第56話:原因調査
「しかし、何で見えたんだろう? 隆介の時は大丈夫だったのに」
アカネが見えるようになった原因について考えてみる。例えば、俺と同じ筆記用具を使ったとか、同じスマホを持ったとか、同じ料理を食べたとか。それぞれ考えうる状況にはなるが、決定的な要素としては薄い。
どれもしっくりこないというか、例えば手をつないだり汗の匂いをかぎ取ったり、という場合だと、もう俺の部屋に入った段階でアカネが見えてても良いはずだ。つまり、そういうものが影響を及ぼした、という可能性は否定してもいいだろう。
後は、俺が見てない所で結城さんが何かしていた、という場合だが、スマホで何かを操作してそれが原因、という可能性も低いというかそれはより低い、つまり無視してもいい状況ではあるだろう。例えば俺の見てない所で何かしら悪戯をしてその結果見えるようになった……という可能性はあるが、どんないたずらがあるだろうか。
悪戯ではないが、俺の分のサイダーも全部飲んでいったな。まだ残っている三本目のサイダーではなく、俺の側に置いてあったサイダーを手に取ってよく見る。ここに直接結城さんが口をつけて飲んだ……ごくり。
いかんいかん、なんかよこしまな欲望にとらわれそうになってしまった。ここに口をつければ結城さんと間接キスができる。しかも本人が帰った後にそれをする、というのはなんだか変態チックな香りがして、とても悪いことをやっている気がしてならない。
誤魔化すように三本目のサイダーを飲み干すと、三つとも缶を洗いにキッチンへ来て、綺麗にしてからビンカンゴミを溜めてある袋にほうりこむ。
「うーん、案外それじゃないかしら。幹也の考えは割と良いところを突いているかもしれないわよ」
アカネがそう話しかけてくる。夕食の準備をしながら、アカネの考察を話半分に聞く。
「良いところっていうのは、間接キスってことか? 」
「私が見てた範囲だと、あなたのサイダーに彼女が口をつけたあたりで見え始めたみたいなのよね。だとすると、間接キス、もっと艶めかしい言い方をすれば体液の交換をすることによってあなたの情報が彼女に伝わって私が見えるようになった、というのが今の所の私の推測だわ」
間接キスでアカネが一時的に見えるようになった、という事か。つまり、直接キスすればもっと長い間見えるかもしれない、ということか。検証のためにいきなりキスさせてくれなんて言うつもりもないから、また家に来るタイミングがあればそこでネタばらし、ということにするのか。
それともアカネが見えてることは向こうから突っ込まれない限り隠しておける話だからまあいいとして。なんとか誤魔化す必要が出てくるのか。まあ、アカネは今の所俺にだけ見えていてくれていれば嬉しいのでそれ以上のことを望まないつもりではあるんだが。
「そういうわけにもいかないわよ? 正式に彼女が出来て、あちこちでキスしたりしてる間に私が見えるようになるはずだし、もしかしたら一緒に床にはいったりしたら永遠に見えるようになるかもしれないわよ? そうなった場合困るのは幹也じゃないの? 」
一緒に……床に……それは、セ、セってことですか。
「幹也ってやっぱりまだヘタレなのよね。私とあなたしかいないし私はこの通りの姿なんだから、はっきりセックスと言ってしまえばいいのに。私に気を使う必要はないわよ」
「仮にも女の子の前ではっきりそう言うのはどうかと思われるのですよ。しかも、そんなまだ小さな体でそんな言葉を口にされるとこっちとしてはどう反応するのが正しいのか困る」
「じゃあ、やっぱり彼女にはしばらく隠しておく方向で行くのね。私としてはばらしてしまって、その後二人の関係がどうこじれていくのか、それとも私の信者がもう一人増えるのか。その辺割と私の力の大きさにもかかわってくるから大事な所なんだけど」
「また何かしらの行き違いや関係の進展があって、はっきり見えたりしたときに改めて紹介するほうがいいと思ってる。付き合う前から俺には幽霊というか神様が憑いています、なんて言いだした日には新しい宗教の勧誘にしか聞こえないだろうし、信じない奴は信じないだろうから。彼女はどっちかわからないけどな」
そもそも真面目に説明して、それを真面目に聞いてくれるかどうかもわからないのだ。たまたまなんか見えた! ということでうやむやにしてしまっておいたほうがまだ精神的に俺の負担が減る。
とりあえず、体液の交換、もしくは俺の一方的な付与によってアカネが見える可能性が高まる、ということで良いんだろう。実際にどのぐらいのことをすればどのぐらいの間見えるようになるか、という検証も必要だし、俺専用ダンジョンも見えるようになるのか、入れるようになるのか、それらもある。アカネが見えただけでは全貌を理解されるのは難しいだろう。
よし、気を取り直して夕食のみそ炒めパスタを食べるか。今日もアカネにいただきますをしてお供えする。一から作った味噌炒めなのでそこそこの神力の補給にはなったらしい。しかし、今朝の角煮ほどの威力はない模様。アカネが伸び縮みすることもなく、普通に吸収されて終わってしまった。
