第40話:臨時収入は大切に
無事入り口まで戻ってきて退場手続きを取る。そのまま二人の持っていたドロップ品を一まとめにし、換金カウンターへ渡す。
午前がまだ完全に終了していないが、とりあえずの魔石収入は5800円になった。
「すいません、あとスキルスクロールの換金を行いたいのですが」
何事も経験だ、と結城さんに換金手続きをお願いしておく。最近換金した俺がまたスキルスクロールを持ち込みに来た、となれば怪しまれる可能性があるからだ。
「はい、では探索者証とスキルスクロールを提示してください」
前回と同じやりとりがされている。両方を提示すると、換金係は少々お待ちくださいと言って、スクロールの鑑定に行った。
「裏で別のスクロールと入れ替えてたりはしないわよね? 」
換金係が居ないスキに恐ろしいことを言いだす。
「そんなことしてたら一発でバレて大問題になると思うよ。そこは信頼しないと」
「それもそうね……それに、探索者してたらもっと高い金額の物を扱うようになるかもしれないから、そこはちゃんと慣れておかないとダメよね」
ちょっとずつまともに戻りつつある結城さんを差し置いて、俺は三枚目はいつ出るんだろうな、という心の平静を保っていた。多分、俺専用ダンジョンで三時間ぐらい粘ってたら出るから、それをストックしておいて使うべき時が来たら使うようにすればいいだろう、ぐらいの気持ちでいる。
「お待たせいたしました。こちら【忍び足】のスキルスクロールになります。換金価格は200000円の、ギルド取引手数料と仲介手数料をそれぞれ10%ずつ頂きまして160000円になりますがよろしいですか? 」
「仲介手数料……ってことは、売られたかどうかはこっちが確認しなくてもいいってこと? 」
「まあ、そのあたりの事務取引の手数料、と受け取っていただければ幸いでございます。よろしいですか? 」
「20%も取られちゃうけど良いの? 売っちゃって」
結城さんがこっちに尋ねてくる。
「そうだな。結城さんが覚えたいから俺に80000円借金するような形でもいい、というならそれでもいいけど」
「じゃあ売るわ。私だけ持っててもしょうがないみたいだしね。それより手元の軍資金を増やすことのほうが大事ね」
「お二方とも了解されたということで……こちらが取引金額の残り、160000円になります。二等分されるということですので、80000円ずつまとめさせていただきました。ご確認ください」
結城さんが受け取って1、2、3……と数え始める。俺のほうもぺっぺっぺとめくって80000円あることを確認すると、財布に無造作に突っ込む。朝の分と合わせると財布が曲がらなくなりそうだな。
「本条君、ちょっと相談があるんだけど」
相談……金貸してとかそういうのだろうか。装備のレベルアップをするために一時的に金を貸す……まあ、今日の収入はそこそこあったし午後の作業もあるからそこで稼げば問題ないんだろうけど。
「相談って? 」
「その……あまり大きいお金を持ち歩きたくなくって。コンビニで預けてきていいかしら? 」
ああ、そっちの相談か……手数料かかるけど、俺も預けておいたほうがいいのかな? 俺もそう思ってたからって言った方がいいのかな。
「俺もそう思ってたところだ。預けに行こう。色々身軽な方がいいし、財布の中身を気にしなくていい分探索に集中できるからな」
「そう言ってくれると嬉しいわ。コンビニは手数料かかるけど、手数料分以上に稼げるなら問題ないわよね」
「そういう考え方もある……かな」
とりあえず俺としても、二桁万円の収入が財布に入っている訳で、流石の現金主義の俺でももちょっと持ち歩くには勇気がいる。ここは結城さんを口実に入金してしまうべきだろうな。
近くのコンビニへ行き入金。手元にはある程度金額を残して……120000円ほど一気に入金する。
ついでに炭酸ではないビタミン飲料を買い、会計を済ませるとダンジョンへ戻ってくる。
「さて、どうしようかしら。早めのお昼にするか、それともきっちり時間まで待ってからお昼にするか。正直なところを言うと取引で少し精神的に疲れた分お腹空いちゃったのよね」
「だったら、先に食べよう。ダンジョンの真ん中で食事をするよりは、休憩室を貸してもらって落ち着いたところでご飯食べるほうがまだ楽なはずだ」
ダンジョンの休憩室でそれぞれ自分の食事を開いて食べ始める。
「さて、いただきます……と、あなたは今日もパスタなの? 」
「今日の臨時収入がわかってたらコンビニ弁当ぐらいにはグレードアップできたかもしれないけどね。まあ、食べ慣れたものを食べるほうが色んな調子が崩れなくて済む」
「そういうものなのかしら。あ、今日一緒に潜ってなかったらレッドキャップのところまで行かなかっただろうし、それならあのドロップもなかっただろうから……これはお礼ということで」
ミートボールを一つもらった。四つしかない貴重なミートボールの一つをもらったことで、午後からも頑張らなければならないな、という気分にさせてくれる。
有り難くいただくと、この砂糖を贅沢に使った甘いたれに包まれたミートボールを咀嚼し、ありがたみを感じる。今回も手料理ではないんだろうが、わざわざ一つくれるありがたさに感謝の祈りを捧げておこう。良いことをすればいいことが返ってくるもんだな。
