第四四話「かくて烈風は吹く」
日本軍最後の艦載機「烈風」と東南海地震への備えです。
-日本は東南海地震に備えて、数カ年計画で京浜工業地帯の開発に乗り出していた。旧史で戦局を`敗色が出てきた`から`絶望的`に悪化させてしまった要因となる地震に備えて、京浜工業地帯の開発を進めた。川西航空機、中島飛行機、三菱重工業などの主要メーカー群の工場は中京地域から優先的に移転が進められ、1944年初頭の時点ではおよそ7割が移転し、イギリス・ドイツの最新工作機器を導入した工場が稼働していた。
-三菱重工業 とある工場
「これがA7M2かね」
「はい。発動機の生産態勢が整ったので本格的に試作が始まったのです。既に軍から採用内定の内示をいただいております」
それは日本軍期待の`最強のレシプロ戦闘機`として産声を上げるであろう十七試艦上戦闘機の試作機。ハ43の改良型で、排気タービン過給器を備えた「一一型ル」を当初より登載した機体設計改良タイプ。武装も30ミリ砲4門から6門が予定されており、乙戦の代わりとしても運用可能となるタイプ。堀越二郎技師が自信を持って作る零戦の正統後継機。主翼は逆ガル翼、紫電改などで採用された自動空戦フラップの改良型を備えている。防弾も対策が施されており、その防弾性能は30ミリ砲でも安々とは落ちないほど。速度も時速700キロ台を目指すという野心的な目標。燃料事情もイギリスの協力で好転したので達成も夢ではないだろう。烈風の開発に携わっている海軍の審査担当官「小福田租」少佐もこのA7M2は当時日本の次期主力戦闘機として配備され始めていた「四式戦闘機`疾風`」の後継に相応しいと太鼓判を押すほどの出来だと報告した。
「発動機の生産態勢はどうか」
「はい。月産300基で昨年末より生産を行っております。今は疾風用が大半ですが、いずれは他機種にも供給出来ましょう」
疾風は初期配備機でハ42を搭載していたが、異例の速さで量産され、第201号機以降はハ43が搭載されたタイプに代わり、翔鶴型航空母艦3番艦「飛鶴」や最新鋭の「雲龍型航空母艦」に優先的に配備されている。その雲龍型航空母艦や翔鶴型航空母艦には先立ってダメージコントロール理論の進歩による小改装が施された。それは史実の空母「大鳳」の戦没の戦訓による「水線下のバルジや航空機用燃料タンクの周辺に数日間かけてコンクリートを流し込み、固める」、「格納庫の通風装置の強化」などの対策が行われた。予算の都合上、最新鋭艦が優先されがちなので、最旧式艦の「赤城」は「加賀」よりも後回しにされた。
後にこの差が空母「赤城」と「加賀」の運命を分けてしまうことになるとはこの時の日本海軍は思いもしなかった。そしてこれが旧史との帳尻合わせとなる事実に気付くのは数年後の事であった……。
「東南海地震に備えて工場を移転しといてよかったなぁ。これで地震が来ても大丈夫だ」
小福田租少佐は工場を中京地域から移転しておいた事で地震が来ても発動機の生産は全く問題なく継続できる事に安堵する。ただし中京地域からの人の疎開はまだまだである。地震への備えは急いでいるが、自然には勝てない。人的損害だけでも抑えなくては。
「東南海地震が起きると生産態勢に多少でも支障を来してしまう。どうしたものか……」
彼は政府が進める工場の移転と人々の避難(疎開)はおそらく今年の12月までに間にあうか微妙なところだと渋る。Xデイである12月7日はあと11ヶ月あまり。人々は起きるかわからない地震へ疑念を呈し、移転を渋る輩も大勢いる。政府や軍の説得にも応じない者もいる。政府は最後の手段として「お上(天皇陛下)に直々に出向いてもらう」事を検討中だ。(大日本帝国の時世における陛下の威光は凄まじいのは現在の我々からみてもわかる)。彼は陛下の言葉なら人々も納得するだろうという政治家達の策動に一定の理解を示す。そして航空エンジンの生産態勢を崩さないようにする最終手段。実行されるか、否か。政治家達の手腕にかかっていた。
-同日 川西航空機 工場
「陣風の量産一号機を納入した。続々と生産してくれたまえ」
川西航空機の川西清兵衛会長は陣風が軍に制式採用され、予定よりも早く生産にこぎつけた事にご満悦のようだ。陣風は疾風以上の火力を持つ空軍の次期主力・重制空戦闘機として配備される予定で、先行配備として首都防空の第三〇二空軍航空隊、九州の第三五二空軍航空隊、精鋭部隊の第三四三空軍航空隊に優先的に配備される。他はフィンランドでの零戦と鍾馗の代価機だ。今月中に300機を生産せよとの軍からの要請が来ている。零戦の陳腐化によほど焦っているようだ。
「軍は我が川西の飛行機を求めている。ここで一気に軍の覚えを増す機会だ。戦闘機分野に川西ありという事を認識してもらいたいのだ」
彼は川西が戦闘機分野でも一流になってほしいとの願いを持っていた。彼は人生の晩年を迎えつつあり、史実では後二年後に没する。その運命は変えようのない運命。彼のその願いは後に叶うことになる。紫電改と陣風は大ベストセラー戦闘機として新史に名を残す事にする……。
次回は外伝の戦後編になります。




