21 この美しい空の下で
「涼太~、喉乾いた~!!」
「はいよ、スポドリで良いか?」
「涼太~、お腹空いた……」
「ほら、弁当持ってきたから食え」
「手が動かないから食べさせてくれ」
「あいよ」
「涼太~疲れたからマッサージしてくれ」
「はいはい、仰せのままに」
「あの……佐伯先輩、いくら生徒会長命令だからってそこまでやらなくても……」
心配そうに声をかけてくるのは、生徒会書記の青葉。細かいところに気が付くし頼りになる後輩だ。しかも可愛いので学校内でもかなりの人気があったりする。
「良いんだよ、俺は命令じゃなくて好きでやってるから」
「で、でも……会長っていつもダラダラしてて何もやってないですよね? 全部佐伯先輩に押し付けて――――」
「全部押し付けて――――か、まあ……そう見えても仕方ないけど、ちゃんと仕事はやってるし、なにより会長はカッコイイんだぞ? 」
「カッコイイ……ですか? ま、まあ……たしかに滅茶苦茶美人ですけど……イマイチ納得できないというか……」
不満そうに頬を膨らませる青葉の肩にそっと手を置く。
「ま、そのうちわかるさ、そのうちに……な?」
俺と会長が出会ったのは二年前――――駅前の広場だった。
「や、やめてください……」
女の子が三人のチャラ男に絡まれている。周りは見てみぬ振りか……。
「おいやめろ、その子嫌がってるじゃないか!!」
「ああん? 何だテメエ……痛い目に遭いたくなければ失せろ」
「イテテ……あ~あ……俺って弱いよなあ。うわっ……買い替えたばかりのスマホの画面割れてるし……」
絡まれていた子は俺がボコられている間に逃げられたみたいだから良かったけど……さ。
散乱したカバンの中身を拾い集めながら思う。何で俺……こんなに要領が悪いのかな……通報するとか大声上げるとかもっとスマートな方法あったはずなのに……情けないしカッコ悪い……。
「そんなことないぞ」
凛とした張りのある声に思わず振り返る。
「え……? あ、あの……」
風になびく艶やかな黒髪に心がざわめく――――切れ長の目に射抜かれて呼吸を忘れる――――その薄紅色の唇から目が離せない――――
綺麗だ――――素直にそう思った。本当はもう俺は死んでいて、天使が迎えに来たのだと言われても納得できるほどに――――彼女は美しかった。
「キミは弱くなんかない」
「あ……」
「キミはカッコイイぞ」
「あ、ああ……」
生まれて初めて――――そんなこと言われた。
駄目だ……泣くな……俺。
これ以上情けなくなってどうする……!!
でも涙が止まらない、情けないけど初対面の女の子の前で俺は――――人目もはばからず泣いている。
「ご、ごめん……」
せっかくカッコいいって、弱くないって言ってくれたのに……カッコ悪すぎる……本当に俺って……どうしようもない――――
「謝るな。心が動いて涙を流すことが恥ずかしいわけあるか。その涙は――――キミが頑張って来た証だろ? だから泣いて良いんだ。誰が何と言ったって――――誰が何と思っていようが関係ない。キミは強いしカッコイイ。泣いても良い、失敗しても構わない、だから――――折れるな少年」
その瞬間――――俺の世界に色があふれだした。
その艶やかな黒髪がキラキラと輝いて――――鳶色の瞳に映る世界は万華鏡のように世界の在り方を180度変えてしまうようで――――可憐な薄紅色から紡ぎ出される言の葉は力強く優しく心の琴線に触れた。
「わ、わかった」
差し出された手を握り返してなんとか立ち上がる。
折れかけていた俺の心も一緒に立ち上がれたような気がした。
「よし、その様子だと歩けそうだな」
「あ、ああ、大丈夫」
「そうそう、さっきの連中だが……一部始終を撮影して通報済みだから安心したまえ」
はは……敵わないな……俺と同じ歳くらいなのに。
「俺は佐伯涼太、第三中学の三年だ。助けてくれてありがとう」
「礼にはおよばない。私は第一中学三年神崎美空だよ」
この時点では、まさか同じ高校でクラスメイトになるなんて想像もしていなかったんだけどね。
「ところで佐伯先輩? あ、あの……チケットもらっちゃったんでもし良かったら週末映画でも――――」
「あ、ああ……ありがとう。でも週末は予定があって」
「……まさか会長の介護ですか……」
「ちょ、介護って……でもまあ……そんな感じ」
「ふーん……わかりました。今回は残念ですけど、私……諦めませんから!!」
お先に上がりますね、と一礼して生徒会室を出てゆく青葉の後ろ姿を複雑な気持ちで眺める。
はは……まさかあの時助けた子が生徒会に入ってくるなんてな。世間は狭いというかなんというか……。
「涼太~……」
「はいはい……って寝てるのか」
寝言まで俺を呼ぶってどんだけだよ……。
「美空……そんなところで寝ると風邪ひくぞ……」
とりあえず制服の上着を脱いでかけておく。
「むにゃむにゃ……もう食べられにゃい……」
「どんな夢見てるんだ……? うわっ……涎垂れてるって!!」
