第144話:文化祭前の一幕
わが校には九月末に文化祭がある。そのため、またこれはこれで授業コマ数と勉強機会を削られることにはなるのだが、そもそも自主学習を常とする校風なので、これで授業受けなくていいぜラッキー! となるような浮いた生徒はそもそも進学についてこれていない。
去年までは俺も必死についていけるように頑張っていたクチだが、今回はそんなことにはならずに済んでいる。ダンジョンレベルアップ勉強法おそるべしだな。彩花も隆介もそれぞれ自分のクラスの出し物について文句を言いにくるが、俺は右から左へ聞き流し、それは大変だったなとなだめてやることにしている。
うちのクラスは比較的早い段階で粉物で出店を出そうと計画していたため、どこの粉物でどの鉄板を使うか、ぐらいしか決めることがなく、結果的に必要な材料が比較的少なくて手軽に出来て、しかも人気は確実にある、ということで養殖たい焼きを出すことに決まった。
常に焼き続けなければいけないというほどでもないのが好都合だったのと、近所の商店街で廃業された養殖たい焼きをやっていたおじいさんから好意で貸し出してもらえることになったのが大きかった。
おかげで店をやりたい奴が有志で店主を務め、交代で少人数で回すことも可能だったのと、高校生活最後の思い出作りに……と丸二日間かけて文化祭を遊びつくせるようにひたすら他の出し物を回りたい生徒に対して配慮してくれたのも大きい。
せっかくなのでと普段勉強しかしない組も文化祭ぐらいは羽目を外して散々遊びたいというのと、こんな時ぐらいお店屋さんごっこをしたい、というお互いの意思がぶつかり合わず折り合った結果、俺も店を手伝うことなく暇つぶしにぶらつく権利を手にすることが出来た。
というか、一回ぐらいはタイを焼いてみたかったのだが、これはこれで中々コツがいるらしく、試し焼きの段階で「本条にも苦手なことがあるんだな」という感想とともに、自分で焼いた旬を過ぎたたい焼きを処分することで店主になる権利を没収されてしまった。
あちこち旬が過ぎてたり、内臓がはみ出ていたりしたたい焼きを片手にいつもの場所で食事をしていると、隆介と彩花が並んでやってきた。
「どうした、そんなにボロボロのたい焼きばかりそろえて。処分係か? 」
「いや、自分で試し焼きして、腕のいい奴が店長に立候補するシステムだったんだが、見習いにするにもまだ早いと烙印を押されてしまった。これはその犠牲者たちだが、良かったら手伝ってくれないか。あと彩花が一緒に来るのは珍しいな」
「丁度そこで小林に会ったからよ。あと、ついでにデートの話でもしようと思って。一匹貰うわ」
「それならスマホでもいいのに。わざわざ来てもらって悪いな。それと、助かる。結構あるんだ」
「いいのよ、どうせ会いたかったし。一シート分ぐらいはあるのかしらね」
嬉しいことを言ってくれるが、同時に他の奴に会話が聞かれてないかどうかが少し気になった。周りを軽く見まわし、誰も聞いてない見てない、聞き耳にも反応がないことを察知し、判断してから話に入る。
「よし、誰にも聞かれてないな」
「お前らそこまで気にすることか? 多分上から見られたら今の関係一発でバレると思うぞ。俺にもくれ……うむ、見事に旬を過ぎてるが腐っても鯛、ちゃんと甘いところは甘いな」
「そろそろ、バレてもいいような気がしてきたわ。夏休みも散々二人で出かけたりオープンキャンパス行ったりしてるし、誰かに目撃されててもおかしくはないもの。生焼け部分がないのが救いね。これで偏りがあったらアウトだったわ」
確かに、駅前ダンジョンへ行くときも二人そろって着替えていくから道中で誰かに目撃されてても不思議はないんだよな。そういう意味では見守られているのか、他人にそこまで興味がないのか。あと、やっぱり二人の評価は焼きすぎ、というところに落ち着いたようだ。
「そうだな、そろそろ潮時か。聞かれたら答える程度にとどめつつ、わざわざ見せつけたりとか並んで歩いたりとかはしない感じで、いつも通り振る舞っていくか、それとも突然ベタベタしだすか? 」
「うーん、どっちも魅力的ではあるんだけど、このみんながピリピリしてる時期に暢気にデートだなんだの言ってたらさすがにいろんなところから苦情が出るわね。いつも通りにしておいて、聞かれたらそうですけど何か? みたいな感じで良いと思うけど」
「じゃあ、それで。とりあえず……後一個ずつぐらい減らしてくれるとありがたいんだけど」
袋の中身を覗いて、ちょっとのけぞる彩花と、まあもう一個ぐらいなら何とかなる、と両手に持ち出した隆介。友情と、一つだけでも付き合ってくれた愛情に、それぞれ感謝しておこう。
「これでしばらくアンコには困りそうにないな。これ本番当日分も要らないぐらいじゃないか? 」
「そうだな……残りは夕食だな」
流石に俺も三匹目で食べ飽きた。アカネにも供えておこう。努力の結晶分ぐらいは神力を補充してくれるかもしれない。
