第一話「タイムスリップ」
仮想戦記ものを始めてみました。元々戦艦好きだったので、それが高じて今回の話に結びつきました。ベタなタイムスリップ介入物ですが、物語の性質上、史実との相違点が多いのでその点はご了承下さい。物語は日本海軍中心です。
―1938年初頭 海軍航空本部
「まさか君が……いやあ驚いたよ」
航空本部長の山本五十六中将は目の前に立っている13、4歳程度に見える士官に驚きの声を上げた。
「父がお世話になっております、閣下」
その少女は年のころ十三、四歳といったところか。あどけなさを残すものの、その顔立ちは少女から大人の女性へと移り変わりつつある年齢である事を表すように、年齢のわりにはやや大人びていたが、その彼女の流れるように長く、やや茶色かかった髪は外見とは裏腹に、行動的な少女といった印象を山本に与えていた。
この時代の日本は大正期までと比べ、都市部での女性の社会進出が進んでいたものの、国運を担う役目を持つ「軍人」は、いかなる高学歴をもっている女性であろうとなれた例は陸海軍問わず存在しないはずである。では、彼女が何故海軍士官となっているのか?それを説明する必要があるだろう。
そもそもの発端はこの時代より七十年以上経った、西暦二〇一三年で起こったある出来事であった。
-時代は変わって、西暦二〇一三年 東京
「はぁ…中間が二週間前かぁ。一夜漬けでどうにかするか」
このため息をついている女子中学生「岬遥」は一見すると、どこにもいそうな少女である。
しかし彼女には同年代の少女にはまず見られないであろう特徴を持っていた。
それは‘軍事おたく‘であった。そもそも彼女の家系が明治以来、代々海軍軍人を輩出する由緒正しい‘軍人一家‘で、太平洋戦争時には彼女の曽祖父がとある戦艦に乗っていたと伝えられている。自衛隊が造られた後は空海の自衛官を勤め、現在では、彼女の2人の兄弟が自衛隊に入隊を希望していると言う、ある意味筋金入りの家庭環境なのである。
「兄貴と茂の奴…自衛隊に入るって言うけど、いくら代々軍人やってる家系だからって、今の自衛隊に入る価値なんてあるのかな?」
彼女は居間にあるソファーに腰掛けながら、肩に下げていたかばんを置き、キラリと光る何かが彼女の目に留まった。懐中時計である。それも何十年もの年月を経たと思われる年代物のようだ。その姿に興味をもったのか、遥は懐中時計を手にとってみる。するとそんじょそこらの物とは格が違うと言った手触りを感じる。さらに近くをみてみると、一枚の古ぼけた写真が置かれていた。
「これはたしか曾じいちゃんの…。」
写真には旧・日本海軍の純白の第一種礼装に身を包んだ、颯爽とした出で立ちの壮年の男性が映し出されていた。裏に書かれている日付は「一九三八年十二月 帝都にて」と記されている。傍に置いてあった懐中時計はその曽祖父の遺品であろう。
「…親父の奴、これを見ていたのかな?昔聞いた話じゃ、親父が子供の時に死んだって言うけど、今の自衛隊の醜態を見たらどう思うだろう?」
昨今、自衛官が何らかの事件を起こす例は後を絶たない。昔の軍隊では考えられないような事である。この現状に嫌気がさしたのか、彼女はおたくであっても、自衛隊に入ろうとは考えていなかったのである。
「…?」
不意にそれまで動いていなかったはずの懐中時計の針が「チクタク」と時を刻み始めた。
だが、様子がおかしい。針が凄い勢いで逆回転している。まるで時を遡っているかのように。
「ちょっと…!どういう…これってもしや!?つーかなんてベタな……」
遥はそこまで言って意識を失った。まるで何かが起こったかのように、懐中時計は針がちょうど12時を指したと同時にその動きを止めた。
―時代は戻って、1938年 帝都
