第15話:緊急事態
翌日、寝坊したので塩パスタだけを朝食兼昼食としてお供えすると、急いで食べてそのまま学校へ行くことになった。昨夜は少し眠りが浅かったかもしれない。
学校に自転車に乗っていくが、やはり昨日のレベルアップの成果か、いつもほど登校の脚力が必要ない。学校は坂の上にあるため存分な脚力を有して気合で登りきるか、時間を諦めて自転車を降りて歩くかの二択を迫られているが、今日は脚力でしかも全力で登りきり、しかも息一つ切れていない。これは次のレベルアップの時になったら、自転車のほうが負けてチェーンが切れてしまう可能性まで考える必要があるかもしれないな。
ギリギリで教室にたどり着くと、流石に隆介の姿は見えず、俺がいつもの時間にいないことに気づいて暇な時間を過ごしていたかも。一応周りに聞いておくと、隆介は今日は教室に現れてはいない様子。待たせていたなら悪いことをしたから一安心だ。
「珍しいな本条が遅刻しそうになるなんて。何かあるんじゃないか? 」
クラスメイトにそう問われたが、多分ダンジョンの潜った後調べものをするためにちょっと遅くまで調べものをしていたからその分睡眠時間が足りなかったかもな。
後は、調べものをしながら英語辞書を適当に流し読みしていてその辞書の内容が頭に入り込んでくれてるせいで記憶の処理に時間がかかったのかもしれない。その場合睡眠の質不足ってことにもなるわけか。道理で朝から頭が少し重いわけか。
でも、次の英語の点は期待できるかもしれないな、等と考えつつ、次の授業がそのまま英語だったことを思い出して教科書を出してパラ読みする。発音はともかく、英単語のほうは問題なく読めるだろうな。
◇◆◇◆◇◆◇
今日も体育の授業。今日はソフトボールをやるらしい。また外野で適当にサボって、打順が来たらきっちりボールを見極めて適当にアウトになるとするか。
しばらくのほほんとみんなと授業を楽しんで暇を持て余していると、グラウンドの空間に突然紫色に光る亀裂が入りだした。亀裂はまるで地上の風景がガラスでできていて、そのガラスが割れるようにどんどん大きくなっていき、異変に気付いた教師が授業も一旦止めて、何事が起きたのかとみんなが見守る。
割れたガラスと化したグラウンドに出現した亀裂はどんどん大きく口を広げて異空間が広がっていく。これは……講習でも習った。インスタンスダンジョンの発生に酷似している。というか、インスタンスダンジョンが出来たのだろう。
ダンジョンは前触れなくどこにでも現れるとは説明を受けていたものの、発生から固定化までの時間を眺められた貴重な一瞬でもある。スマホが今手元にあったら撮影してダンジョンが出来上がった瞬間をとらえた! と動画サイトにでも投稿すれば再生数が稼げたかもしれないな。
「授業中止! 駅前ダンジョンのギルドに連絡をして探索者が派遣されてくるまで全員校舎からでるな! ダンジョンからモンスターが出てこない保証はないからな! 」
今では通報から迅速な対応がされて通報から現地到着まで時間がそれほどかからなくなったものの、ダンジョン発生当時は探索者という職業もなく、警察官が対応に追われ現地の完全封鎖とダンジョンの不活性化、もしくはダンジョンの踏破まではひと騒ぎ起きる事態になっていた。
今では緊急インスタンスダンジョン発生時の対応ということで、各ノーマライズダンジョンにはシフト勤務でそれなりの腕の探索者が常駐しており、かなり短い時間で対応が可能となっている。しかし、講習で聞いた亀裂はもっとゆっくり発生して、一時間ほどかけてダンジョンの入り口が完成するという話になっていた。
しかし、今回は十分足らずで亀裂が完成し、その鎌首を大きくもたげているかのような様子でダンジョンが口を開いている。
これは……ダンジョン踏破の探索隊でも苦労するかもしれないな。いくらなんでも発生から定着までの時間が早すぎる。このままだとダンジョンからモンスターがあふれ出てくるのも時間の問題かもしれないな。
しかし、今の自分には武器がない。防具もない。素手でスライムを倒せないことは……多分今の実力なら不可能ではないだろうが、それにしても目立ちすぎる。
どうしたものかな……と考えながら暇になったところをブラブラしていると、掃除用具から庭の掃除や剪定、それから樹木の管理をするための用具一式が保管されている倉庫が目に入った。
あそこになら武器や防具になるものがあるかもしれないな。探索者証は持ち歩いているし、探索者がダンジョン探索に入ることを阻止することは法律で禁止されている。いくら生徒とはいえこっちも立派な……ちょっとだけ強い探索者だ。装備さえあれば止められることはないだろう。
早速倉庫の中身を漁ると、分厚めの服装と剣ナタが見つかった。これで装備を整えれば普段の自分の防具ほどの信頼性はないにせよ、それなりの活躍は出来るだろう。後はヘルメットを……自転車置き場で置きっぱなしにしてある奴を持ってきて、一応の装備一式が完成した。
