第三二話「ブルハルゼーの憤慨と日本の焦り」
-日本海軍は空母を急ぎ整備していた。1943年5月、戦時量産型である「雲龍型航空母艦」(スペックは史実より高性能で、無論カタパルト装備)の第一次建造が完了した。完成したのは「雲龍」、「天城」(2代)、「葛城」である。この艦は工業力の多少ながらも向上した事により工期が短縮され、起工より1年半(史実のエセックス級並の建造速度)で完成を見た。艦載機数は大型化した新型機で70機搭載の陣容であった。史実よりも一年程速い産声を上げた事になる。この三隻は戦力化が遅くなる改装空母の代わりに第二航空艦隊の中核戦力とされ、直ちに訓練を開始した。
呉で訓練を開始した3隻の艦載機は戦闘機こそ零戦二二型であるが、爆撃機と攻撃機は次世代機であった。量産開始されて間もない「彗星」(空冷エンジン搭載)及び「天山」。従来の機体より遙かに高性能であるこの二機種は日本軍航空隊高速化を推し進め、現時点世界最強の空母航空部隊の座を日本軍に約束していた。(なお米軍はTBFやSBDなどを順次配備していたのだが、予算が史実より遥かに少ない事で遅れが生じていた。ヘルキャットも大西洋方面の空母に優先的配備がなされたので、太平洋方面は未だワイルドキャットが現役であった。史実では新戦法でキルレシオを改善した米軍だが、その戦法を全て日本軍が先んじたこの歴史ではどうであろうか)
しかしヘルキャット世代の戦闘機の登場に、日本軍に多大な脅威を抱かせたのは間違いなかった。ヘルキャットやコルセア配備の報は日本軍に焦りを生じさせ、2300馬力以上を出せるハ43装備の新型制空戦闘機「疾風」と局地戦闘機「紫電改」の開発を国家挙げて急ぐ事になる。ちなみにヘルキャットのスペックは前史同様のもので、時速600キロ台の速度を持つが、米軍に取ってはコルセアの保険でしか無い。だが、最新日本軍機の性能(零戦初期型の性能はなんとか入手した)を考えれば最適と言えるもので、太平洋方面への早期配備が望まれた。
-空母「エンタープライズ」艦橋
「クソッタレ、上は何を考えてやがる。未だにワイルドキャットでいいとか……」
憤慨するこの提督は「ウィリアム・ハルゼー」。太平洋方面の空母「エンタープライズ」に座乗するために着任した第3艦隊司令長官である。彼はヒトラーに対抗するために大西洋方面に優先的に最新鋭機を回す上層部に対して怒りを顕にした。日本軍はソ連を打ち倒した後は絶対に合衆国にケンカを売るという確信を持っており、度々上層部に意見具申を行って来たが、彼の理解者「チェスター・ニミッツ」太平洋艦隊司令長官(前年にハズバンド・キンメル大将が長期療養が必要な病気で辞任したのに困ったルーズベルト大統領がまたまた抜擢人事を行った)はともかくも上のほうが大西洋重視なのは覆せず、艦載機の更新が遅れている原因として怒り狂っていた。
「か、閣下!落ち着いて!」
「これが落着いてなどいられるか!!ソ連の酒びたり野郎どもが倒れればジャップの黄色い猿どもは必ず我が合衆国に喧嘩を売る!!何故上は分からんのだ!!」
いきり立つハルゼー。ブルハルゼーの異名を持つ彼が怒るのは副官としても理解できる。
CIAは日本軍の軍備増強は朧げながら掴めており、金剛型戦艦の後継艦「秩父型大型巡洋艦」(日本の欺瞞情報。実際にはB65型大型巡洋艦は小型戦艦のような正確を持つ)や新型空母の建造などが始まっていて、一部は既に完成したとの情報もある。それなのに上は未だ小国の日本が国力がその内世界一になろうかと言う合衆国に喧嘩は売らないとタカを括っている。それが彼を怒り狂わせるのだろう。
「じきにヘルキャットが配備されます。それまでの辛抱ですよ」
「それまでにジャップがさらなる新型機を作ったらどうする!!奴らは陸ではちょび髭伍長の軍隊の猿真似に躍起になっておるが、空母部隊の実力は悔しいが世界一だ。それが最新鋭機で襲いかかってみろ。我軍のヒヨッコ共では相手になるまいよ。司令長官のオザワは日本の空母の先駆者で、空母戦術の権威と言われとるしな……」
彼は日本の第一航空艦隊司令長官「小沢治三郎」に脅威を感じていた。日本が艦隊攻撃用の空母中心艦隊を世界に先駆けて作った裏には彼の提言があり、日本の空母分野の開拓者の一人というのは音に聞こえてきたからだ。現在の合衆国は空母の数こそ揃えたもの、パイロットの質では日本に勝てるか微妙だ。日本は中国とフィンランドの実戦で鍛えられた熟練者がたんまりいる。この差は大きい。
これは新史での不思議な事だった。旧史で、小沢治三郎はとうとう練度・装備共に完璧な状態の航空艦隊を率いる機会がなかったが、ハルゼーは鍛えられたパイロットと最新装備の部隊で日本航空艦隊を完膚無きまで叩いた。だが、それは完全に逆転し、小沢治三郎は史実での後期に完成するはずの高性能機と支那事変までの熟練者の組み合わせの最高戦力を手にした一方で、ハルゼーは大戦開戦時~1942年前半までの装備と練度のパイロットしか持たない。コインを裏返したようなこの状態は新史の日米の差を暗に示していた。
「この俺の予感が当たらないことを祈るぜ……」
ハルゼーは自らの行く手に暗雲が漂うような気持ちがしてならなかった。
-日本 第二航空艦隊旗艦「葛城」 艦橋
「参謀長、視察ですか」
「そうだ。飛龍の改良型というのに興味があってね」
葛城を視察に訪れたのは連合艦隊参謀長の「山口多聞」中将である。彼は山本司令長官などに空母重視を具申し、雲龍型航空母艦の建造計画を軍令部などに認めさせた功績で中将へ昇進。大艦巨砲主義が根強かった日本海軍において空母の立場を第一線装備に押し上げた一人である。彼は新鋭空母の視察を兼ねて訓練中の第二航空艦隊を訪れたのだ。
「参謀長、戦闘機の更新が遅れております。どうしてです」
「2000馬力級発動機の開発に手間取っておるのだ。山本長官も焦っておられる。ドイツとイギリスの助けも借りると各方面に頼み込んでおられるのだ」
山口多聞は米軍次世代機の登場に焦る山本五十六が各方面に頼み込んでいっている事を話す。今日はロールス・ロイスと直接交渉に行っているはずだ。米内総理も憂慮なされ、チャーチル首相と会談をおこなっている」
それは焦りに焦る日本の現状だった。2000馬力級発動機の開発・安定的生産の状況は未だ芳しくなく、ハ43の生産は試作でちびちびと作っているが、いまいち進まない(史実の誉より遙かにましだが)。それに焦る日本は外国の助けを借りてでもこれを解消したいのだ。はたしてハ43の量産は実現するのか。それには課題が山積であった。