「うぅん…」
「気がついたようだね」
この家の主―岬亮一海軍中佐は自宅の一室で倒れていた少女に対して困惑の表情を浮かべた。軍の職務を終えて家に帰って見ると、この少女が倒れていたのである。こんなところを親戚のすすめで他県で働いている妻や尋常小学校に通っている長男と次男に見られたら何と言われるだろう。
とりあえず自室に運び込んで布団に寝かせつけといてよかったと胸を撫で下ろしたのは言うまでも無い。
「…あんた誰?」
「初対面であんた誰はないだろう。私は岬亮一。大日本帝国海軍の中佐だ」
「亮一…ってその名前、まさか曾じいちゃん? 」
「…は?」
中佐はまさにこっちのほうが聞きたいくらいだと言う顔をする。それにすぐさま答えるようにその少女-遥が声を出した。
「とりあえず名乗っておくわ。あたしは岬遥」
「…(遥って…兄貴にそういう名前の子供居たっけ?)」
「あんたは分からないだろうけど、あたしはあんたの事を知っている。‘岬亮一‘。
1903年生まれの35歳、海兵第52期をトップ10で卒業。その後、結婚して5人の子供を設けて現在は若手のホープとして中佐に出世。…どう?」
「ははは、こいつは恐れ入った」
と彼は目の前の少女に対して驚きの表情を見せた。
―何故この子は自分や家族の事をここまで正確に知っているのだろう。陸軍に居る兄やその子供達とは兄が中国戦線に出征してからはもう何年も合っていないし、第一その子供たちは6人いるが、全員男のはずだし、他の兄弟達に女の子供はいないはずだ。
「悪いけどあたしはあなたの知ってる全部の親戚の人間じゃない。それにそもそもこの時代の人間でもない。そうでなければあなたや親戚のことを正確に把握しているわけはないぜ」
「それはそうだが、言われただけではどうも信用できないぞ? 」
「じゃあこれでどう? 」
彼女は一枚の写真を取り出した。その写真はこの時代には珍しいカラー写真で、
幼少の頃の彼女とひとりの老人が写っていた。その顔をよく見ていると、誰かに見ている。
日付は……2001年の6月となっている。
「2001年だと……60年以上後じゃないか。それにこのご老人は……?」
「そのじいさんはあなたの2番目の子供「岬次郎」の60年後の姿。そしてその写真の子は小さい頃の私……つまり私は次郎の孫、あなたの曾孫にあたるって訳。
中佐は頭がこんがらがる感覚を覚えた。子供たちがまだ尋常小学校に通っているというのに、いきなり`私はあなたの曾孫です`と言われたのだ。当然といえば当然の反応と言える。
ここぞとばかりに遥は追い打ちをかけた。彼や家族でしか知らぬはずの出来事。学校(小学校~海軍兵学校の成績)成績、奥さんへのプロポーズ(彼は珍しい恋愛結婚をしていた。そのため奥さんが戦後に息子たちに教えていた)の言葉から何まで当ててみせた。止めは部屋に落ちていたカバン(彼女の近くに置いてあったので、一緒に時代を飛び越えたのか)と中に入っていたノートパソコンなどを駆使して、未来の映像(アニメ・特撮を含め)を見せ、どうにか中佐に次男の子孫―彼に取っては曾孫に当たる―という事を実証した遥は
その日、家を訪ねてきた来客の海軍の高官―当時の航空本部長であり、後の連合艦隊司令長官である山本五十六中将であった―に挨拶をした。(中佐に「何でそんなお偉いさんが家に?」と尋ねたところ、何でも20代の頃に世話になった関係で、可愛がられているとの事。)