再びグラウンドに戻って亀裂に入ろうとすると、体育教師である鬼沼が俺を制止する。
「本条、その服装は何だ。それに、グラウンドには出ないように注意しただろう? 」
「探索者がダンジョンの探索に出かけるのに何か不都合があるんですか? 」
「探索者って……ああ、お前生まれが早かったからな。探索者証を持っているのか」
「はい、ちゃんと携帯してます。探索者にとって携帯は義務ですから」
鬼沼に探索者証を見せたところで、ダンジョンに入ろうと試みる。
「まて、探索者だからって生徒を危険に晒せるか。お前は教室でじっとしてろ」
「探索者特別法第十二条」
「なんだ? 」
「探索者特別法第十二条、インスタンスダンジョンに入ろうとする探索者を特別たる理由なく阻止してはならない。これに違反するものは六カ月以下の懲役並びに五十万円以下の罰金刑に処する」
鬼沼がこいつは何を言っているんだ……という顔をしてこちらを見つめる。同じく、鬼沼と共にダンジョンの入り口を監視していた教師もこっちに集まってきた。
「つまり、俺がダンジョンに入ろうとするのを阻止する場合、鬼沼先生は罪に問われるってことです。ダンジョンはすべての探索者に対して平等に開かれていなければなりません。心配は解りますが、こっちも成人年齢を過ぎて探索者証も取って、ダンジョン経験はあります。深くまで潜るつもりはありませんが、入り口近くのモンスターだけでも掃除しておかないとダンジョンからモンスターがあふれ出してくる可能性は非常に高いです」
「そんな理屈をこねたって駄目だ。守るべき生徒を守るのが教師の務めだからな」
「では、鬼沼先生は探索者証をお持ちですか? その様子だと持ってないですよね? 守るべき生徒を……と言いながら守るための手順や法的根拠を何一つクリアせずに探索者である俺を引き留めようとしています。これは大きな問題です」
スッと言葉が出てきている辺り、俺のオツムは今中々の回転の早さをしているんだと思う。法的根拠に基づいてダンジョンアタックをしようとしているのだから、本来なら素通ししなければならないところを無理矢理止めに入っている方向だ。
「とにかく駄目なものは駄目だ。とにかく着替えて教室に戻れ」
「お断りします。このままだとモンスターが……あ、出てきましたね」
指さした方向には、既にスライムがダンジョンからあふれ始めている。やはりこのダンジョン、普通の発生の仕方をしていない。大型のダンジョンになるか、それともクイックインスタンスと呼ばれる、発生から活動が急激に早いダンジョンということになるのだろう。
「うわっ、モンスターだ。初めて本物見た」
「あれがスライム……かわいいわね」
「なんでも溶かすらしいぞ……触れたら終わりかもな」
グラウンドを遠巻きに見ていた生徒からも悲鳴が上がる。モンスターの出現を察知して、そのまま教師陣を置き去りにしてスライムに駆け寄ってスライムの核を割る。射程がいつもと違う分だけ少しやり辛いが、攻撃の威力としてはこちらの方が楽だろう。ゴブリンも簡単に仕留められるに違いない。
ぽつりぽつりと出てくるスライムを相手に、こちらも対応をして倒していく。一旦グラウンドが綺麗になったところで教師の所へ戻る。
「援軍が来るまでの時間稼ぎをします。モンスターを相手にするには問題はないと今の戦いでわかってもらえたと思いますので、中に入ります。多分モンスターであふれかえっているでしょうから、結構難儀かもしれませんがそこは何とかしようと思いますので応援が来るまでダンジョンの対応を観察して、クイックインスタンスダンジョンであることを駅前ダンジョンのギルドに再度要請してください。おそらく追加で何人か来るはずです」
「お、おう……わかった。さっきの、あれだけ動けるなら浅いところなら大丈夫かもしれないな。でも、気をつけてな」
「鬼沼先生、そこは今日もご安全に、ですよ」
訂正を要求しておく。今日もご安全にはダンジョン探索者の標語だ。決して忘れてはいけない。
「わかった。今日もご安全に。絶対無事で帰れよ。でないと俺が責められることになる。どうして生徒をダンジョンに向かわせたのか、必ず後で問題になるだろうが、お前がしっかり探索者している様は少しだけだが見させてもらった。その様子なら本当に浅い部分だけなら大丈夫そうだし、危ない方向にはいかないでくれよ」
「わかってます。戦ったことのない相手が出てくるところまではいかないつもりですから」
鬼沼先生も俺が軽がるとスライムを相手取っていく様に少し驚いて後ずさるような格好になったが、これで邪魔は居なくなったな。さて、表向きのスライム掃除で魔石がいっぱい出たということになれば俺が学校に持ってきている魔石をまとめて今日の放課後に交換しに行っても不思議は何もないな。良いタイミングで出てくれたとダンジョンには感謝しないとな。
さあ、初の実戦インスタンスダンジョン攻略だ。気合を入れていこう。
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