ろ盾もなく、公然と殿下に物申すなんてできるわけがないじゃありませんか。婚約破棄したら最もお困りになるのは陛下です。私たちにとっての結婚は、家と家との契約なのですから。若い男女の惚れた腫れたでどうこうなるものではありません。豊かで贅沢な暮らしを享受する以上、背負わなければならない義務です」
多くの人間がいる舞踏会会場だが、誰も一言も話さず、しーんと静まり返っている。みな、グウェンドリンの一言一句を聞き漏らすまいと耳を澄ませているのだ。この頃になると、サイモンはがっくりとうなだれ、最初の勢いは息を潜めていた。
「それで、お前はどうしたいんだ? 俺とよりを戻したいのか?」
「まさか? 婚約破棄したいとおっしゃったのは殿下ではありませんか。わたくしは唯々諾々と従うのみです。ただ、自らの潔白を証明したかっただけ。謂れのない罪を押し付けられるのは御免です。何なら、わたくしの方から婚約破棄させていただきましてよ? もちろん、国王陛下には許可をいただいております。殿下はエミリー様とお幸せに。その前に陛下からお話があるようですが。ではごめんあそばせ」
優雅な一礼をしてから、グウェンドリンは堂々と会場を後にした。




