第五四話「海上護衛とソ連海軍の威容」
-日本海軍はシーレーン防衛に力を入れる一方で、ソ連海軍への備えを行なっていた。ソ連海軍にはかつての帝政ロシアほどの外征海軍としての力はないもの、着実に力を蓄えていた。特に長門型戦艦をも凌ぐ重装甲を誇るソビエツキー・ソユーズ級戦艦の竣工は日本海軍に脅威を抱かせるのに十分なものであった。
日本本土の参謀本部・海軍部「軍令部」ではその脅威への対処が急がれていた。
「ソビエツキー・ソユーズ級戦艦は長門型戦艦を凌ぐ装甲を持つ大戦艦だ。一対一の打ち合いで勝てるのは大和型戦艦のみ……どうすべきか」
「超大和型戦艦が竣工していれば勝ちも同然でありますが、如何せんまだ船体が3%しか完成していない状態では」
現在、日本海軍は1943年の末、大分県に海軍工廠を新設し、同地に超大和型戦艦や新型空母も建造可能なドッグを整備。超大和型戦艦はそこで建造開始されていた。だが、現在それは船の形にもなっているか怪しい状態。現有戦力では最強の戦艦である大和型戦艦でどうにかするしか選択肢が無いが、主力艦艇は現在、大正期建造の旧型からの更新中か、近代化改修中であり、空母部隊は秘匿しておきたい日本海軍にとってソ連海軍は強敵といえる。大和型戦艦は当初より51cm砲艦として建造された「甲斐」と完成が近い「越後」(大和型戦艦`4番艦`。本来の計画から繰り上がっているため予算上は5番艦である)を戦力の中核にし、当初計画通りの建艦であり、途中で改良した「大和」と後続艦の実験艦扱いの「武蔵」を前衛とする計画であるが、ソ連海軍が新型を竣工させている現状ではそう問屋は卸さない。
「大和と武蔵でどこまでできるか……如何に41cm砲搭載とは言え、20年ものの長門にはいささかソビエツキー級の相手は荷が重いからな」
「かの艦の装甲厚は46cm砲搭載時の大和型戦艦並ですからな。しかも所々米国製です」
「フム……大和型戦艦の射撃テストを急がせよう」
及川古志郎軍令部総長はソビエツキー・ソユーズ級に警戒感を顕にした。41cm砲を搭載するとは言え、20年ものの長門型戦艦では太刀打ちできるか怪しい。そこで敵新鋭戦艦と同世代の新鋭艦たる、大和型戦艦をアテにしているのだが、大和型戦艦は換装された、新艦砲の51cm砲での全艦での統制射撃はテスト含め行なっていないし、そのための通信網や新造のレーダー射撃システムの試験段階に過ぎない。その点では不利である。
「ところで、海上護衛総隊用の海防艦はどうか」
「はっ、あと一ヶ月もすれば第一次計画が完遂できます」
「そうか……`樫野型`を失うわけにはいかん。アレがやられたら戦艦の建造に支障が出る」
それは大和型戦艦や超大和型戦艦の砲塔を運搬すべく一定数が建造された運搬艦の「樫野」である。旧史では一隻のみしか建造されていなかったが、この歴史においては予備艦含め5隻余りが建造され、本来の目的に使用されている。兵站重視となった日本軍にとって輸送艦や運搬船を撃沈されることは死を意味する。そのため、軍は各種対潜網の充実を急ぎ、専用哨戒機である東海を就役させたのである。
「海防艦の竣工までの繋ぎのためにも第901航空隊には頑張ってもらんと……予算を回してKMXを開発した甲斐がない」
彼は予算を叩いて造った東海の対潜磁気探知機が期待通りの働きをする事を祈った。輸送艦の被害は今のところ出ていないが、対潜空母には被害が出、冲鷹が魚雷攻撃により中破する損害が出ている。そのため潜水艦撃破に執念を燃やしているのだ。
「そ、総長!!」
「どうした、騒々しい」
「ソ連艦隊が動きました!!」
「いよいよか」
ソ連海軍は日本海軍に対し抗し得る力は潜水艦部隊と一部新鋭艦しか持たないというのが、日本軍内での一般的な評価である。戦艦に至っては新型は殆ど無く、帝政ロシアの遺産である「ガングート級戦艦」が未だ現役と思われる。そのため日本海軍上層部はソ連海軍をどことなく軽視していた。だが、それは大きな間違いであった。情報部より艦隊に未知の新鋭艦が含まれるという情報がもたらされたからだ。
「奴らはスターリングラード級重巡洋艦やクロンシュタット級重巡洋艦を完成させたというのか!?」
「そのようです。ソ連単独でこれだけの新鋭艦を作れるとは考えられません。おそらく第三国の援助が入ったのでしょう」
それらは史実で完成させていないはずの事実上の巡洋戦艦。それがこの歴史では陽の目を見たというのか。及川大将は驚愕し、一瞬二の句が告げなくなるほどのショックを受けた。
「……アメリカか?」
「確定はしておりませんが、ソ連には戦前にイタリアの援助があったのはわかっています」
「米国援助によるソビエツキー・ソユーズ級戦艦とイタリア式巡洋艦か……連合艦隊に戦闘準備を進め給え。統合参謀総長に報告してくる」
1944年、大戦において指揮系統の再編が求められた日本軍は指揮系統を再編成。統合運用の円滑化を進めるべく、天皇陛下の裁可を得た上で参謀本部長を三軍の統合参謀総長とし、軍部の統合運用を円滑化するための施策を実行させた。そのため統合参謀総長と言ったのだ。
日本海軍は山本五十六連合艦隊司令長官が参謀本部の命を受ける形で、本格的な戦闘準備を始めた。ソ連が主力艦を含めた主力艦隊が各地の港を出港したという報に呼応するかのように大和型戦艦がその威容を国民に見せる。日本海軍の栄華を、東郷平八郎元帥とその参謀たちが手に入れた、『あの』日本海海戦の勝利の栄光を再びこの手で帝国に出現させるために、大和は錨を上げ、出港する。
- とある海域 「ソビエツキー・ソユーズ」
「いよいよだ。いよいよ40年前に父らの世代が味わった屈辱を日本の猿どもに食らわす事ができる……」
彼等は父母や祖父世代が40年前に味わった屈辱を晴らせる事に歓喜する。40年前の戦争では長期戦に持ち込めば勝てたのに関わらず、国内の動揺で和平を強いられ、敗北の屈辱を味わった。だが、その心配は前途洋々なソビエト連邦では無い。いくら同盟国を得たとは言え、日本ごときに負ける要素は無い。
そう、提督は自負する。
-ソビエツキー・ソユーズは大海原を往く。栄光あるソ連海軍の前途を背負って。東郷平八郎が率いたあの海戦での日本連合艦隊旗艦「ミカサ」の正統な後継者たる、日本軍の最新鋭超弩級戦艦「ヤマト」と「ムサシ」を、帝政ロシアの後継者である、ソビエト連邦の手で倒し、父や祖父らの無念を晴らすために。そしてかつての帝政ロシア海軍をどん底へ突き落とした元凶たる「大日本帝国海軍」へ復讐するために。




