第16話:クイックインスタンスダンジョン 1
出来たばかりのインスタンスダンジョンに入る。つぷりという感触と共に、ダンジョンという異次元に入り込んだ感覚をうけ、そしてすでに内部で繁殖しているスライムの姿をかなりの数見ることが出来た。思ったよりも多い。これはいい稼ぎになりそうだな。経験値の面では期待できないが、魔石はそこそこドロップするだろうしそれだけ多くの数が居るとなればごまかしでゴブリンの魔石が”多少”多めに混じっていたとしても不思議はないだろう。
まずは入り口から、こっちに向かおうと迫ってきているスライムの群れをとにかく数をこなして倒す。槍と違って腰を曲げてやらないと地面のスライムに攻撃が当たらないのは剣ナタとお手製槍の違いか。槍のほうが腰への負担は少なかったから明日は腰痛で悩むかもしれないな。
十分ほどスライムをひたすら狩りつづけて、入り口付近は綺麗になった。これで時間稼ぎとしては充分なものが出来ただろう。さて、こっちに向かってにじり寄ってくるスライムがいなければ、しばらくは出入口も大丈夫なはずだ。
今日はサポートのアカネが居ないことも含めて、物陰から襲ってくることも頭に入れて戦わないといけない。スライムとはいえ、頭の上から落ちてきて口と鼻を抑え込まれたら俺も緊急事態になる。頭の上には常に気を付けてはいる分だけ今の所は大丈夫だろうが、もしも気道をふさがれたら……と思うと更に緊張が走る。
スライムだらけの区間をうねったり行ったり来たりしながら歩き終えてどうやら二層部分に入ったらしく、代わりにゴブリンが出てくるようになった。流石にここまで潜り込んではおかないと、手元にゴブリンの魔石が大量にあることを不思議がられる可能性だってある。
手前までの道は綺麗にしてきたし、ゴブリンと戦っていても不思議はない、という感じにしてきたのは非常にいいところ。ただ問題は、ゴブリンも結構な数がいるってことだな。
こっちの普段と違うメリットは、剣ナタがしっかりした頑丈な武器であり、多少振り回しても問題ないだろうという事。デメリットはやはり射程と人数か。こればっかりは一人で潜り込んでる以上仕方ないところではある。しかし、一人で潜っているからと言って常に一対一の状況ばかりではない。自分のダンジョンでもそうだ。一対多になっても戦えるように立ち位置の考え方と、うまく一対一の状況を作り出すことに専念しよう。
しばらくゴブリンたちとの戦闘は続く。クイックインスタンスダンジョンであったせいなのか、ゴブリンも密度が結構高いように見える。できるだけ隅っこに追い詰められながら、正面戦力を少なくして同時に二匹三匹と相手にしなくていいように立ち回りながら、ゴブリンに一撃を入れていく。
ゴブリンは剣ナタを振って一撃当てれば倒せる。今の俺ならそれが十分できる、ということが確認できただけでも儲けものというものだろう。レベルは5あればゴブリンは敵じゃない。ただし少数に限る。流石に何度かこん棒で殴られたが、分厚めの服と自転車ヘルメットのおかげで無事。もしかするとわざわざ防具を用意しなくても良かったんじゃないかとも思える程度だが、あってよかったと安心するところだろう。
もうしばらくゴブリンとの戦闘を繰り返したところで先に進み、ゴブリンも盾持ちや弓矢持ちが増えてきた。盾持ちと弓矢持ちが同時に出てくるような場面も今後は増えてくるだろうし、そこでどうするかは考えないとな。
勇んで飛びだし、盾持ちゴブリンの盾ごと剣ナタを振ってゴブリンを両断する。その間に弓矢持ちが俺を狙って矢を放つ。スローに見える矢を手でつかんで奪い去ると、そのまま何も持たないゴブリンに向かって走り込んでいく。弓矢持ちは次の矢をつがえようとするが、俺が近づく方が一歩早く、何もできないまま俺に剣ナタで切られて黒い粒子になって霧散する。ドロップとして魔石を落としてくれたのでここでゴブリンもしっかり倒してきた、という証拠にはなっただろう。
ゴブリン地帯をある程度掃除し終わったところで、後ろから走り込んでくる人の足音が聞こえてきた。援軍の到着かな。ここから先は俺も未体験ゾーンなので、丁度ありがたい援軍だ。
後ろから、全身ツナギ姿に薙刀を持ったおじさん……いくつかはちょっと解りかねるが、それなりの年齢の人が追いかけてきた。
「なんだ、坊主一人か? お前ひとりでここまで掃除し終わったのか? 」
恰幅のある探索者とそれから後ろから二人、ひょろっと痩せた人と女性……もちろんみんな年上だろうが、急いで追いかけてきた様子が見て取れる。三人とも同じ服装だからパーティーメンバーってことなんだろうか。
「駅前ダンジョンからの援軍ですか? 助かりました。一人で抑えきれる自信がなかったので早く来ていただいて有り難いところです」
「それはいいんだが……ここまで綺麗にモンスターが居なかったから、他にも援軍要請で数が来ているのかと思ったら奥にはお前さん一人だろう? ここまでのモンスターは全部掃除し終わったって認識で良いんだな? 」
念押しするように言われる。
