第26話:かんちがいしないでよね!
レッドキャップの忍び足を覚えて数日。ついに隆介にスキルのことが気づかれ始めた。
「最近、お前陰薄くないか? なんか気が付いたら後ろにいたり、横にいてもいないようなそんな感覚がするんだが」
忍び足を覚えてから、普段使い慣れるように動きだしたからか、日常的に俺の周りにいる隆介も気づき始めたらしい。
「ふっふっふ……実はな、モンスターからスキルスクロールを手に入れたんだ」
「ほほう。それとどんな関係が? 」
「モンスターから出てきたスキルがどうやら【スニーキング】というらしい。普段から陰に隠れるように動きや足運び、存在感を補正してくれるらしいんだよ」
「なるほど。つまり、お前を凝視し続けてない限りは薄く感じるというわけか。しかしいいのか? スキルスクロールなんてそれなりのお値段なんだろうに」
隆介は俺専用ダンジョンの存在を知らないので、レアドロップを売らずにわざわざ使ったのか、といった風だ。
「基本的に一人で潜ることになるからな。モンスターからも見つかりにくくする、という効果があるみたいだし、そういう点では覚えておいても損はないスキルだと思ったからな」
それに、二十匹で一個出てくるぐらいの確率ならまた出るだろうし、金に困った時に売ればいい。売るって意味なら【シールドバッシュ】のほうがまだ残っているし、こっちもそこそこのお値段で買い取ってもらえそうだ。
「なるほどな。お前も立派な探索者になったもんだな。俺の誕生日が来て肩を並べる前に先にお前のほうが遠くへ行ってしまいそうでちょっと残念だな」
すでに相当先に行っている、というのが本当のところだが、言ったところで見えないアカネの存在や隆介には認識できなかったダンジョンについて説明をして変な人扱いされるよりは、黙って隆介の言い分を聞き流す方が世の中は平和でいられるだろう。
「最近は窓からお前を眺める女子も減ったな」
「人の噂もなんとかという奴だろう。もうダンジョンが校庭に出たこと自体忘れてる奴もいるんじゃないか? そんな中で俺がやった事なんて、ダンジョンに潜って無事に帰ってきたことぐらいだ。一人でダンジョンの中を制覇して帰ってきたとか、実際にモンスターに襲われた誰かを助けたとかならまた話は別かもしれないけど」
「そういえばお前がダンジョンを攻略してから、探索者目指してる奴が増えていると聞くぞ」
えっと、結城……下の名前は彩花だったか。彼女もその一人と言えばそうだな。またひょっこり駅前ダンジョンあたりで出会いそうではあるが、そうなったらどう声をかけるべきか。それとも二人で探索してみる気になるか。色々手段や方法はあるものの、次に出会ったらどうするか、ぐらいは考えても良さそうだな。
「その顔だと、また結城のことを考えてるな? 」
「流石の勘の良さだな。たしかに俺に感化されて探索者始めてたし、スライムに囲まれてたからちょっと手助けはしたが」
「連絡先とか交換したか? 」
「その辺はプライベートに当たるだろうから言わない。ただ、また出会って助けを求められたら助けるだろうな」
実際、あの後一人で彼女はまたスライムと激闘を繰り広げていたんだろうか。一緒にゴブリン退治でもしてたほうがよかったのだろうか。そこから始まる人とのつながりみたいなものもあったかもしれないな。
「その様子だと、お前にとって悪くない見た目をしているのはわかる。もしいまいちだったらもうちょっと違った反応になってたはずだ。お前の好みではない、というわけではないが可愛くないわけでもない、というところか? 」
隆介が俺の分析を勝手に始める。確かに見た目は悪くないし、ちらっと隣のクラスを覗く機会は何度かあったので見てみたが、派手さはないものの落ち着いているというよりはアグレッシブなタイプではある。可愛いか可愛くないかで言えば可愛いほうだ。なんでその可愛さを武器にしていかずに地味な探索者を選んだのか、と言えるぐらいではある。
「その考え方だとおおよそあってるみたいだな。で、どうなんだ? 」
「個人情報保護法に則ってノーコメントで行かせていただきます」
「連れないなあ。もしかしたら時期が来た時に俺も含めて、三人パーティーでやっていくって方法もあるだろうに」
そうか、パーティーメンバーという手段で誘う方法もあるんだな。今まで一人で戦うことしか考えてなかったから思いつかなかった。
「そういえばお前は未来のパーティーメンバーだったな。すっかり忘れてたわ」
「お前なあ……一人で探索者することだって相当な負担なんだぞ? 本来は探索者だって一人でやるよりも複数人でパーティーメンバーを探して見つけてからでも遅くはないって講習でも言ってたろうに」
今思い出した。そういえばそんなことも言ってたっけ。ということは今後俺は隆介をキャリーしていく立場になるってことか。
「なるほど、俺はお前の教育役ってことか。しっかり励みたまえよ隆介君」
「了解しました上官殿。とりあえず誕生日が来るまで待っててもらってよろしいでしょうか」
