第29話:専用ダンジョンとオークと
「ただいまーっと」
「あら、おかえりなさい」
アカネは今日もダンジョンで作業をしていたらしく、奥のダンジョンの隠されているクローゼットをすり抜けて出てきた。
「何か仕様変更とかあった? ダンジョンいじってたみたいだけど」
「そうね。オークの次のモンスターが出て来る手前までは来たわ。後、ダンジョンの複雑さとかは多分求めてないでしょうからできるだけ簡素なマップにしてるけどそれはいいのよね? 」
「地図作りが面倒じゃなくなるから助かるかな。マップがごちゃごちゃしてるのは普通のダンジョンだけで良いしね」
「そういうと信じてたわ。で、すぐ潜るの? それとも先にご飯? 」
「今日はご飯。夕食はミートソースパスタと決めてたからな」
早速パスタを茹でてサッと炒めると、そこにミートソースの袋を開けて一緒に焼く。焼けたミートソースの匂いが香りたち、胃袋にググっとくる。早く食べたいな。
「よくパスタばかり飽きないわね」
「パスタに飽きたら食費が増えるからな。一応米もあるけど米に合う食事のとき以外は基本的に使わないかな。それにお米、最近高いし」
食欲と食費を天秤にかけると食費のほうがわずかに傾く現状、まだ生活費を切り詰めなくてもいい、というところまでは来ていない。
もっと強いモンスター相手にドロップとか魔石を拾えるようになったら、細かい魔石やゴブリンぐらいの魔石をまとめて納品して換金して金を得る、という風にはしていきたいと考えてはいるものの、いまのところはまだオークぐらいしか倒した経験がない俺にとってはまだ先の話か。
ミートソースが少し焦げたしたところで火を止め、皿に盛る。いつものいただきますのお供えも忘れずにしておく。青白く皿のパスタが光り、その光がアカネに吸収されていく。さあ、食べよう。
一応付け合わせのミネラル分として昨日買ってきたキャベツを添えておいたが、ないよりマシ程度だろう。その内必要なビタミンやなんやかはドリンクや野菜ジュースで補っておけばいいさ。何より育ちざかりにはカロリーとたんぱく質が必要だ。たまにはお肉食べ放題にでも行きたいところだが……まあ、しばらくはなしだな。
綺麗に食べ終えて片づけを済ませたところで装備をそろえてダンジョンへ行く。
「あら、今から行くのね」
「腹も満たして気力も充分。後足りないのは生活費だからな。生活費を稼ぎに今日もアカネダンジョンに入るぞ」
「あなたのダンジョンだから幹也ダンジョンなんじゃないの? 」
「作ってくれてるのがアカネだからな。まあ、どっちでもいいんだけど」
「今日は着いていくわよ。索敵機能があったほうが便利でしょう? 」
「助かるよ」
ダンジョンに入り、まず目の前にいたスライムを擦分違わぬ攻撃で一発で核を割り、消滅させる。魔石を拾うと、今日も調子は悪くないことを確認して奥へ。
ゴブリンゾーンを抜けて、シールドゴブリンやゴブリンアーチャーのいる地帯まで来た。ここでスクロールが出てもう一枚シールドバッシュが出たら美味しいところだ。
早速ゴブリンアーチャーが物陰から攻撃をしようと企んでいるが、アカネが耳打ちでモンスターの方向と場所を教えてくれているため、俺に奇襲は通用しない。ゴブリンアーチャーから放たれた、俺から見たら充分ゆっくりな矢を引っ掴むと、そのまま投げ返してゴブリンアーチャーに刺す。油断していたゴブリンアーチャーが被弾したところを見ると、すぐさま駆け寄って袈裟切りにする。魔石は落ちたがスクロールは出なかった。
「まあ、ドロップ率が上がっているからって一匹二匹でそうそう出るようなもんでもないからな、次を探すか」「その調子で行けば今日中に一枚ぐらいは出るんじゃない? 頑張って。次は十時方向五十メートル先にシールドゴブリンが居るわ」
さすがは道祖神、といった導きによって次々にゴブリンたちを見つけては倒していく。やがて三層手前まで来て、お待ちかねのレッドキャップ地帯だ。レッドキャップは自分から姿をさらすことはなく、その広い索敵範囲で探索者を発見しては、物陰から奇襲するのに長けている。
しかし、アカネのおかげで丸裸状態のレッドキャップに、【スニーキング】の能力を使って逆に接近して奇襲、そして倒すという手順でレッドキャップゾーンを潜り抜けた。なお、やはり今回もスクロールは出なかった。帰りに出ればいいけどなあ。
三層に入ってオークが発見できた。レッドキャップと違ってそんなに索敵範囲が広くなく、どっちかというとボーっとしているので奇襲して倒すのは難しくなく、人によってはレッドキャップのほうが戦いにくいらしい。これも授業中に調べた。
予習を完ぺきにしてある俺は大谷さんの助言を思い出し、足の腱を切って動けなくしてから心臓に向かって剣を突き刺す動きでオークとの一対一なら問題なく倒せるはずだ。
【スニーキング】のおかげで近くまで一気に近寄ったところで、ようやくオークが俺に気づく。しかし、もう遅い。足の腱を両方とも切って動けなくなったオークがその場に転ぶ。転んでいる間に心臓のありそうな位置に剣を突き刺し、そのままズブッとした手ごたえと共に、オークがびくりと震える。
