第41話:午後の探索
入場が終わり、さあモンスター退治だと……そこまできっちり頭を切り替えられる俺ではない。まだ肘に柔らかい感触が残っている。この感触をしばらく思い浮かべながら悶々とすることになるのかと思うと、いつかアカネに思考を読まれていつかバレることになるんだろう。
それなら、女の子に抱き着かれた! と考えながら帰ってむしろ俺の進歩として堂々と語るほうがいいような気がしてきた。そうしてアカネに一気にレベルアップしたわね、と言われるかスケベと言われるかのどちらかで済む。傷は浅いぞ。
「さすがにもう大丈夫だと思う。腕を離してくれても」
「そうね……で、どう? 女の子の大事な部分の感触は」
「そのまま死んでも悔いはなかった。ミートボールより有り難かった。ゴチになりました」
「正直でよろしい。これで、私もスクロール折半した分の心のわだかまりが解けた気がするわ」
どうやら、俺と一緒に来たからレッドキャップが相手に出来てそれでスクロールが取れたような物なのに折半しても良かったのか、という意識がまだあったらしい。そのお礼にさっきの肘の感触だったとすると……
「あと十枚ぐらいスクロール出せば丸一日あの感触を味わっていられるのか。これは気合が入るな」
「そこまでサービスはしないわよ! もう、これだから男子は……でも、本条君も普通に男の子なのね。そこはちょっと見直したかも」
結城さんに呆れられながらも、緊張感や緊迫感、それからダンジョン特有の重たそうな空気というものは払しょくできたと思う。
「さて、今度こそオークまで行くか。俺一人でも倒せるけど、二人ならより楽に戦えるはずだ。レッドキャップは今日はもう何もくれないつもりでさっさと抜けていこう」
「また落としたりしないかしら? スキルスクロール」
「稀によくあるかもしれないけど期待しないほうがいいと思うね。道中のスライムやゴブリンで食休みの腹ごなしを進めつついこう。レッドキャップはさっきと同じで、出来るだけ警戒して出会わないなら出会わないで済むような方向性で行こうと思う」
「本条君のほうが慣れてるだろうしその助言を信じていきましょう。オークの湧くところはレッドキャップは湧かないのよね? 」
「うん、オークは体も大きめだし、まわりに気を使わなくていい分オークのほうが相手にしやすいと思うんだよね。ただ、体格がでかい分耐久力があるのでそれなりに攻撃を重ねていかないとなかなか倒せないか、倒すコツを覚える必要が出てくるかな。その辺は心得てるから安心して」
先導し、スライムとゴブリンたちの地帯を抜けて一気にレッドキャップの出る所まで真っ直ぐ行く。途中で数回戦闘になったが、流石に結城さんも回数をこなして自分の動きをわかってきているのか、ゴブリンアーチャーに狙われても落ち着いて回避したり弓の弦を切って攻撃不可能にしたり……と色々出来るようになってきた。レベルアップしなくても自分の行動如何でなんとかできるようになる、という知見を得た。
レッドキャップ地帯に来て、そうッと行動するようになった結城さんがレッドキャップの後ろをうまく取り、後ろから一突きで仕留める。こういう動きもできるようになったなら、ソロでレッドキャップを回ることも難しくはないんじゃないかな、とも思い始めた。が、油断はここでは怪我の元。しっかりまわりを見て、この障害物が所々にあるダンジョンの中を慎重に回っていく。
「この辺で三種類にマップが別れてるけど、オーク地帯へ行くのね」
「うん、このダンジョンは進行方向が同じだけど、モンスターの湧く種類がそれぞれ違うルートがあるんだ。オークが湧くソロやペア探索者向けのルートと、パーティー向けのコボルドチーフとゆかいな下僕たちルート、そして蜘蛛のモンスターが襲ってくるケイブストーカールートがある。僕らはペアだから安全なオークのほうへ行く、という感じだ」
「人数が増えればそっちの方がお得なルートなのは間違いなさそうね。今の所は奥へ行くつもりもないし、オークルートで行けばいいのかしら? 」
「オークを倒すのが目的だからね。オークは色々ドロップがあるらしくて、魔石以外にも収入のあてがあるのも魅力らしい」
レッドキャップゾーンを抜けてオークゾーンに入った。流石に自分達しかいない、というわけではなく、戦闘音がどこからともなく響いてくる。しかし、人が多すぎてオークと戦えない、というほどではないらしい。
「たしかになんか張り詰めた空気みたいなのが晴れた気がするわ。それもレッドキャップの能力だったりするのかしら? 」
「そこまではわからないかな。ただ、気分的に楽に戦えるのは悪いことじゃない……と、早速オークのお出ましだぞ」
オークがのんびり大きなこん棒を引きずりながら歩いてくるのが見えた。他の探索者の姿は見えないので、自分達の獲物にしてもいいという状況だろう。
「まずは倒し方の簡単な方法を見せるから見てて」
結城さんでも目に追える速度を考慮しつつ、出来るだけ素早く近づいてオークにこっちを認識させる。こっちに気づいたオークはゴブリンのそれより二倍ほど大きなこん棒を振り上げて襲ってくるが、体も物も大きい分だけスキが多く回避しやすい。もしかしたら下手なゴブリンよりも戦いやすいだろうし、緊張しなくていい分レッドキャップより戦いやすいかもな。
