第28話:有史以来初めて
いつも通りの授業、いつもの風景。そして授業の予習をしすぎたせいで退屈な時間が過ぎる。今まではただ苦痛な授業の時間だったが、成績が上がりはじめ予習復習をしている俺としては、この後続く流れは……と教師が発言するう内容まで予想がつくとなると、ちょっとだけやる気も出ようというもの。
ラノベの主人公にありがちな窓際の後ろから二番目に座っているわけでもない俺は、中列の中間あたりという、一番教師に当てられがちな場所である。以前は「わかりません」とか「聞いていませんでした」で済ませていた俺だが、教師が次何言うかゲームに興じていた俺にはとても簡単に思えた。
「で、この人物だが……本条、わかるか? 」
「ヘンリー八世ですよね」
「そうだ、よく予習してるな」
席も立たずに答えて、そのまま授業に集中するふりをしておく。そのまま淡々と授業は進み、昼休みが来た。
いつも通り屋上で弁当を広げだすと、誘われるように隆介もやってきた。俺は誘蛾灯か何かか。
「お、これはこれはまた彩りのいいお弁当で。もしかして、有史以来初めての彼女弁当って奴か? 」
「自分自身を彼女だと思っている俺がそう言いだすなら確かに有史以来の出来事だろうな」
「自作か? 」
「そうだよ。お前も一口食べるか? 昨日の夕食の残りだが、なかなかよく出来てたんだ。一晩寝かせて味のしみこんだ中々美味しい一品になってると思うぞ。
「どれどれ……お前、家で働かないか。俺のおかんの肉じゃがより美味いかもしれねえ」
「給料が出てもお断りしておく。久々の収入のおかげの肉じゃがなんだ。美味しいのは当たり前というところだな」
もう一口……と言い出したので豚肉の良さそうな所をそっとパンを食べ終わった袋の上に乗せてやると、喜んで食べ始めた。
「うん、やっぱり美味いな。多分俺の歴代彼女の中の弁当でもかなり上位にランクインするぞ」
「一体何人そのランキングに配置されてるのかは解らないが、素直に評価されたことだけは覚えておく」
モリモリと二つ目の焼きそばパンを食べ始める隆介を横目に、ご飯だけは暖かい弁当を食べる俺。
「そういえば、久々の収入と言っていたが、ダンジョンのほうは順調なのか」
「新しい武器も買ったしな。そのおかげでかつかつだったが、スキルスクロールが出たからそれを売って金にした」
淡々と説明する俺と、驚愕している隆介。
「お前、スキルスクロールって滅多に出るもんじゃないんだぞ。それをさらっと売却するなんて」
「【シールドバッシュ】ってスキルだったからな。盾持つ予定もないし、いつか使うかもしれない盾用のスキルと、今食べてる肉じゃがならお前どっちを選ぶよ? 」
「それは……肉じゃがかもしれないな。まあ、順調そうで何よりだ。俺がダンジョンに入るころには随分置いていかれそうだな」
「そうそう簡単に技術とか経験というものは溜まっていくもんじゃないだろ。じわじわと、毎日コツコツとやってようやく日の目を見るもんじゃないのか? 」
自分の経験値効率は棚上げしておいてこの言い草はないかもしれないが、実際にはそういうものなのだから仕方がないだろう、と隆介に言い聞かせていると、ふと視線が気になったのでそちらを見下ろすと、また自販機で買い物をしている結城さんと目が合った。
だが、その後何かあるわけでもなく結城さんは買い物を済ませるとさっさと校舎内に入っていった。本当は何か用事があったりしないのだろうか。
「誰かいたのか? 」
「結城さんがいただけだ。すぐに戻っていったがこっちを見てた気がしたんでな」
「彼女も探索者だったよな? やっぱりダンジョンで出会ったりするのか? 」
「いや、前回助けた以来会ってないな。まあ、探索する場所が同じならまた出会うこともあるだろうし、その時はどうするかなって思ってはいるけど」
「やっぱり気になってるんじゃないか。そのまま押していけ。徐々に距離を詰めていけばいい関係に成れると思うぞ」
隆介が妙にくっつけたがるのが気になるが……でも確かに、ダンジョン内では二人一緒に行動してるほうが索敵にしろ戦闘にしろ安全なのは確かだ。それが三人になればさらに安心になるだろう。
デメリットは人数が多い分だけ山分けするとそれほど手元に残らないことぐらいか。毎回スキルスクロールが落ちるわけでもないし、そもそも魔石だって何割かのドロップ率……これもその内ちゃんと統計が取れているネットサイトで確認しなきゃいけないな、それを基に誤魔化しで一体どれだけのモンスターを倒して回っていることになっているのか、というのを確認する必要がある。
それに、レッドキャップやオークの魔石も物が出るということはそれを確実に倒せるだけの実力があるということにもなり、ソロで巡っていることにも何かしら問題視されることがあるかもしれない。それを隠すためにパーティーで行動するということは真っ当な話であると言えよう。
「ふむ、パーティーか……確かに、隆介だけを頼んで二人で組むよりは、三人で組むほうがより効率的ではあるか」
