第42話:二対二
オーク二体と目が合う。早速オークが走り込んでくる。同時に二体相手にするのは無理なので、一体ずつ処理していくしかない。先にこちらから走り込んでまず片方を……と、横を見ると結城さんも走り込んできていた。どうやら俺が相手にしようとしていないほうに向かっているように見える。一応避け方は教えたから大丈夫だとは思うんだが……と、結城さんのオークが横薙ぎの体勢に入った。これはまずいな。
こっちのオークを攻撃させる前に手を切り飛ばし、素早く心臓に差し込んでオークを消滅させると、結城さんのほうに注目する。結城さんは冷静に横薙ぎの攻撃を後ろへ下がって避け、そのまま逆突進してすれ違いざまにオークの片足に小剣を差し込んだ。
小剣は他の剣と比べてその細さ故に切りつけて傷口を開いたり確実なダメージを与えることには向いてないが、ピンポイントで攻撃をする、という点では他の武器に勝るものを持っている。
「これでどうよっ」
結城さんがつま先で床を突くように前進し、刺突だけでオークの足に向けて小剣の先を押し込む。小剣は浅く足に切り込みを入れ、オークの足の腱は……ちゃんと剣筋は通っていたようで、その後オークの自重を支えるために無理な体勢になったのか、ブチッと音と共に切れた。オークもアキレス腱をやられるとブチッという音が聞こえるらしい。
結城さんは腱が切れた音を確認すると、そのままの姿勢で後ろ飛びに下がって次の攻撃にも防御にも移れるような姿勢になった。距離の出入りが軽やかな分だけ差し込んで抜く、という動作に特化して徹すれば、防御と攻撃を同時に出来る割と便利な姿勢で挑むことができるのも小剣の特徴と言えるだろう。
片方切れれば安全か、と落ち着いて観察する。本当は援護に回ったほうが良いんだろうが、ここまで二十回ほどの経験を積んで結城さんも俺の動きを観察する暇は少しぐらいあったはずだ。後はその経験を活かしてくれていれば、次の一撃を喰らうことなくきちんと倒せるはずである。
「よし、次っ」
片方の足の腱を切った後、そのままもう片方の足の腱を切りに行く結城さん。しかし、オークがこん棒を振り回して近寄るのを遮っている。オーク自身もそれなりにダメージになっていて混乱しているのか、かなり乱雑にやたらめったら振り回している。
結城さんはそのすきを利用して、両方の足の腱を切るよりも直接心臓を狙いに行く方が早いと判断したらしい。そのままこん棒の振り回されるタイミングの隙間を狙って心臓に向けて突きを狙いに行く。
オークの心臓に突き入れてみたものの、やはり相手の武器がまだ振り回すことが出来て生きているのと、オークが動き回るのでうまく心臓に突き入れられない、といった様子だ。
「しぶといわね。正面から戦ったら中々厄介な相手なのはわかったわ」
結城さんは一言ずつ独り言をつぶやきながら、その中でも何とか自分で勝てる道筋を探しにオークへ近寄っては足か腕、心臓のどれかをうまく狙えるように立ち位置や行動を変えていく。
その立ち振る舞いは、だんだんフェンシングの基本立ち姿のようになっていった。二度、三度、四度と攻撃を繰り返している。五度目の突きで、ようやく剣先が柔らかい感触をとらえたらしい。心臓に小剣が突き当たったようで、オークは黒い霧になって消える。
「……これでどう? 結構うまく出来たと思うんだけど」
後ろで観戦していた俺に結城さんから褒めてアピールが出てきた。ここはちゃんとほめて伸ばすのが大事だろう。
「なかなか良かったよ。一対一で完璧ににとはいかないけど、かなりこの一戦で洗練されてきたって感じるよ」
「そこまで褒めてもらえると頑張った甲斐があるわ。ドロップも落ちたしね」
オークが魔石を落としていた。睾丸だったら苦労に見合った収入だったと言えるんだが、そこまで都合よくドロップしてくれるわけではないらしい。
「ちょっと戻ろう。ここから先には二匹以上出てくる可能性が高い。もう一回レッドキャップゾーンギリギリまで戻って、オークをまた探し始めることにしよう」
「そうね、まだ二対二は早いかもしれない」
「もうちょっと一匹相手で慣れていこう。今度は俺がトドメ刺していくから、結城さんが足の腱を切るほうの仕事をやっていこう」
「ちょっと変則的になっちゃったけどそれで。今度こそ短い時間で成功させて見せるから見ててね」
笑顔で言うことではないと思うが、どことなく嬉しそうな結城さんにそれを指摘するのはちょっと難しそうだったので黙っておくことにした。モンスターを笑顔で切り刻む女子高生、というのはちょっとなんか絵面的にもにょるところがある。
道を戻って一から探索を始めようとする。何本かの道に分かれているオークゾーンを、地図と現在地を見比べながら自分の居場所をおおよそ見当をつけると、地図に従って進んでいく。もっと慣れて強くなれていたらオークゾーンを一人で突破することも難しくないんだろうな。
いや、というかさっきの動き方なら俺一人でも一対二は何とかなるか。でも今の所は一人では無理、という風に見せておいたほうがいいかもしれないな。大人しく一匹ずつ倒していって数を稼いでオークの魔石とドロップ品を溜めこんでいこう。
「オークって肉も落としてくれてるけど、他にもドロップがあるのよね? 」
