第154話:再起動には時間がかかりました
彩花が再起動するまでにはそれなりに時間がかかった。その間に水分補給をして二人分の飲み物とちょっとしたお菓子を用意して、そしてノートを動かしてそよ風を送りながら、彩花の冷却を続けた。
十五分ぐらいして彩花がうっすらと目を開けて身を起こした。
「あれ……私寝てた? 」
「どっちかというと気を失ってたかな。イチャイチャしてるのをしっかりアカネに見られてたのを恥ずかしがってぷしゅ~って感じだった」
「それは……まぁ、覗かれてたのは迂闊だったわ。まだまだ足りないぐらいだったけど、キリがなさそうだったし丁度いいところだったということにしましょう。さ、勉強するわよ」
そう言うと彩花は水分補給をしたあとすぐにノートに向かいだし、いつもの集中力を発揮し始めた。こうなると何か詰まるか、声をかけるまではそのまま集中しっぱなしになるだろう。
テコでも動かないの耳バージョンだ。この集中力は彩花固有の能力、場合によっては弱点にもなるだろうが、こと勉強においては利点かな。
俺の話も聞こえなくなるのでちょっと寂しくはある。でも、その分勉学と自分の将来に近づくならいいことだとも思っている。受験までもう半年もないし、できるだけのことはやってしまわないとな……と、俺も勉強に集中しよう。彩花に追いつかれても構わないが追い抜かれるとちょっとメンタルにダメージが入るかもしれない。
その後ぶっ続けで勉強を続け、飲み物もほどほどに消費したところで暗くなってきた。流石にお開きにする時間かな。
「彩花……おーい彩花さん」
「……」
駄目だな、完全に自分の世界に入っている。これは何かしらのアクションをして、そのリアクションで目を覚まさせるしかないだろう。さて、どういうことをすれば気が付いてくれるのかな。
ふと、目線を逸らすとアカネがジェスチャーで乳を揉め! 押し倒せ! と騒いでいる。あれは……無視した方が良さそうだな。ふむ、しかし彩花には物理的接触でもってメッセージを送り、こちらに気づいてもらうことのほうが早そうだ。
後ろからハグでもするか。そっと彩花の後ろに回り、両手を押さえつけない形でハグ。そっとお腹にも触れ、そのまま抱きしめてうなじの香りをかぐ。いい香りだ。ほんのり汗をかいた、女の子の匂いがする。汗臭いわけではなく、こう、なんか甘い香りだ。そのまま少しずつ力を込めていくと、途中で違和感に気づいたのか彩花が俺に気づく。
「……何やってるの? 」
「こうでもしないと彩花が集中から目を離してくれないから。そろそろ帰る時間だぞ」
「あら、そんな時間なのね。また集中してたってことかしら。アカネさんは? 」
「さっきから押し倒せとうるさいことを言っていたので無視している。今は隣の部屋からこっちをそっと見つめて……まだ見てるな」
アカネのほうを見るとチッといった感じでこちらを見るのを渋々諦めてリビングのほうへ行った。
「まあ、時間も時間だしお開きにしよう。また勉強は後日でもできるしな」
「そうね。あんまり長居すると家族に迷惑かけちゃうし、何してたのって言われて返答できないんじゃああらぬ疑い……ってわけじゃないけど、デートついでに勉強してたのがバレるわ」
「デートで勉強してた、でもいいと思うけどなあ。結果は出してるわけだし」
「親としては突然成績が上がったからびっくりしてて、こっちもダンジョンのおかげって言えないから次の模試か中間テストで実績出してやらないと納得しないのよ」
「大変だなそっちも。こっちは好きにやれって言われてる分だけ気楽ではある。そのまま大学に進みたければ進め、仕事したけりゃ仕事でも良いぞって完全に放任されてるな」
「おじいさん……だっけ。随分理解があるのね」
彩花にはチラッと、もう両親は居ないことは伝えてあるのでしんみりとはせずに、保護者である祖父のことについては話してある。
「普段の金には少し困らせるけど、進路に関しては金に困って進退を決めるようなことはさせないって言ってくれてるからね。できるだけそれに甘えるような形にはしてるつもりだけど、ダンジョンのおかげで普段の金にも困らなくなったからな。おかげで勉強に集中するだけの胃袋の余裕も出来たし、ダンジョンのレベル上げのおかげで更に効率的に勉強ができるようになった。これもひとえにアカネのおかげだな」
「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない。もっと敬ってもいいのよ」
アカネが部屋の向こうからふよふよと壁を抜けて出てきた。ちょっと青白く光ってるあたり、褒めたり感謝したりしても信心の力は増えるらしい。神様も案外ちょろいのか?