「他に居なかったならそうなると思います。ここってモンスターがリポップするまでにどのぐらいかかるんですかね? あんまり早いようだとまた入り口まで戻って外に出ないように警戒しないといけないと思うのですが」
「その点は安心して良い。ダンジョンは発生から二十四時間ほどは新しいモンスターはリポップしない仕組みになってるらしいからな。それまでに奥まで到達してダンジョンを踏破してしまえばモンスターはこれ以上増えない」
どうやら、ダンジョンの定着化には二十四時間かかるらしい。一つまた勉強になった。
「なら安心ですね。俺も後ろをついていっていいですか? ここのゴブリン地帯より先のダンジョンへは潜った経験がなくて、どんなモンスターが出てくるかもわからないんですよ」
「そうだな……見た所十八歳になって早速探索者デビューしたばかりにも見えるが、ここまでモンスターとの戦いの経験もあるだろうし、俺達より前に出ないって約束できるか? ならついてきていいぞ」
「約束します。撃ち漏らしが出た時のみ対応、って感じでいいんですよね」
「解ってるなら何よりだ。それに、インスタンスダンジョンの踏破の経験も踏ませてやりたいところだしな。どうやらお前は探索者に向いてるみたいだし……な」
そういうとこちらをチラッと見て、俺の装備に着目する。
「しかし、そんな装備でよくもまあゴブリンと戦おうと思ったもんだ」
「学校にある物でありあわせの防具なので、フル装備じゃないことは認めます。けど、あれ、普段もあんまり変わりないような? 」
「まあいい、ここまでほぼ無傷で戦えるだけの実力はあるって認められるからな。でもこの先はちょっと面倒くさいかもしれないぞ? 素早い奴が出てくるからな」
素早いのが出てくるらしい。それはそれで楽しみだが、同時に俺の目でも追い切れないような素早い奴が出てくるなら、やはりもう一つぐらいレベルを上げて挑むぐらいの気持ちで行かなければならないだろう。
「俺は大谷だ。よろしくな」
「本条です。胸を借ります」
「良い意気だ。しっかりついて来いよ」
大谷さんの後に続いてダンジョンの奥へと向かっていく。流石の一流かどうかはわからないが、即応部隊として待機しているだけの実力もあり、ほとんど俺に打ち漏らしとして流れてくるモンスターはいなかった。少し進むと、手で後ろを抑えるサイン。ちょっと止まってろ、という合図だ。
「これは……やっぱりいるな、レッドキャップが」
「レッドキャップ? 」
「赤い帽子をつけたゴブリンだ。持ち物はこん棒じゃなくナイフ、そして赤い残像を残すように見える素早い動きでこちらに近づいてくる。隠れながら近づいてくるから不意を打たれると怪我をするよう注意モンスターだ。普通はそうそう湧かないんだが、このダンジョンがクイックインスタンスである可能性を考えると湧いててもおかしくはないな」
そのレッドキャップというのはこの部屋に二体いるらしい気配のことを指して言っているんだろうか。まだ彼らには見えていないのか、それとも最大限警戒しているからか、あえて俺のために口を出さずに居場所を告げずにいるのだろうか。何にせよ、今この場所には二匹モンスターがいることは確か。
しばらく進み、小部屋から出ようとしたところで二体が一斉に動く。
「来るぞ、後ろ特に気をつけろ! 」
大谷さんが声をかけるのが先か、俺が振り向くのが先か、レッドキャップの剣先が俺に向かって伸びてきている。確かにゴブリンに比べれば圧倒的に早いが、避けるのが間に合わないほどじゃない。剣ナタでしっかり迎え撃ってカキン、と金属同士がぶつかり合う音がする。
レッドキャップはその身軽な身体を剣先に集中させると、そのまま宙返りをして今度は頭の上から攻撃を仕掛けてくる。落下地点には俺。上から来てくれるならこれ以上便利なことはない。着地点を想像で割り出すと、そこに剣ナタをセットしておいて自分から切られに行ってくれるのを待つ。
レッドキャップはそのまま重力に従うままに剣ナタの上に刺さり、胴体をしっかりと剣ナタに自ら刺さりに行く形で突き刺さり、そのまま俺が剣ナタを振るうと、壁に向かって激突する。そのまま黒い粒子に変わっていくかと思いきや、立ち上がって傷を押さえながらなおも俺に対して闘争本能をむき出しにしている。
他のゴブリンとは根性が違うな。伊達に頭が赤いだけはあるらしい。そのまま一直線にスピードに任せて襲ってくるレッドキャップのナイフの攻撃を避け、返す刀で剣ナタを首に向かって振り切る。さっきの攻撃で全ての力を使い果たしたかのようなレッドキャップはこっちの攻撃を避けずにそのまま首を跳ね飛ばされる形で黒い粒子になり消滅していった。
確かに一段階強い相手ではあったな、レッドキャップ。ただ惜しむらくは、相手が俺だったということと、もしも今持っているのが剣ナタではなく普段の槍だったら、槍先にしている包丁のほうが持たなかった可能性が高いということ。どちらにせよ、不運だったという事だろう。ありがとう学校の備品。
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