第43話:ほくほくおちんぎん……え?
オーク二匹が出てこない場所を念入りに回る。地図上でオークが二体連れで出てくる場所は大体把握したので、そこに触れないようにひたすらオークを一体ずつ倒し続ける。どっちが効率がいいとは言い難いが、結城さんの訓練としては一体ずつのほうがやりやすいために一体ずつ倒していっている。
現状結城さんは充分頼りになるアタッカーとして、オークの足をスパスパと斬り落としていってくれてるおかげでだんだんペースが早くなってきた。この調子で回っていけば、中々の収入を期待できるかもしれないな。それでなくても今日はレッドキャップのスキルスクロール分の収入があったんだ。
充分収入としては今日はもう美味しい、今すぐ帰るって言いだしても文句が出ないぐらいに良い一日だ。それでも自分の腕を上げるために集中している結城さんに声をかけるのはためらわれた。多分脳汁がドバドバとあふれているというか、そういう感覚に陥っているんだろう。
最初にレベルアップをしてスライムを狩りまくってた時も俺も似たような感覚だったのだろうか、と考えると、少し前の自分にクスりときてしまう。その様子を結城さんに見られていた。
「何、どこかおかしいところがあった? 」
「いや、ちょっと前の俺もそんな感じで集中してたなって思いだしたら自分に対して笑いが少しこみあげてきただけだ。順調そのものだから引き続き頼むよ」
「任されたわ。今の調子で合ってるんだろうし、このままオークを全部倒し尽くすぐらいの勢いでやってしまいましょう」
「それは良いけど、一端ここで水分補給かな。集中しすぎて体力が急に尽きると危ない」
「……それもそうね。いったん休憩にしましょ」
周りを警戒しつつ、さっきオークを倒した地点で小休止する。その場で座り込み、今日買ったビタミン飲料を飲む。流石にぬるくなってしまっているが、喉が渇いていたことを思い出すかのように体にしみこんでいった。
結城さんもその場に座り込んで水分補給と所持していたカリカリ梅を食べ始める。うーん、すっぱいという表情と共に汗をかいた分のミネラルを補給している。カリカリ梅か……安くてミネラル補給には確かに良いかもしれない。俺も次回は持ち込むことにしよう。
結城さんの服装を改めて見る。どこかの作業用具店で購入したであろうツナギに、膝パッドと肘パッドをつけて、頭には学校指定の自転車通学用のヘルメットをかぶっている。そして、ヘルメットから突き出しているオーバーテイル部分が、かろうじて後ろから見ても結城さんであることがわかる。
「ねえ、本条君はなんでダンジョン潜ってるの? 」
休憩中の気晴らしか、結城さんからふと尋ねられる。
「俺、地元の大学落ちたら探索者になる気でいたんだよね。そんなに金がないから私立なんて受けられないし。だからその前準備……とは思ってたんだけど」
「学年3位が大学合格しないってのはないとは思うわ。その急激な成績の上昇はダンジョンに通い始めてからなの? 」
センシティブすれすれな質問が飛んでくる。どう返したものか……ダンジョンでひたすら潜ってたら賢くなった、と答えてしまうと、結城さんが更に気合を入れてダンジョンに通うようになってしまうかもしれない。それはちょっとマズイかもしれないな。
「多分ダンジョンとは関係ないんだと思う。ただ、全身運動してるのは確かだからその分血行が良くなって頭にも血が回るようになっていい成績を取れるようになったのはあるかもね」
「そうなんだ。じゃあ私も成績挽回できるかもしれないのかあ……」
いかん方向に頭が行きそうになっている気がする。もうちょっと気を逸らせる必要はがあるな。
「でも、予習復習はちゃんとやってるし、その分が効果が出始めたのがこの間のテスト、ってことになるかもしれないかな。だからダンジョンが関係してるとは言えないと思う。俺も今回の成績はびっくりしてるぐらいなんだ」
「それはそうでしょうね。勉強もダンジョンも頑張らないといけないってことなのね」
そこからダンジョンを省いて考えていただきたい。しかし、話をこの上の段階に持っていくためには俺専用ダンジョンの出来事を伝えなければならなくなる。それをどうやって誤魔化すか……うーん、悩む。
「まあ、今回はたまたまってことでいいのね。期末の結果を楽しみにしてるわ」
結城さんは立ち上がるとおしりをパッパッと払い、ぐっと伸びをして休憩終わりのポーズ。休憩してる間にモンスターもいくらか湧きなおしただろうから、引き続きオークエリアを回っていく。今の所二人で戦うに当たって最も効率がよく勝手がわかってるのがオークエリアだ。
俺専用ダンジョンでもこの先はまだ作られてないし、この先に何が出てくるのかもまだ調べてない。情報不足が多すぎるので今日明日で結城さんより先に情報を色々と仕入れておかないと先導役としては少々頼りないことになる。
うむ、やはりダンジョンの前情報は大事だな。明日は潜らずダンジョンの予習復習しつつ、勉強のほうを頑張ることにしよう。
