第45話:ダンジョン内行動について
日曜日、突然隆介が遊びに来た。俺の部屋には何もないことは前回確認済みではあるが、何かしら用事があってのことらしい。
「お邪魔しまーすっと。相変わらず何もない部屋だな」
「そうそう変わるもんでもないだろ。変わる理由もないしな」
「それはそうだな。で、昨日は一日ダンジョンに潜ってたわけか。洗濯物に防具がきちんと干されている」
よくそれだけの観察で見抜くもんだ。まあ、最近使い倒したおかげで汗や汚れが気になっていたので洗った。それを察してそう推理した、というのは主に間違いないので相変わらず勘というか洞察力に優れたやつではある。
「水とコーラがあるが? 」
「お前の家にコーラがあることに驚きだ。それもダンジョン収入だとしたら、儲かっているようで何よりだな。俺の期待も膨れるってものだ」
冷蔵庫からコーラを出して隆介に手渡し、自分の分も取り出す。ちなみに先日手に入れたオークチーフの肉塊の残りが冷凍されているので、うっかり覗かれたりした場合ちょっとした問題になるな。
「ちなみにアイスはないぞ。先に言っておくが」
「お前のうちに来た時点で期待してないから安心しろ。それに人の家の冷蔵庫を勝手に開けて中身を見るのは重大なマナー違反だしな」
その辺、よく御呼ばれしたり女の子の部屋に通っている隆介は察しているらしく、勝手に漁ったりすることもない。そういう点では信頼をおける相手ではある。
「で、今日は何しに来たんだ? まさかコーラを飲みに来ただけ、というわけでもないだろうに」
「うむ、今日はダンジョンの先輩である幹也にダンジョンのことをいろいろと教えてもらいに来た」
「ほう。殊勝な心掛けだが、その割に手土産もなしで来るとは、中々いい度胸をしているとは思わんかね」
「回り回って最終的にはお前のためになるからな。俺とパーティーを組むことになったところで、再度一から教え込むよりは今のうちにある程度頭に入れておいたほうが効率が全然違うだろう? それでも気に入らなかったら、後で受講料として高いアイスを奢るからそれで」
「じゃあそれで納得するものとする」
つい昨日、パーティー戦というものを結城さんと体験してきた俺にとっては二日続けてレクチャーという話になるが、時々やるよりは二日続けてやった方がまだ覚えてる分だけ効率よく教えることができるだろう。
消しゴムと鉛筆、それから置きものなんかを用意して、それからスマホのダンジョン配信を駆使しながら隆介にパーティー戦というのは具体的に一人で回るのとどう違うのかを実際に起きた出来事や配信の中で行われている行為から実演して見せることにする。
「まず隆介は盾を持つだろうから……そうだよね? 」
「おう、一応そういうことにしている。その為の貯金もしている。今回の中間テストの結果が良かったら、と珍しく親におねだりもしてみた。金を稼ぐためなら多少面倒なことも請け負う覚悟だ」
「では……盾を持つ場合、盾を持ってる側の視界が狭くなるからそれに注意することが第一かな。だから、普段歩く時や警戒しているときは盾を目線と平行に持って、自分の視線をふさがないことが大事になってくる」
「そっち側に盾を持っているから大丈夫、とはならないんだな? 」
念入れに質問を重ねてくる隆介。思えば、俺から隆介に物を教える、というのは初めてではないだろうか。なんか新鮮な気分だ。
「盾で防いでても、例えば目を狙ってきているのか、それとも足を狙ってきているのかがわからないからな。それを確認するためにも、盾側は視界が効かない分逆に注意が必要な場所でもある。ゴブリンの中には弓矢で攻撃してくる奴もいるから、その矢がどこに向かって撃たれているのかを判断して盾で弾くためにも、やはり盾側の視界は大事だ」
「なるほどな。それを意識しておいたほうがいいってことか」
「そうだな。まずは基本はそこになるかな。後は……実際に戦って自分の力量を計るしかないが、パーティープレイの時はお互いの立ち位置をよく確認しないと、お互いの武器で傷つけあうことにもなるかもしれないからあらかじめ決めておくとかも大事だな。その点俺と隆介の場合は隆介がやや前に出つつ、モンスターの勢いを殺したところで俺が止めを刺す、みたいな流れになると思われる」
ダンジョン内での動きを頭の中でトレースしながら相手はゴブリン辺りを予想して考えてみる。こん棒で殴られるのを盾で防いで弾き飛ばし、そのまま防御のないゴブリンに攻撃をするような感じかな?