「ちょろくないわよ。真面目に考えて受け取ったからこそ信心が溜まるというものだわ。ちょろいかどうかはともかくして、さっきの幹也の思いは本物でしょう? だからこそ信心が溜まるというものよ」
なるほど。ちょっと理解した。動機が不純だったりしても、それが真剣な願いである以上神様としては受け入れるだけの器の広さがあるということなのだろう。きっと犯罪行為に関わることであっても、それが純粋な願いである以上受け入れざるを得ない、という側面もあるのかな。
「まあ、そう言うことね。貴方が今結城さんとしっぽりしていたことだって、同意がなければ犯罪だろうし」
「二人で頭の中だけで会話されてると私だけ蚊帳の外みたいな感じでちょっと寂しいわ。何を話してるのか教えてほしいのだけど」
「とりとめもない話さ。信心は何処から湧き出すのか? という話をしていた。不純であれどうであれ、真剣なお願いや祈りなら悪でも善でも神様には通じるんだってさ」
彩花はなるほど……と少し考え込むようなしぐさをする。アカネは今度は彩花の脳内との会話を始めたらしく、「まあ、大体そんな話をしてたわね」とお話をしている。飲み物とお菓子を片付けた後、洗濯物の干し作業を終えてそろそろ夕飯の準備をしたいな。下ごしらえだけは今のうちにしておくか。今日は……何作ろう。
「夕飯なら手伝いましょうか? 」
彩花がアカネとの会話を終えてこっちに来た。
「まだ何を作るかも決まってないんだよね。だから食材を買い揃える所から始めなきゃいけないかもしれない」
「ちょっと冷蔵庫の中を失礼するわね」
彩花が断りを入れてから俺の冷蔵庫の中を覗く。しばらくどの食材があるかを確認して、次に常温戸棚の中を漁り始めた。
「シチューで良いんじゃない? そろそろシチューの素の賞味期限切れそうだし、作るなら今だと思うわ」
戸棚のシチューの素の賞味期限を見ると、たしかに近日中に切れると言っている。そして、冷蔵庫の中を覗くとシチューにちょうどいい食材がゴロゴロと転がっている。流石家庭科5なだけあるな。今ある食材でパパッと内容を決められる能力はレベルアップによってブーストされた部分もあるかもしれないが、確実なものとして作用しているように見える。
「じゃあそうするかな。ありがとう、夕飯まで決めてくれて」
「ご飯炊くのを忘れないようにね。それじゃあ私帰るから。また学校で会いましょ」
そういうと、俺の頬に軽くキスをして帰っていった。唇でも良かったんだけどなあ。
「さて、そういうわけだからシチューを作るぞ。まずご飯を炊くところからだな。一番時間かかるし」
米を研いで炊飯器のスイッチを入れたところで脳みそのスイッチも料理に変化させる。手早く美味しいコクうまシチューを作るために必要な手順を思い出し、まず玉ねぎをレンチンして軽く温めた後でみじん切りにして肉と共に軽く炒める。肉は冷凍ミンチ肉が余っていたのでそれを見て彩花も決めたんだろう。ブロックのオーク肉を解凍してからでは時間がかかりすぎるし、その間に俺の空腹も限界に来る可能性が高い。
順番に具材を炒めて煮込んで水を入れて煮立たせて……と手順通りにシチューを作り、米が炊けたところでほぼ同時にでき上がった。もう少し煮込んである方が好みだが、作った量がそこそこあるので明日の朝の分も用意してあるという考えの元、朝は楽が出来るな。その分昼にちょっと凝った料理を作れるだろう。今のうちにオーク肉をある程度冷蔵庫で自然解凍しておいて、明日の朝使えるように準備だ。
でき上がったシチューはアカネ判定でも中々のものであり、充分に美味しかった。食材もしっかりと把握していた彩花の目利きもすごかった、ということになるのか。さて、風呂に入ったら明日の予習を軽く済ませてそれから寝るかな。
風呂に入って今後の自分のやりたいことを考えながらゆったりと湯船に浸かる。ダンジョン学部に行くとして、どの学科、どのゼミに入るのか、また冬休み直前にあるミニオープンキャンパスで確かめに行こうと思う。
今度こそはあのミニ准教授に言い返しが出来るように自分なりの論理をぶつけて、大泉女史からの合格点が取れるかどうかを確かめに行かないと。俺の進路はもうダンジョン方面と決めつけて人生を生きるんだ。それに対してできる限りの情報収集と行動を起こさずして何が人生の決め手か、何が高等教育か。
今後もお世話になる部分でもあるし、ダンジョン関連の知識はすべて吸い上げて自分の肉とするつもりでダンジョン関連情報は耳にして行くことにしよう。早速風呂から上がったら最新の情報からアクセスしていかないとな。ダンジョンは何階層まで存在するのかとか、ダンジョンの難易度やノーマライズダンジョンの有名な所、それからダンジョン素材の行く末なんかも情報としてほしい。
まだまだ十一層でまごまごしてるような俺なんだ、十八歳だからまだ仕方ないという言い訳はしたくない。できることは何でもするぞ。その意思をまず明確に持って、その状態でダンジョン学部にあるそれぞれのゼミの情報も仕入れて、その上でどのゼミに通うか、どの方面に自分の能力を生かしていくか。
少なくとも自分一人で十層まで潜り込んで帰ってこれるだけの実力はあるんだし、それを活かして学部生としてダンジョンに携われるようにしたいな。
よし、調べものをしながら寝るとしよう。まずはドロップ品にどんなものがあるか、というところと、それぞれのドロップ品の運用されている業界などから調べていくのが良さそうだな。
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
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