どうやらうまく心臓の位置に刺さったらしく、そのままオークは黒い霧になって消えていった。残ったのはオークの魔石と、何らかの玉。何の玉だろう? これも今度オーク狩りに駅前ダンジョンに行った時に換金で聞いてみることにするか。
「あら、アイテムドロップなんて運のいいことね」
「ということは出にくいドロップなわけか。前の時は肉が落ちたが、肉よりもレアリティが高いと思っていいのかな? 」
「そうね。詳しくはそっちで聞いてもらった方がいいと思うわ。それまでに大事に取っておくといいわよ」
ちょっと背中のバッグの魔石入れとは違う小さいポケットに入れておこう。うっかり魔石で潰してしまっても勿体ない物らしいからな。
そのままオークを一対一で数匹倒し、魔石をきっちり確保し、ついでに肉も手に入れる。前の肉は売却してしまったが、新しく手に入れたこの肉は……食べてみても面白いかもしれないな。考えておこう。
しばらくそのままオークとの戦闘を楽しみ、肉は四つ、謎の玉は二つになった。レベルも上がったらしく、更に自分の力が強くなったことを感じる。
「またレベルが上がってしまったな」
「まあ、これだけ戦闘すれば上がるわよね。体と心と頭のすり合わせが大変そうだけど頑張ってね」
「ひとごとだなあ。自分のダンジョンなのに」
「だって私はレベルが上がらないもの。ひとごとで結構よ」
アカネがその場でくるんとまわり、次のオークを探し始める。
「一番奥まで来ちゃったわね。今の所できてるダンジョンはここまでよ」
「ということはモンスターがどこにいるかさえわかれば俺でも問題なく駅前ダンジョンでも潜れる、ということになるのかな」
「多分余裕で行けると思うわよ。一対二とかになった場合を考えたら別でしょうけど……と、後はリポップ待ちね。オークはもうこの辺りには居ないわ」
周囲にモンスターが居ないことをアカネが伝えてくる。戻ったらレッドキャップは湧きなおしているだろうか。ちょっと戻ってみよう。
三層から二層の終わりにかけて移動し、アカネの索敵が働くかどうかアカネの行動を見ながら自分もモンスターの息遣いみたいなものを頼りに探していく。
しばらくするとアカネがピクッと反応したので、レッドキャップが湧きなおしているんだろうことを悟る。よし、帰りこそなにか得て帰るぞ。
こっちに気づいていないレッドキャップの後ろを取り【スニーキング】で近づいていく。レッドキャップも自分が後ろを取られるとは思ってないだろう。そのまま音を立てるかレッドキャップがこっちに気づくかのタイミングで剣を振り抜き、レッドキャップの頭を切り飛ばす。レッドキャップのステルスキル、成功だぜ。
魔石を拾うと、スキルスクロールはなかったがレッドキャップに対して気づかれないように行動することは可能、ということがわかっただけでも充分だ。
そのまま数匹のレッドキャップと、ステルスキルと普通に戦闘して勝つのを両方やりつつ十五匹ぐらい倒したが、残念ながらスキルスクロールのドロップはなかった。
まだシールドゴブリンとゴブリンアーチャーが居るからな。チャンスはまだある。みなぎる力と反射速度と走力を活かして、走りながらシールドゴブリンを走りながら盾ごと真っ二つに切る。これは包丁槍ではできなかった戦い方だ。シールドゴブリンは魔石しかくれなかったが、それでも自分の腕前と技量を計るには充分な相手。次々倒してもう一度スキルスクロールにお出まし願おうかな。
そのまま二層に居座り、モンスターが居なくなるまで戦いを続けたが、今回はスキルスクロールのお出ましには至らなかった。そろそろ二時間になるし、一度帰るか。
「あら、今日は帰るのね」
「もう二時間ぐらい潜ってるからな。バッグの魔石も大分溜まってるし、オークからはしっかりとしたドロップも頂いた。今日のところはそれで納得しておくとしよう」
「まあ、アイテムも落とす相手はちゃんと落とすってことが理解されたようで何よりだわ」
アカネは素直に俺についてきて、出入口まで一緒にいてくれた。その間にゴブリンとスライムも相手にしたがドロップはなし。スライムとゴブリンはよほどレアなのか、それとも何も落とさないのかは解らないが、このダンジョンでも引き続き倒していって、レアなアイテムが出るかどうかを探していこう。ネットの情報も集めたほうが良さそうだな。
こうして、今日のダンジョン体験は終わりを告げた。大量の魔石と肉、謎の玉を残して。肉はどうしようかな、食べてみようかな。オークを見た後だとアレだが、一日たてばただの豚肉として考えられるかもしれない。ちょっと一晩冷蔵庫においてみよう。明日の朝普通に朝食や弁当に使って美味しさに納得してしまったら、もう俺はこの肉を永遠に換金に出せないかもしれないな。
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