美空は――――人の心が――――考えていることがわかる。
その残酷な力によってどれだけ辛かったか――――傷付いてきたか――――俺には想像することも出来ない。
言葉や想いは鋭利な刃物となって容赦なく心を突き刺しズタズタにする。美空はそれに24時間ずっと晒されているんだ。
でも――――コイツは……美空はいつだって頑張ってる。見えないところで――――誰にも評価されなくても――――本当はボロボロなくせにな。
俺にはわからないよ……お前がどうやって自分の心を守っているのか。
こんな華奢で――――細い身体で――――壊れそうな繊細な心を抱えながらどうしてこんなに頑張れるんだよ……。
もっと強くなりたいよ――――美空さえ守れるのなら――――他には何もいらないんだ。
「……涼太、また……泣いているのか?」
「お、起きてたのか!? わ、悪い」
鳶色の瞳は猛禽類のように俺の心ごと正確に射抜いて魂を鷲掴みにする。
「やれやれ……謝るなと言ったのにキミという男は本当に変わらないな……初めて出会ったあの時から」
欠伸をしながら小さく息を吐く美空。
「それは――――これでも成長してるつもりなんだけどな……」
「わかってるさ涼太、頼りにしてるよ」
ふっくらとした薄紅色が優しい弧を描く。
「ふふ、涼太の匂いがするな」
かけていた俺の上着に気付いたらしい。今になって気恥ずかしさがむくむくと湧き上がってくる。
「悪い、臭かったか?」
「いや、キミに抱きしめられているようで安心する」
「なっ……!?」
頬を染めてそんなこと言われたら……
「ところで副会長、先日書記の青葉くんから、私と涼太はどういう関係なのかと尋ねられてね?」
「げっ……!? そ、それで……なんて答えたんだ?」
「会長と副会長だと答えておいた」
がくっ!!
「そ、そうか……ま、まあ……たしかにそうだよな……うん、無難な答えだと思うぞ」
正直ちょっと残念な気もしてしまうが……だからといって他にたとえようもないんだよな……。
「ああ、青葉くんには涼太は私のだから絶対にやらんと釘を刺しておいたぞ」
ぶふぉっ!?
「どうした、なにかマズかったか?」
「い、いや……マズくはないが……」
真顔でそんなことを言われたら――――照れる。
「なあ涼太」
「な、なんだよ」
「……あの時、な、私も折れそうだったんだよ」
「……え?」
「キミに出会って――――私は踏みとどまれた。キミが隣に居てくれるから――――私は頑張れているんだ。ありがとう――――涼太」
俺は――――美空の支えになれていたのか。そうか……そうか――――
「あはは、キミはまた泣いているのか?」
「ご、ごめん……ってまた謝っちまった!?」
「ふふふふ、キミはもう一生そうやって謝っていそうだな。まあ……それなら私は一生ツッコんでやるまでだが」
え……? 一生? ずっと……一緒に居てくれる……のか?
冗談を真に受けるなと言われそうだが、美空は冗談でも思っていないことは決して言わない。それはこの二年間の付き合いでよくわかっている。
「さっき言っただろ? 私にはキミが必要なんだ、嫌だと言っても逃がさないからな」
「……そんなこと言わねえよ。こっちだって付きまとってやるから覚悟しておけよ」
ヤバい……美空が可愛い、抱きしめたい――――それから――――
「涼太……以前から思っていたのだが、キミは私の力を知っているのに……ワザとか?」
「い、いやっ、違うっ」
「ほ、ほう……それでは抑えきれない想いがあふれてしまっていると?」
美空の顔が尋常じゃないくらい紅い。そしてたぶん――――俺も。
「キミは無自覚に意地悪だな、本当に……涼太はカッコイイ!! 優しくて大好きだ!! 抱きしめて欲しい!! 隙あらばキミの姿を探してしまう、ずっと側に居て欲しい、私だけを見ていて欲しい――――」
「ちょ、ちょっと待て――――ストップ!!!」
死ぬ……嬉しすぎて恥ずかしすぎて――――死んでしまう。
「ふん……どうだ? 私の気持ちが少しはわかったか? 四六時中涼太の心の声を聞かされるこの私の気持ちが?」
「……本当にごめんなさい」
たしかにこれはヤバい……普段はなるべく心を無にしているつもりなんだが……美空がいちいち可愛すぎて……
「……だからそういうところだぞ」
「……弁明の余地もございません」
「まったく……私は嫌だと言った覚えは無いが? ま、まあ……時と場合は考慮してもらえると助かるが」
俺の心を見透かすように鳶色の瞳が熱を帯びて揺れる。
「さて……それでは早速始めてくれ」
「え……? まさか今から仕事を?」
「馬鹿だな……涼太が私にしたいことをするに決まってるだろう?」
み、美空さんっ!? え……良いの?
「安心しろ、生徒会室のドアに鍵はかかっている。それに――――」
――――お前がしたいことは、私がお前としたいことだからな。
暗くなり始めた放課後――――俺たちはそっと唇を重ねた。