「さて、二人とも進路のほうは大丈夫なのか? とくに幹也だけど、俺はまあさておくとして二人の行く末にはちょいとばかし興味があるな」
「俺のほうは一発勝負みたいなところがあるからな。実際は二発だけど。共通テストの足切りと二次試験の学科さえ突破できればなんとかってところじゃないかな」
「私は最悪他の学部学科でも良いけど、幹也はダンジョン学部以外興味ないのよね。そこは夏休みのオープンキャンパスを見てからも変わらないのね? 」
素直に聞かれたので頷いておく。彩花はやっぱりね、と納得する様子。
「幹也の場合そこが問題だな。近くに似たような学部や学科を抱えてる大学はないし、実質地元に居座るならもうそこしかないだろう。覚悟は決まってるようだし、そこは安心してもいいのか? それとも、まだ迷ってたりするのか? 」
二人に詰め寄られると圧が凄いが、三匹目のたい焼きを食べ終えると、ふぅ、と長い息を吐き、それからゆっくり息を吸い込んで深呼吸。
「まあ、なるようになるさ。ならなかったら彩花と一緒に他の学部、もしかすると……高卒探索者か。それはそれで悪くないとは思ってるし、大学を出ても専門で探索者になるのか、研究機関に残るのか、それとももっと他の道を選ぶのかは解らないし、もしかしたら四年後圧倒的な差をつけて専業探索者として名を上げていて、大学の方からオファーが来るような人間になってるかもしれないしな。それを考えたら、今絶対、こうしなくてはいけない、という話でもないような気がするんだよな」
隆介はなるほどな……と納得する部分もあるが、同時にこう切り返してくる。彩花は俺の覚悟については前々から話してあるので、今更口を挟むのもどうかと思っているところだろう。
「たとえば、お前の人生の中であと何年間ダンジョンが関わってくるかにもよるな。一生モノの仕事としてダンジョンに関われるのか、それとも六十歳ぐらいまでダンジョン研究に費やして、その後は好きに生きるか。どっちにしろ、長く付き合うためにはダンジョンに潜ることよりもダンジョンから得られる物資やエネルギー資源の研究者になっている必要はあると考えられる。単純な肉体労働者としてダンジョン探索者を選ぶなら、おそらくギリギリ五十歳ってとこまでだろう。その間に資産形成をして、長い老後をどうやって過ごしていくかを考える必要も出てくるな。そういう意味では、ダンジョン学科に絞り込むのは少々ヤンチャだが……まあ、ダンジョン学科がだめだったら他の工学部なり生物資源学部なりを併願しておいて、そっちに移るという手段もあるし、ギリギリまでどちらかに決めかねるという方法も取れる。よく考えることだ」
そういう隆介は工学部志望で、国公立でも私立でもどちらでもいけるだけの資産が実家にあるので、あまり慌てずに着実に足場を固めている最中だと言える。まだまだ巻き返す余裕はあるし、その方法も豊富に選べるといったところだろう。
彩花は……俺と同じならどこでもいいと言いそうだけれど、ダンジョン学部に入れるなら二人で入ろうかと言いあっている以上、俺がダンジョン学部を諦めて他の所にするならそっちに目移りしてでも一緒についてくるつもりではあるんだろう。
「たしかに、隆介の言う通りかもな。より長続きさせるためには大学には行くべき……それも、ダンジョンに関わるならなおさら学びの場として提供してくれる以上より高度な人材育成の場としての意味でもそう、ということか」
「まあな。それに、探索者やってましたで高卒と大卒じゃ、頭が悪くて探索者になったのか、大学出たけど仕方なく探索者になったのかがわからんからな。通知表持って後年会社面接に行くわけじゃないんだし、よりよい顔で出迎えてくれるのは大卒の方だろうよ」
たしかに。高校から就職していくにしても、その成績表は有効だろうし、大学卒業してその時にはもう大卒という立派な肩書が付いてるんだからある程度の無理はきく、ということだろうか。大学卒業する時には卒業できる時点で充分学業を修めているということなのだから、大卒の時の成績表はあまり詳しく見られたりしないんだろう。そういう意味でも、大学は入ることの方に大きな意味がある、ということなんだろうな。
「修士や博士コースに行かない間はあまり変わりはない、か。なら、目の前の課題に集中する気になってきたぞ。とりあえず課題は……この旬を過ぎたたい焼きを何日かけて食べきるかだな。さすがにただで配って回るわけにもいかんし、大人しく持って帰って冷凍しておくことにするか」
あと、やっぱりアカネにお供えしておこう。俺達だけでは無理があった、として少しばかりの努力の痕跡を認めてもらうことにするのだ。
家に帰ってアカネがふよふよ浮いているところに焦げ焦げのたい焼きをお供えすると、それなりの神力は得られたが「養殖物はやっぱり駄目ね」と言われてしまった。どうやら道祖神界隈でも養殖と天然の違いがあって、その違いがわかるらしい。
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