こん棒をひらりと回避するとオークの足の腱めがけて剣を振り抜き、片足の腱を切る。それで動けなくなったオークが膝をついて前のめりになる。その間に後ろに回ってもう片方の足の腱も切ると、オークがこん棒を持ってないほうに移動して心臓に当たる部分を的確に貫こうと試みる。
一発目は失敗して黒い霧が飛び散るだけだったが、二発目で心臓に達したのか、オークは黒い霧になって消滅した。ドロップは一発目から魔石が出たのでありがたくバッグに仕舞う。
「ざっとこんな感じ。足の腱を切って動けなくなったところで、オークが倒れている間に心臓を狙えば勝てる、というやり方なんだけど……できるかな? 」
「やってみるから部分的に覚えていくことにするわ。二対一だったら本条君はオークの足を狙うほうをお願い。その後でオークの心臓を貫く方から覚えていこうと思うんだけど、どうかしら」
「良いと思うよ。二匹出てきた時は一匹確実に片方の足の腱を切るようにするから、その間に切ったほうのオークの対処をお願いすることになるけど、それは良いかな? 」
「その二匹出てくるのが出来るだけ後のほうになってくれることを願っておくわ」
ヘルメットに入り切っていないオーバーテールを軽く揺らして結城さんが任せなさい、とばかりに胸に手を置く。柔らかかったなああれ。
オークを相手にお金稼ぎ兼結城さんの実践訓練が始まった。奥のほうへ行かなければオークは基本的に一匹で活動しているようなので、一匹ずつつり出すような恰好で順番に倒していく。しかし、ここで結城さんの火力不足が明るみに出てきた。結城さんの小剣では中々心臓に最後の一突きが決まらないのだ。
「うーむ、ちょっとこれは想定外だったが、心臓に届いてない訳じゃないから複数回やってもらって、オークの心臓の位置を正確に把握してもらうまで訓練かな」
結城さんはちょっと悔しそうにしているが、目を見ると諦めたような目ではなく、これからやってやる、と感じ取れるようなやる気のある目をしていた。
「なんだか申し訳ないわね、一発で決まらなくてテンポが悪くなるのは」
「まあ、初回だしそんなに儲けて帰るつもりはないから良いんだけど。慣れることが一番の経験だから頑張ってみて」
「ええ、次こそは一発で決めてみせるわ」
しっかり小剣を構えてやる気を見せる結城さん。うまくいかないと投げだすよりは数十倍いいことだ。もし嫌になったら逆に小剣で足の腱を切ってもらう作業に入ってもらおうとも思っていたが、一発で決められるようになるまでは頑張るらしい。
オークを二十匹ほど相手にして、ようやくコツをつかんだのか、結城さんが一発で倒せるようになった。どうやらオークの心臓は体格に比べてそれほど大きくないようで、それで難航していたらしい。
確かに結城さんの小剣は幅も切り傷も小さい。剣を名乗るだけあって刃もちゃんとついているが、俺の剣ほどではないし、結城さんの小剣でオークのこん棒をまともに受けたら折れてしまうんじゃないか? と心配になるほどだ。せめてもう少し芯の強い剣か、そのあたりをお勧めしたいところだが結城さんの体格を考えると現状はそれも難しい。
結城さんはそれほど体格に恵まれているわけではないし、まだレベルアップも経験していないのだからそこを変更するのは現状不可能だし、武器を買い替えるとなるとお金もかかる。色々使いたい年頃である俺や結城さんにとってはなかなか難しい話だろう。もうちょっと戦ってもらって、完全に慣れたら次はオークの足の腱切りをやってもらおうかな。
そこからさらに一時間ほど戦い、オークの心臓の位置を完全につかみ取った結城さんを見て、そろそろ攻守……というか先に当たるのがどちらかを変わってもらうことにした。
「避ける時のコツみたいなのはある? 」
「オークは大ぶりの攻撃ばかりだから避けるのはあまり難しくないけど、横薙ぎの攻撃をさせないように立ち位置を考えることかな。縦に振り回してくるだけなら回避も簡単だし隙だらけになるけど、横薙ぎの攻撃をされると近寄れないしオークも次の攻撃をしてくるからそこが注意点かな。できるだけオークに対して真っ直ぐ近寄っていって、攻撃のモーションに入ったら視界から逃げるぐらいの気持ちでやればいいと思うよ。で、すれ違いざまかオークが完全に攻撃を外した時に足を狙う」
「縦の攻撃をさせるのね……やってみるわ。あ、その前に、もう一回だけしっかり凝視するチャンスを頂戴。それを見て動き方を真似してみる」
「わかった」
次の一回が最後の一回……と思っていたら、どうやら結構深くまで来てしまっていたらしく、オークの足音が二つ聞こえる所まで来ていた。どうやら、すぐこの先で二匹との戦いになるらしい。これはちょっとまずいかもな。事前に動きは決めてあるとはいえ、結城さんをカバーし切れるかどうか……まあ、最悪自分でかけた枷を外して最速でやってみればいいか。
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