オークが一匹の所をひたすらにめぐる。結城さんも腱切りに慣れてきたのか、相手の動きや体の位置からを予測して、こん棒がこう来たらこう、そう来たらそう、とパターン化させることが出来ている。この調子なら今日中に二匹相手のところに戻って一対一をそれぞれ行うことも難しくなさそうだ。良い感じに体が慣れてきた、というところだろう。
「そろそろ二対二の所へ行って本番訓練といってみようか」
「もう大丈夫かも。オークの動きにも慣れてきたわ」
結城さんはやる気目一杯。時間は……まだあるな。より美味しい思いをするためにも、ここは一つ二匹ぐらいが現れる地点目指して進むことにした。
再びオーク二匹と最初に出会った地点まで戻ってきた。ここからちょっと先までは二匹連れのオークが良く出没する場所らしいので、この辺りを拠点として戦っていこう。
あまり複雑ではない道を歩いていると、早速前からオーク二匹が現れた。まだこちらに気づいていない様子で奇襲をかけるにはちょうどいい。
「気づかれてないみたいだし、そうっと近寄って一気に倒そう」
「良いわね。さっきの【忍び足】を売らずに使ってたらより確実に仕留められたかもしれないけど」
そういう点に気を配るようになった辺り、もし次に出たら使うんだろうな、というのがわかってきた。そうそう、そういうのでいいんだよ。
俺は忍び足を使いながらゆっくり、結城さんはできるだけ音をたてないようにしてオークへ近づいて、残り十メートルぐらいの距離まで来た。
「いくよ、3、2、1」
小さな声で結城さんに合図をして、タイミングを合わせる。
「0」
一気に飛び出す。結城さんも俺も、無防備な横っ腹を晒しだしているオークの心臓めがけて一気に剣を突きだす。俺のほうは一発で心臓を射抜いて無事に撃破。結城さんのほうは……こっちも成功か。同時に倒して同時に黒い霧になって消えるオークが……玉を落とした。
「おめでとう、これで……税抜き4500円だ」
「睾丸っていうからもっと汚いものが出てくるかと思ったけど、そういうわけじゃないのね」
「流石にそこは綺麗なもんだと思うよ。別にねっちゃりしてるわけでもないし、手で持っても睾丸って言われない限りは何かの玉だとしか言えない形になってるみたいだ」
「ダンジョンって不思議ね。モンスターも死体が残るわけじゃないし、武器にも血が付いたりするわけでもない。なんかアトラクションで遊んでる気分だわ」
確かにそうだな……アカネにダンジョン作りを教えてくれた人にでも聞けばわかるんだろうか。あんまりいい答えが返ってくる気はしないが、何かこれ以外で気になることがあったら教えてもらうことにしよう。明日はなんだかんだやることが多いな。
オーク二匹相手にしても、奇襲をかけるか目の前の曲がり角でうっかり出会うか、それとも良い感じにお互いが認識し合って戦闘が始まるか。どのパターンについても学習をしていくことにした。毎回奇襲しか狙えないではこっちの戦闘訓練にならないし、そういうゲームをしている訳ではない。
これは純然たる戦いなのだ。おふざけ半分でやっていてはいつか痛い目を見るだろう。その為にはきちんと戦っていく姿勢を崩さずに、気軽な気持ちでは行かずに一匹一匹を確実に倒していくという心掛けが必要だろうな。
やがてそろそろ戻らないと外が暗い時間になる、という頃になり始めた。朝からずっとダンジョンの中にいたため時間の感覚は時計で確認しないといけないのがちょっとネックではあるが、濃密な時間を体験できたのは間違いない。
「結城さん、今日はそろそろ戻ろう。良い時間だし、外に出るころにはお腹もすいてるはずだ」
「もうそんな時間? ……ほんとだ、こんなに熱中してたのね」
「今日の儲けは多そうだから楽しみにしながら帰ろう」
「そうね、それに午前中だけでも大きな収入になったのだから今日は言うことなしね」
二人でオークエリアから静かにレッドキャップエリアを通り抜け、その後は帰り道の口直しとばかりに出会ったゴブリンとスライムを相手にしながらダンジョン入り口まで戻る。
退場手続きをして換金カウンターへ。カウンターはそれなりに混んでいて順番待ちをすることになったが、大人しく待ってる間に俺の腹が鳴りだした。かなりお腹が空いているらしい。家まで持つかな。
十分ほど待って自分の番が来たので結城さんと分け合って持っていた荷物を全部渡して換金カウンターに渡す。五分ほど待って結果が帰ってきた。今日のほぼ午後の分は一人当たり23800円となった。やはり睾丸とオークの肉を拾っていたのが大きかったらしい。
「今日も良く稼いだわね」
「オークで稼ぐとこのぐらいは稼げる、というわかりやすい指標にはなったかな」
「そうね。今日もありがとう。デート、なかなか楽しかったわよ。それじゃあまたね」
結城さんが先に帰っていく。そして取り残された俺。
どうやら、ダンジョン講習はデートのうちに入るらしい。俺は知覚しない内にまた青春レベルがレベルアップして、デートまでこなしてしまったらしい。どうしよう、次回顔が合わせづらいかもしれない。あれがデートか……隆介が前に言っていた「もっと気軽に構えてていいと思うぞ」という言葉が頭の中でリフレインしていた。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。




