第四十話「あじあ号の後を継ぐ者」
今回は前回とは関係ない話で、ある国家的プロジェクトについて触れます。短めです
-日本海軍が50年代に装備することを目論む超大型空母。その最終的設計案はなんとキティホーク級航空母艦を日本風味にアレンジしたものであった。建造技術を獲得すべく
前段階としてその頃には退役しているであろう長門型戦艦の代鑑となる戦艦を作って技術を熟成させるというという思惑のもとであった。これは日本海軍は1943年には戦艦を戦略の中心から外していた事を示していた。
-呉
「対潜部隊が交戦を開始したか」
「俺達の出番はまだか」
「まだだ。艦隊決戦まで待て」
……と会話をする者達は空母「瑞鶴」の乗員。第一航空艦隊旗艦を拝命してまもなく2年目。赤城に変わり日本空母機動部隊のシンボルとして君臨し、次世代最新鋭機「疾風」の先行生産機が優先的に配備されていたからだ。空母機動部隊もこの頃には流石に零戦から機種更改が始まっており、旧世代機は徐々に練習機へ用途移行がなされていた。最強の零戦である二二型も例外でなく、余剰機は最高度練習機になって一線を退きつつあった。しかしそれは本来の予定ではなかった。この頃の疾風はハ四三までの繋ぎのハ四二搭載型。最高速度は控えめの時速635㎞、武装・防弾は予定通りな性能を持つ機体であった。本来は零戦を1948年頃まで使用する予定であったが、予想以上に敵新型機が登場しつつある事を勘案し、本来は今後の技術研究に使われる予定であった「疾風」の完成度の高い後期試作機群に量産機同様の武装を施し、疾風の機体整備体制確立の為に第一線の一部空母に先行配備を行ったのだ。第一線装備に格上げされた今、空母機動部隊の地位はかつての戦艦と同等以上に向上。対米戦に備えて要員の育成が急がれていたが、まだまだ形とはなっていなかった……。
日本海軍は次第に空母機動部隊中心主義へ移行しつつあった。
―日本は満鉄の輸送力強化のために、かの「あじあ号」の後継となる高速機関車の開発を行っていた。これは戦時となってもそれほど鉄道運転を制限しなくても無かったためにあじあ号の運行が続けられたためだった。しかし「あじあ号」といえど、1940年代中盤には技術的陳腐化が始まり、速度的にも世界水準から取り残され始めたからだ。そこで政府は英国や第3帝国などと共同で`満鉄用次世代高速列車`の開発を開始。イギリスが作り出した「マラード号」の設計を最新技術でリファインする形で始まった。南満州鉄道は世界最新技術を一気に得られることに歓喜。プロジェクトは社を上げて行われた。
イギリスの誇る世界最速列車「マラード号」を母体にした新高速列車は連合国の輸送力強化の意図もあり、各国での共通標準軌に乗っ取って設計されつつあった。
風洞実験はイギリスで行われる手筈となり、同時に日本の一部路線が将来的国内導入を見込んでか、標準軌へ改変される工事が始まっていた。
-1944年 初頭
「米内総理、あじあ号に変わる特急列車が作られているというのは本当なのですか?」
「ええ。まだ詳しくは申し上げる事はできませんが、本当です」
米内光政はこの時期も総理として君臨していたが、健康問題も上がってきており、彼の後継者も取りざたされていた。候補者はハト派として知られる、吉田茂などという噂が立っていた。そんな時期にある新聞社のインタビューに応じ、あじあ号の後継となる特急列車が作られている事を肯定した。これは国民を鼓舞する目的もあってのほのめかしであり、その後、ある大手新聞社の記事の一面を「あじあ号の後継、開発中か?米内総理が友邦との共同計画を仄めかす」と飾ったとか。
-満鉄の野望は始まった。旧史で成し得なかった世界最高水準の特急列車を得る事。それは世界の垣根を超えた設計陣によってなされようとしていた。