「なんだ、結城をパーティーに誘うつもりなのか? 彼女はそういうキャラじゃないと思うが」
「一応案としては考えておいても良いな、という程度かな。嫌がるのを無理矢理パーティーに誘い込むのも違うだろうし、ただもしも、という場合を考えただけだ」
「なるほどな。だとすると、一人ぐらい盾を持っていてもおかしくはないな。お前の肉じゃがに変わったスキルスクロール、もったいなかったんじゃないか? 」
「俺は盾を持つつもりはないが、隆介はその可能性もありってことか」
隆介も俺と同じく自由に戦う派だと思っていたが、そういうわけではないようだ。
「女の子をちゃんと守るなら盾を持つのも不思議じゃないだろ? 」
「ああ、例の彼女か。今の相場は50000円らしいぞ、【シールドバッシュ】は」
「ちょっと辛い出費ではあるな。新型ゲーム機が買える値段だ」
「もしかして、またうっかりスキルスクロールが出た場合は隆介のためにとっておかんでもないぞ。もしもの話だけどな」
「その場合は友情の都合で分割払いで頼むよ」
「まあ、そうそう出るものでもないから期待一割ってところだな。俺自身出るとは思わないしな」
実際のところスキルスクロールのドロップ率ってどんなぐらいなんだろう。次の授業が暇だったらちょっくら調べてみるか。
◇◆◇◆◇◆◇
そしてやっぱり暇な授業中。当てられるような授業でも教師でもないので、のんびり話を聞きつつ、スマホで調べものを始める。海外サイトの翻訳から、モンスターがスキルスクロールを落とす確率についてのお勉強だ。授業中に勉強をしているので問題はないということになる。
それによると、モンスターによってもドロップ率は違うらしいが、平均して四千分の一ぐらいの確率で落とすらしい。二枚拾って片方使って片方売って、それでも200匹ぐらいは倒してるから……ドロップ率を計算すると他のダンジョンに比べておよそ十倍ぐらいになっているとみていいだろう。
ドロップ率はおおよそ十倍で魔石確定、経験値効率何百倍以上。俺専用ダンジョンは美味しいダンジョンであることには違いない。ただ、他の人に見えなくて利用できないことだけが問題なので、ソロダンジョンであることが問題と言えば問題か。あまり深く潜れないであろうところがあるし、物理的な限界はそのうち来るだろうからそれをどうやって攻略していくか、という問題に直面することになるだろう。
解決法はどんどんレベルを上げて自分の強さを上げていくことだが、現時点で現実のほうにも影響が出てしまっている以上、急激なレベルアップは避けるべきなのはわかっている。でも、ダンジョンできっちり稼いで暮らしていくというスタンスを変えるつもりはないので、しばらくはゴブリン相手に戯れてまた【シールドバッシュ】がでたら隆介のためにのこしておいてやることにしよう。
隆介とはパーティーを組む可能性があることだし、あいつ自身も盾を持つかもしれないとは言っていたので、これは嬉しいサプライズになるかもしれない。金のほうは……まあ、渡すときになって要相談というところか。
ふむ……まあ、出た後で考えるか。盾持ちゴブリン……名称はシールドゴブリンらしいこいつが同じスクロールを落としてくれるという都合のいい展開にはならないはずだ。他のモンスター……落としたという話を聞かないスライムやゴブリンや弓矢ゴブリン……これはゴブリンアーチャーと呼ばれているらしいこっちが先にスキルスクロールをドロップする可能性だってあるわけだし、シールドゴブリンだけを倒してスキルスクロールをピンポイントで狙って落とせるわけではないだろう。
これは時間をかけてでもやっておくべきか、それとも俺専用ダンジョンの進捗を気にするところか悩むな。一応三層部分にかけてのモンスター、レッドキャップやオークとの戦闘体験はあることだし、そのあたりを目標にしていくのがいいかもしれないな。
よし、今日帰ったら早速三層側へ行って、レッドキャップとオークと戦ってみよう。一対多なら話は別だが一対一なら戦闘経験はある。後れを取ることはあっても後れすぎてやられることはないと信じたい。自分のレベルと経験を信じよう。
チャイムが鳴り、今日最後の授業が終わる。帰ったら夕食のミートソースパスタを作って、食べてから早速ダンジョンに潜ることにしよう。今日もしっかりダンジョンで稼いで、その内換金するつもりで魔石を溜め続けていくのだ。魔石はいくらあっても困らないからな。
自転車をこいで颯爽と自宅へ帰る。来る時はかなりの重労働だが帰りは下り坂。こぐ必要がないところまで坂道を一気に下って、商店街を避けるように曲がってしばらく進めば俺のアパートが見えてくる。1LDKのそれなりの広さはあるが建屋が古いおかげで家賃も安い、学生に優しい優良物件だ。そして今は1LDDK。なんとダンジョンまで付いている。これ以上に贅沢な物件は他にないだろう。
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