遥の女性かしらぬ活発さが駐米武官経験者である山本の目に止まり、さらに軍人でも無いのに連合艦隊司令長官すら知り得ない航空機関連の最高機密を事細かに知っていたのに山本が関心したせいもあって、彼は遥を海軍航空技術廠付きの武官として(史実とは異なり、海軍が開戦による消耗で人員不足に陥るのを予期していて、女性で人員を補えないかとの政治的思惑を持っていたせいもあった。)徴用した。2日後には当時の内閣での海軍大臣であった米内光政海軍大将の耳にも入り、海軍はこの出来事を陸軍の発言力と評判を下げるため、また海軍の立場を陸軍よりも優位にするための政治的な道具として用い、女性の雇用をこの年の帝国議会において大々的に布告。この行為は当時の国際社会に対し、日本の女性の社会進出を示す役割も果たした。(この時期の日本はまだ国際連盟の常任理事国であった)
その年の2月には帝都などの主要都市に海軍の公募『求ム!航空乙女』などという新聞広告やポスターが踊り(この時代の少女雑誌などで有名な画家達によるとても芸術的なイラストで、海軍の純白の第一種軍装に身をつつんだ男装の麗人が描かれている)2週間後には10代から20代前半の人材の数十名の応募(この当時の女性たちは大分現在に近い考えも出てきていたものの、旧態然とした女性像に囚われている人数は圧倒的で、帝都などの関東圏全て合わせても女性を集めるのは数十名が限界であった)があり、第一期生は身体検査を受けた後、各地の教育専門の航空基地で教育訓練に入った。(各種航空機別に振り分けられ、最も多かったのが戦闘機乗りだった)
訓練が完了するのは40年の中頃くらいと見積もられていた。女性の搭乗員というので、基地の男性たちは小馬鹿にしていたが、とんでもない事である。史実ではソ連軍において数人の女性エースパイロットが輩出されているなど、時として女性のほうが男性よりも有能であるのは戦後以降の歴史が証明している。
この女性の起用は日本海軍が史実より遥かに柔軟性を備えた事の表れと言える。
この海軍の女性の起用は国内に潜むスパイを通して米軍にも伝えられた。
―ハワイ 真珠湾 太平洋艦隊司令部
「聞いたか?ニミッツ、日本も女を軍人として本格的に採用し始めたらしいぞ」
ある一室でこの時期、合衆国第二巡洋艦戦隊司令官を努め、太平洋艦隊開戦後の太平洋艦隊司令長官となるチェスター・ウィリアム・ニミッツ少将は友人の情報部将校から聞かされた
情報に関心を示した。
「あの国は人口が少ない。戦争を戦うつもりがあるのなら男がどうのと言っている場合では無いという事にようやく気づいたんだろう。あの帝国海軍にしては珍しいよ」
「冗談は止せよ。あの小国が合衆国にケンカを売るなんて……いくら世界のビック7と言われるナガトとムツがあろうとも、もう20年ものだぞ? 」
笑い飛ばす将校をよそにニミッツは真剣な表情を見せた。
「いや……かの国には帝政ロシアを打ち破ったという経歴がある。現に彼等は中国相手に健闘している。何が起るかはわからん。ドイツじゃちょび髭伍長が政権を取ったんだ。日本にもそれみたいな事は十分に起こり得る」
ニミッツは日本海軍の強さを十分に認識していた。その先見性は史実で日本を完膚なきまでに打ち破った事で証明されている。
後に`彼は薄々と戦争が近いうちに起るのを予感していたかも知れない`と語られるが、それはまた別の話。
―ある日の海軍航空本部
「ところで今日はどのような用件で来たのかね?」
「新型戦闘機の要求性能を幾分か変更するように、米内閣下から言付けを」
「何、米内さんから?」
この米内とは、海軍の重鎮であり、史実では終戦時の海軍大臣であった米内光政大将のことである。開戦の反対派であり、海軍の中では良識派の一人とされている。
「ハッ。これがその計画書です」
山本は手渡された書類に目を通す。そこに書かれていたのは前年に海軍が三菱に出した新型機の要求よりさらに上の次元の性能を要求する物だった。