「とりあえず今日の出来事はなかったことにするのが一番だな。後日この話について蒸し返された時に考えることにしよう。来週は隆介の誕生日もあるし、誕生日プレゼントはもう用意してあるし、初戦を戦うに当たって付き添いが居たほうがいいのは間違いないだろうからな。是非とも華々しいダンジョンデビューを飾ってみてほしいもんだ」
うむ、甘味噌炒めの野菜が美味しく胃袋に入っていく。水分が欲しくなったので水を一杯。サイダーはお客さん用でもあるのでそうそう気軽に飲んでしまうといざお客さんが来た時にお出しする物が無くなってしまう。
パスタを食べ終えて洗い物を済ませると、風呂に入る。一緒に風呂に入ったりしても見えるようになるんだろうか。風呂じゃなくてもプールだったら? 俺と一緒にプールに入った時にアカネがついてきていたら皆にも見えるようになったりするのかな。
「例えばだけど、輸血なんかしたら一生私のことは見えるようになるかもしれないわね」
風呂にまで侵入してきたアカネに少しびっくりしたが、なるほど、そういう方向性で見えるようになるかもしれないのか。迂闊に献血にも出かけられないようになるな。
「でも、幹也の情報を分け与えて私が見えるようになる……っての、あまり好きにはなれそうにないわね」
「なんだ、独占欲でも湧いたのか? 俺は私のものよ、みたいな」
「ないとは言い切らないわ。私だって幹也の専属の道祖神であるという自覚があるもの。それを幹也が良いように他の誰かに分け与えて、例えば専用ダンジョンで他の人も含めてたくさんの人でレベルアップしていく……なんてことを複数の女の子に対してやりはじめたら、流石に私も愛想が尽きそうだけど、幹也にその心配をしなくていいのは助かる所ね」
くすっと笑って湯船の中でふよふよと浮んでいるアカネ。ほっとけやい。
「まあ、輸血をするにしても何にしても、うかつに間接キスしたりしないようにしなきゃいけないのか。相手が隆介でも同じことになるなら充分注意しないといけないな。あいつそういうことには結構無頓着だからな」
隆介のことだ、自分の分が無くなったからと無断で俺の分までサイダーを飲みだして、それでアカネが見えてぶふっと噴き出して誰だその女の子は! と騒ぎ出すのが目に見えている。ホラーとかも大丈夫な奴だったはずなので、急に見えたアカネに対して困惑して追及されるだろう。そこまできてようやくアカネについて説明することができる……ということになるんだろうな。
湯につかるでもなく、ただ湯船の中でかくれんぼしているだけに見えるアカネをじっと見るが、服が濡れたりすることもないし、俺の股間を隠してくれているだけの存在になっている。
「でも、幹也に彼女ねえ。出来たら私も放置されちゃったりするのかしら。そうなったらまた一人ぼっちに逆戻りね」
「いや、家にはいるだろうし、彼女が出来たからって彼女と暮らすわけでもないし。一人ぼっちにはしないつもりだぞ」
「前も言ったかもしれないけど、成長しきった私を彼女にするのはどう? 頭の中で考えてること全部私に伝わるって素敵じゃない? どんなスケベなことでも私にし放題よ? 」
「この国には思想の自由がある。どんな妄想してようと自由なんだが……そもそも触れないしなあ」
アカネの頭に手を伸ばしてなでなでしようとするが、すかっすかっと指が通り抜けていく。
「そういうことはせめて触れるようになってからまた来るか、俺の理想の彼女の形になってからまた出直してくれ」
「連れないわねえ。まあ、理想の女性の人の形になることに関しては一考しておくわ。まだまだ私も成長期はこれからだし? どんな子が好みなのよ、幹也は」
「そうだなあ……」
アカネに言われて一瞬結城さんが頭をよぎった。確かに彼女は明るいし人付き合いもいいし、こんな俺でもちゃんと一人の男として扱ってくれているし、見た目も悪くない。むしろいいほうだと思う。理想の彼女……というわけではないが、こんな子なら良いなあという範囲には入る。
頭を振って考え直し、俺の理想の彼女像をイメージする。髪はストレートじゃなくてもいいのでロングで、胸はそこそこあって、腰は無難なほどにくびれていてお尻は小さめの子が良いな……性格は……性格は思いつかないが、一緒に居て疲れない女の子で適度に一人の時間を作ってくれる子が良いな。
「ふんふん、なるほどね。中々贅沢な野望を抱いているわね」
「しまった、考えてること筒抜けなんだった。よし、もう風呂からあがるぞ。明日はまた程よく専用ダンジョンに潜ってオーク肉集めだ」
「まず、その股間に集まった血を散らす方が先なんじゃないの? 」
「うるせえやい。そもそもアカネが変なこと言い出すからじゃないか」
「すけべ」
「アカネも充分スケベだぞ」
「神様はみんなスケベなのよ、覚えておきなさい。使うかどうかは知らないけど」
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