立ち上がって、自分がゴブリンになったつもりで隆介に殴り掛かろうとしてみる。隆介は隆介で、自分がその場合どういう動きをするのか、というのをイメージしてもらう。
「ただいまー……ってお客さんが来てるのね」
玄関のほうからアカネの声がする。そのまま壁を通り抜けてきたアカネは今日も本業の道祖神の仕事をしてきたらしく、いつもよりちょっと顔色が良い。多分しっかり仕事をしてきたのだろう。
「で、こう来るから、隆介としてはそのまま盾で受け止めるか、可能なら弾き飛ばす。金があるなら前に俺が拾ったスキルの【シールドバッシュ】なんかを使って攻撃を加えてしっかり最後まで止めを刺す、という流れにするのが良いと思うんだ」
「なるほどな。ゴブリン以外だとどういう動きになるんだ? 」
「ゴブリンにも種類があってな、盾持ちのシールドゴブリン、弓矢持ちのゴブリンアーチャーなんかがそれになるんだが、矢が飛んでくるから……と説明したのはそいつらとも近いうちに戦うだろうから、という話なんだ。昨日もしっかり戦っては来たが、やはり矢が飛んでくる速さがわかってれば盾を構えて防ぐだけの余裕ができるからな。その分もしっかり考えて、射線を意識する必要があると思うんだよね」
と、ここまで一息に告げたところで、隆介が少し考えるしぐさをする。
「どうした? なんか説明不足があったっか? 」
「昨日も潜っていたのは解ったが、説明慣れしている気がする。最近同じような説明を誰かにしたのか? 」
「ああ……昨日も結城さんと二人で潜って指導もしてたからそれでかもしれないな」
すると、突然隆介が俺の両肩をもってがくんがくん揺さぶり始める。
「お前にいきなりデートをする度胸があるとは思わなかったぞ親友! ついに青春の一歩目を踏み出したな! 」
隆介が大喜びで騒ぎ出す。隣に聞こえるから静かにしてほしいものだ。
「確かに、帰り際に結城さんにデート楽しかったわよ、とは言われたけど……俺そのつもりでダンジョン行ってなかったんだよね。だからあんまり実感がなくて」
「向こうからデートと言わせたんだからデート以外の何物でもないんだよ。女の子がデートだと口にしたらそれはデートなんだ。その認識はしっかり持っておけ。でないと後で大変なことになるからな」
隆介がものすごく真剣な顔で俺に諭してくる。ここで教師と生徒が逆転してしまったらしい。
「それで、どこまで行ったんだ、手ぐらい繋いだか? 」
「えーと……あ、ナンパグループに絡まれてた時に助けたら腕を組んでしばらく行動してたな」
「腕を組んで!! かー、やるねえ。普通どんな状況でも気を許さない相手なら緊急避難でもそんなことはしないぞ。幹也が見どころある奴だと思われてるのは間違いないな」
勢いでコーラを全部飲み干す隆介。オーバーリアクションに若干呆れ気味の俺と、そしてものすごくニコニコしながら俺を見つめているアカネ。この二人、俺をダシにして楽しんでやがるな。
「ふぅ、親友がいきなり階段を何個か飛ばして青春を駆けあがってくれて何よりだ。今年一番の収穫だな」
「まあ、結城さんとはまた連絡を取りつつ潜ることになるだろうから、近いうちにまたやると思うぞ……その、デートを」
「これは俺の誕生日がきてもお邪魔にしかなりそうにないな。二人の世界を壊すことまでは望んでいないし、中々に厳しいところがあるな」
「そこは結城さんにも話すし、隆介と組むのは別の日、と分けることだってできるからな。俺だって正式に彼女というわけではないのだし、仲のいい女の子と親友とを天秤にかけるつもりはないぞ」
「仲の良い女の子ねえ。向こうはそう思ってくれてるのかしら」
アカネが要らんことをボソッとつぶやくが、反応できないので言わせるがままになっている。
「まあ、ともかくどっちも順調そうでよかった。これで高いアイスを奢るだけの理由がまた一つ増えたな。お前の恋愛初心者卒業祝いに一つ何でも奢ってやろうではないか」
「いいのか? そのせいで盾が買えなくなったとか言われても俺は責任もてんぞ? 」
「そのぐらいで持てない盾なら最初から御縁がなかったってことだろうよ。親友の祝いのほうが大事だからな」
本人は半分面白がっているのだろうが、素直に受け取ることにしようかな。早速部屋から出て高いアイスを奢ってもらいに近くのコンビニまで出かけることになった。
コンビニの冷凍品コーナーへ行き、そもそも滅多に立ち寄ることのないコンビニの、それも比較的高めなアイスを目にしてどの味にしようか悩んでいる。やはり基本に乗っ取ってバニラか、それとも季節限定のものか。悩んだあげくクッキー&クリームを選択したが、支払いは宣言通り隆介持ちだった。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るな」
「もう帰るのか、もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
「お前の話を聞いてもうちょっと自分で研究しておきたいんだよ。その為の時間も必要だ。また何かあったら本条大先生に聞きに来るからその時はよろしくな」
そう言って自宅のほうへ自転車を漕いで去っていった。コーラを奢って高いアイスを得た。ついでに余計な話もしてしまったような気がするが……まあいい。せっかくの高いアイスだ、アカネと二人で食べることにしよう。溶ける前に家までたどり着きたい。まだ春先とはいえもうすぐ梅雨だし暑さも徐々に来る。早いうちに帰って、残りの時間は……アカネと雑談でもしつつ予習するか、一度読んだラノベをもう一度読もう。
ダンジョン以外にそれほど趣味がない、というのは金がかからなくていいもんだな。
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