色々と予習してきたらしい結城さん。オークについても調べてきてるとはちょっと意外。まだレッドキャップについてぐらいだと思っていた。
「うん、結構美味しい豚肉ぐらいだった。後、玉も落とすかな」
「玉を落とすの……どんな玉? 」
玉、と言われて宝石みたいなものを想像したんだろう。ちょっと目を輝かせて俺の反応に期待をしている。そして、俺から下す無慈悲な話。
「睾丸。キンタマだ。中々高く買い取ってもらえるぞ」
「キンタ……それ、どんなドロップ品なわけ? その、名前的にというか、部位的にというか、できるだけ触りたくないんだけど」
「精力剤の材料になるらしい。中々出ないそうだから出たらラッキーぐらいの気持ちでいると良いよ。後、もし拾うのが嫌なら俺が持っておくから」
「もし出たらその時はお願いするわ。流石に女の子が玉を……その、持ち歩くのはちょっと抵抗があるのよ」
「気持ちはわかる。でも一万円で買い取りらしいぞ」
「一万円……ちょっと気持ちがぐらついてきたわ。でも、もし出た時はお願いするわね」
どうやらお金より乙女の純真のほうが上回ったらしい。これから戦うオークの分も考えて、ドロップがあるかどうかは目を凝らしてよく観察するとしよう。
オークエリアの入り口まで戻ってきた。戻ってくる間もオークを相手取っていたので、オーク肉のドロップも魔石のドロップもあり、そこそこ美味しい思いは出来そうではある。まだ時間はあるし、この間のパーティープレイよりは実入りが多くなりそうで何よりだ。
「さあ、もう一回さっきのところまで行こうか。今度は違う道を選んで……こっちにしようかな。同じところを回っているとモンスターがリポップしてない場合があるから、その時は無駄な行き道になっちゃう。他の探索者がいる所も避ける。できるだけ高効率で回りたいから……うん、こっちの道なら人がいなさそうだ。オークがちらちら見えているしね」
「流石に慣れてるわね。まだその辺をよく観察するには注意力とか警戒心が足りないのかしら? 」
自分の力量不足を嘆く結城さん。とりあえずわかっている範囲だけでもポイントを教えておくことにする。
「基本的には目と耳かな。目で追えるモンスターが居るならそれを目標にして、倒した後どっちに行くか悩んだときは音を聞いて、戦闘音のできるだけしないほう、そしてモンスターの足音が聞こえるほうに向かうのがいいと思う。どれがモンスターの足音なのかは流石に慣れかな」
「なるほど。レッドキャップみたいな足音を自分から消してくるタイプのモンスターだったらどうするわけ? 」
「その時は……耳が使えないから目をよく使うことかな。レッドキャップも音は消せるけど、風の動きや匂い、それと実際に目で見た以上は隠れられないから、そこを狙っていくのがいいと思う」
雑談をしながらオークに近づく。オークがこちらを見据えたところで戦闘開始だ。
「じゃあ、足の腱切りの練習に入ってもらおうかな。足の腱を切れれば腕の腱も切れるようになるから、もしまだオークが武器を振り回していて怖い、となった場合、腕の腱も落として武器そのものをなくしてしまうこともできるからね。そうなれば後はこっちのやりたい放題にできる」
「まずは足から行ってみるわ。トドメは任せたわよ」
そういうと結城さんがオークに自然な歩調で近づいていき、オークの攻撃範囲ギリギリまで近寄る。オークは攻撃範囲の外側にいる結城さんに対してこん棒を振りかぶって地面にたたきつける。その瞬間結城さんはフェンシングのような恰好で一気にオークに肉薄すると、そのまま走り去って去り際にオークの足の腱を切る。そしてくるりと回ってオークが体勢を崩す前にもう片方も綺麗に切断してしまった。
もしかすると俺より効率的に足の腱を切りに行っているかもしれないな。向き不向きはあるとはいえ、これでオークの動きは封じた。後は俺が止めを刺して……よいしょっと。オークは黒い霧になって消える。一発目でよくやったと言わんばかりに、魔石と肉を両方くれた。
「一発目から中々良い感じに決まってた。毎回それが出来ればもうオークは苦労しなくて済むと思うよ」
「ほんと? やったっ」
結城さんが飛びあがりそうな感じで喜ぶ。平日も通って鍛錬を積んでいる分もあるだろうが、動きは非常に良いものになっている、と俺自身は感じている。後はオーク自身の回数をこなして場数を踏むことが大事だろうな。
この調子だと今年中にレベルアップの恩恵を受けられそうな結城さんを見つつ、そういえばオークを何体倒せばレベルアップの条件に達するんだろう? という疑問が俺の中に生まれた。いくらスライム何万匹分とはいえ、オークの経験値がそこまで少ないはずがないオークばかり何千匹も……とはいかないだろう。
そこそこの数を倒していくことでレベルアップするんじゃないか? という疑念が生まれ始めた。結城さんが今までに何を何匹倒してきたか、を地道にカウントしているようにもみえないので、もしかしたら夏休み中にでもレベルアップするかも……ん、なんかこれ、毎週欠かさず結城さんとペア組む流れになってないか?
そこまで俺と結城さんは仲がいい間柄だったっけ? と疑問符がついてきた。まあ、いいか。
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