「うむ、くるしゅうない。それまでに本来の勉学に励みたまえ。また彼女新しくするんじゃあないぞ。俺にようやく彼女が出来て、よくよく調べたらお前の元カノだったなんて話は色々こじれそうだから勘弁願いたい」
「その点は抜かりなく。今カノは俺が誕生日まで待っててくれるってさ。むしろ二人とも誕生日が来たら二人で潜ってみる所まで計画済みだ」
「それはそれはお熱いことで。その時までダンジョン熱が冷めないことを願ってるよ」
昼食を食べ終えて弁当箱を仕舞い、一緒に飲んでいた野菜ジュースのパックをゴミ箱に捨てに行くと、丁度そこに結城さんが居た。どうやら飲み物を買いに来ていたらしい。
「……よう」
「偶然ね。昼食は終わりかしら」
「今日も塩パスタだったけどな」
「あなた、それなりに稼いでるのよね? なんでそんなにギリギリの食生活してるのよ」
結城さんに心配されている。いや、心配されているというよりは突っ込みを入れられているというほうが正しいか。
「ちょっと武器を買い替えたんだ。それで、次にダンジョンに潜るまではちょっと収入が心許ない」
「はあ……そんな理由で栄養失調になって倒れるんじゃないわよ。せっかく一人でそこそこのところまで潜れる実力があるんだから、省エネでダンジョン探索して少しでもお金を稼いだ方がいいんじゃないの? 」
結城さんに心配されている。二度言った。そういうキャラではなかったはずだが、ダンジョンでの一件で少しは打ち解けられているとかそんな感じだろうか。
「まあ、次に駅前ダンジョン行った時には収入のあてがあるから大丈夫だ。今日の帰りにでもちょっと行ってこようかな」
「なんで家にドロップ品があるのよ。もしかしてレアドロップでもしたとか? 」
「まあ、そんなところだ。自分で使おうか悩んだけどいらないって結論になったからギルドに買い取ってもらおうかなって」
「ふうん。貴方運が良いのね、色々と」
若干とげがあるが、いやな感じではない。純粋に褒めてくれているのだろう。そう受け取ることにした。
「にしても、自炊しても塩パスタにするぐらいお金が足りないってのに、装備揃えて潜ってたのはどういうことなのかしら? パトロンでもいたの? 」
「パトロンではないが、ちょっとパーティーメンバー候補がいてな。そいつと金を出し合って装備をそろえて、とりあえず誕生日が先に来てる俺が潜って稼いで、その間に金が貯まれば装備を買い取って、足りないならそいつに装備を返すって約束でな。その出し合った分の金と、この先もダンジョンに深く潜るならあの装備じゃ心許ないからまともな武器を買ったんで、それで、ってとこだな」
「……そう、あのいつも一緒にいる小林のこと? 」
「まあ、そうだな。あいつには誕生日が来た時に俺のお古のお手製の槍を渡すつもりでいる」
「助けられたときの装備のことね。あれ自作だったんだ」
ちょっと食いつきが良いな。もうちょっと引き延ばしてみるか。
「その手の工作にはちょっと自信があるからな。簡単な物ならある程度自作できる。もっとも、ダンジョンで活躍できるほどのもんじゃなく、本当に簡単な物だけだ。単管パイプを適当に用意して、包丁の持ち手がすっぽり収まるように加工しただけなんで無理に振り回したら壊れるし、相手の攻撃を受け止めでもしたら包丁の刃が折れて使い物にならなくなるだろうな」
「へ、へえ……」
あ、いかん、また一方的にしゃべってるな。ダンジョンのことになるとちょっと熱くなってしまうな。まるでこれでは俺がダンジョンの信奉者みたいじゃないか。
「すまん、ちょっと熱くなり過ぎた。まあ、とにかく塩パスタは今日までだ。明日からは塩パスタにツナ缶がつく」
「そこは塩パスタから離れなさいよ。もうちょっと栄養のあるものを食べたらどうなの? 」
「それは夕食に回す。昼飯は腹が満たされてれば文句は言わないからな」
「そう、夕食はちゃんと食べるんだ」
少しうれしそうな表情を浮かべる結城さん。何故俺の夕食がまともだと嬉しいんだろう?
「ああ、キャベツ一個丸ごと弁当箱に詰め込むわけにもいかないからな。腹膨れないし」
「だったら安心……!? いえ、なんでもないわ」
何故か途中で言いよどんで顔を逸らす結城さん。何を言おうとしたんだろう。まあ、これ以上話すこともないだろうし適当に話を誤魔化して別れるか。
「まだダンジョン潜ってるのか? 」
ダンジョンと言う言葉にピクリと反応する。
「まだ潜ってるわ。また駅前ダンジョンで会うかもね」
「そうか、その時はよろしくな。もしかしたらその場でパーティー組んでゴブリンぐらいなら倒せると思うからな」
「そうね、その気があったら頼むわ」
「おう、じゃあな」
彼女はまだ探索者を続けるつもりでいるらしい。俺でもなければそんなに儲かる仕事ではないし、他のバイトを探す方が良いのかもしれないが、初期投資分だけは回収しようという話かもしれない。だとしたら、まあ頑張れとエールを送るぐらいしかできないが、無理だけはしないでほしいな。
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