「ミートボール一つで大げさね。これだと、もし弁当作って持ってきたら足でもなめてくれるのかしら? 」
「……さすがにそこまでは。でも手の甲にキスするぐらいならやってしまいそうな気がする」
「そう……それも面白そうだけど、この関係が崩れそうだからやめておくわ。でもその代わり、またパスタ弁当を作っていたら何品か分けてあげなくもないわ」
「じゃあ俺毎日頑張ってパスタ食べるよ」
「そっちの努力はしなくていいのよ。ちゃんとお金入ったんだからそれなりのものを食べなさい、それなりのものを」
やはり、俺の食事が心配らしい。そこまで心配されなくても、夕食はちゃんとしたものを取っているし、家にはオークチーフが落としたオーク肉の塊がある。こいつをちまちまと食べていけば栄養不足にはなりにくいはずだ。むしろ積極的に肉を使うようになった分、去年までよりも健康的な可能性すらある。
パスタをよく咀嚼し、味わって弁当箱の底に残ったトマトソースをきっちり舐める……わけにはいかないので最後の一滴まで残らず平らげるまでにパスタをせわしなく動かし、ソースをきっちり絡めとる。食事が終わって水分を……さて、塩砂糖水とビタミン飲料どっちを先に飲むべきか。ここは塩砂糖水で我慢しておいて、喉が渇いたときにビタミン飲料を飲むとするか。
塩砂糖水……と言っても生理食塩水や熱中症対策ドリンク、スポーツドリンクのような立ち位置の自作の奴だ。塩と砂糖以外本当に何も入っていないが、ミネラル不足で動けなくなったり体の動きが悪くなってきたり、ダンジョン内で脱水症状を起こしそうになった時用にと持ってきたが、臨時収入のおかげでその心配もなくなった。安心して少しずつ飲む。
「ねえ、それ水道水に見えるんだけど」
「ちゃんと塩分とカロリーが取れるようにはしてある自作のスポドリだ。できるだけ金を使わないように……とは思ってたが、臨時収入のおかげで不要になったので今処理してる」
「そう……まあいいわ。ちゃんと塩パスタと水じゃなくてソース付きだったみたいだし、お腹が空いて動けないとか喉が渇いてピンチとかそういう可能性はないと考えていいわけね」
「その時はちゃんと言うし、トイレは今から済ませるからここからは夕方までみっちりダンジョン探索できるようにしておくよ。腹のほうは満たされたし、おまけももらえたしな」
そういうと一気に飲み干すではないが、半分ほどを胃袋に納める。やはりパスタとパスタソースだけでは喉が渇く。体を動かした後でもあるのでなおさらだ。そして催してきたのでトイレに行く。
帰ってくると、結城さんの周りに人だかり。なんだろう、知り合いでも見つけたのかな。
「だから、私はペア組んでる人が居るからいいってば! 」
「そんなこと言わずに俺らと組もうぜ。ペアよりパーティーのほうが絶対もうかるし、奥のほうへも行けるし楽しめるって」
どうやら、休憩室で堂々とナンパしている探索者パーティーが居るらしい。それに結城さんが絡まれている、と。ちょっと様子見……なんてことをしてたら後で怒られるだろうから、さっさと合流して腹ごなしのスライム退治にでも行くか。
「お待たせ、行こうか」
「あ、お帰り。……というわけなの。だから一緒にはいけないから」
俺の腕を取って自分のほうに引き寄せる結城さん。結城さんの胸が、腕に、腕に……やばい、俺のほうがパニックになりそうだ。このテンションで人前に出るのはちょっと困るっていうかなんていうかその、やばい、緊張を通り越して頭が逆に冷静になり始めた。
レベルアップによって向上した俺の感覚が更に引き延ばされ、ずっと腕を組んでいるような感覚にすら陥る。これはかなりまずいですよ結城さん。俺が爆発しそうです。
「チッ、彼氏持ち……しかもなかなかいい男じゃねえか。これじゃあ出番なさそうだな。お前ら行くぞ」
「もっとしょうもない相手だと思ってたのに拍子抜けを通り越して羨ましくもあるな」
「じゃあねえ、今度はソロでやってる時に遊ぼうねー」
チャラ男風の三人組は俺を褒めつつ? 他の相手を見繕いに行ったらしい。ダンジョンでナンパしてつり橋効果で彼女ゲットとか考えていたんだろうか。
ふと気づくと、結城さんから震えが感じられる。まあ、そこそこいい体格の男三人に囲まれて怖かったんだろう。後、そろそろ腕を離してくれないと俺も色々動きづらくなってくるのでいい加減離してもらえないものか。
「結城さん? もう行ったよ? 」
若干裏返った俺の声にハッと気づき、その後腕を離そうとして、そのまま掴んでいく結城さん。
「ちょっと怖かったわ。男の人に囲まれるのはそう少なくないけど、ここの人は武器持ってるし、適当なこと言ってあやふやにしても後で中で合流されたら困るし、どうしようか悩んでたのよ。……で、これは助けてくれたお礼ってことで。もうちょっと感触を楽しんでいていいわよ? 」
にんまりと笑いながらこちらを見る結城さん。そういう表情もできるんだな。ツンツンしてるだけじゃなく、今日はいろんな結城さんを見れた。とりあえず入場まで腕を組みながら歩き進める。股間が……股間が歩きにくい。
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