「速度は最低で570km以上、20ミリ機銃の装弾数は一基につき120発以上…防弾装備は必須だって!?」
「そうです。そうでなければアメリカの戦闘機には対抗できない」少女は山本に前年にアメリカが制式採用した「ワイルドキャット」、そしてこれから開発されるはずで、まだこの世には存在しないはずの「ヘルキャット」のスペックが記されたメモを手渡した。
「時速600kmと2000馬力エンジン……米国はこんな化け物を作っているのか!?」
「ええ。今のこちらの技術では精々1000馬力が限界といったところでしょう」
「ううむ、まずいな……。発動機を栄から金星に変えるように指示するか」
「それでも何年優位性を保てるか不安があります。新型機と発動機の開発を同時に行いましょう」
「うむ。三菱に連絡をとってエンジン換装型を試作するよう指示しよう。今現在試作途中の機体はどうするか……」
「欺瞞のために一応制式採用してはどうでしょう。ドイツも似たような事を行っていますし」
「よし試作機が完成しだい、採用する事とする。……しかしそれにしても未来では巴戦を重視しないというキ44(二式単座戦闘機のこと)の評価が意外といいと言うのは驚きだったよ。まだ造られてない飛行機のことを言うのもなんか変な気分だが……」
「一撃離脱戦って言う戦法が合ってた戦闘機だったからですよ。この時期に一線張ってた人たちからは低い評価されてますけど、開戦後に配属された若手からは結構評価されてる。時勢に合致してたんですよ」
そう。陸軍の二式単座戦闘機「鍾馗」は当時の搭乗員の間でも評価が分かれている機体であるので、一式戦闘機以前に慣れていたベテランほど嫌う傾向が強いが、開戦後に軍に入った若手や、実際に乗った一部のエースはいい機体だと戦後に述べている。
それの発展型が大東亜決戦機と期待された疾風で、誉エンジンの不調さえなければ同時期の連合軍最新鋭機と対等に渡り合う事は十分可能だった。問題はこの誉エンジンの稼働率なのだ。この当時の日本の工業力では`史実`でのカタログスペック通りの量産など不可能に近い。そして44年の東南海地震で主力工場が壊滅、戦局が絶望的になるのは言うまでもない。それはこの2人の公然の秘密であった。エンジンの改良を促すことで間接的に戦力の向上は可能だが、果たしてどれほど効果はあるか?
陸軍は戦闘車両から言っても貧弱の一言。九七式中戦車-「チハ」は米軍の前にただ粉砕されるだけ。国内の工業力の限界で、後継機はとうとう一式中戦車以外は実戦投入されずじまいであった。この時点で連合軍に勝つ要素は無きに等しい。
それに海軍にしても、43年以降は新鋭機の登場、防空システムが飛躍的進化を遂げた結果、日本軍の攻撃は殆ど防がれ、当時の主力であった天山や彗星はハエのようにおとされる有様。零戦は旧式化し、エースでもない限り生還困難という本末転倒状態。
更にこの時代の日本には「品質管理」なんて言葉は微塵も無い。厳格な管理がなされるはずの軍用エンジンさえ劣悪品が続出し、2000馬力のスペックのはずが1300馬力しかでないなんて事も多々ある。管理できていれば、戦死者も少なくなっただろうし、負け方もマシになっていた。この事実は山本五十六を通して、米内光政や井上成美に伝えられ、さらにそこから
さらにウワサは広がり、第一航空艦隊の司令長官、最後の連合艦隊司令長官となる小澤治三郎や山口多聞などにも知られ、何時の間にやら後世においても有能とされる提督たちとその仲間たちの間での公然の秘密として扱われるようになっていた。
未来からの情報でじっくりと強化と発言力増大を進める帝国海軍。暴走する帝国陸軍に歯止めをかけられるのであろうか。それは未来人たる遥の手に掛かっている(?)




