295.結婚の挨拶8
騒動の後、約半数の使用人に“背信者”の文字が浮き出た事を知った義父がまた激怒し、しかし全員を辞めさせるわけにもいかないと、厳しい再教育を受けさせる事と性格矯正を条件に、顔の文字を消して欲しいとお願いされた私は、それを快く受けたのである。
ロードは納得していなかったが、そもそも背信者の文字は予想外だったのだから仕方ないだろう。
とはいえ、例の侍女は盗み聞きした事や皆を煽った事で辞めさせられた。
推薦状も勿論貰えないので侍女への再就職は難しいだろう。が、女性と子供に優しいルマンド王国では他にも就職先はあるのでお金が無くなって飢える事はない。働く気がある限りは。
ロードの提案で私とロードの事は人に話せないようにしておいたし、ロヴィンゴッドウェル家の悪口も言えないようにしたので害はないはずだ。
勿論他の使用人も私達の事は話せないようにし、質が悪かった人にはあの侍女と同じようにロヴィンゴッドウェル家の悪口は言えないようにしておいた。
「━━…しかしどうして父上はミヤビ様の嘘に動揺しなかったのですか?」
騒動が多少落ち着いた頃、お義兄さんが義父に不思議そうに質問していた。
「私は“ロードのつがい”を紹介してもらいたくてここに招いたんだ。“精霊様”を紹介して欲しかったわけではない。それに、」
最近辺境伯を継いで王宮に入城出来るようになったお前は知らんと思うが、ミヤビ様が王宮に現れた当初は“人族の神”だと噂されていた。精霊様が嘘ならば、神だろうと見当をつけていたのもある。等とドヤ顔で言い切った義父に、お義兄さんは俺達が悩んだのは何だったんだとへたり込んでしまった。
ロードは呆れたように義父を見ており、お義姉さんは二の句が継げないとばかり口をパクパクさせている。
唯一お義母さんだけが、扇で口元を隠しオホホと笑っているのだ。
「スレイダよ。ヘタレている場合ではないぞ!! 客人に無礼を働いたバカ共を矯正せねば顔向けが出来ん!! 暫くは私もここに滞在するからな!!」
ウォォォォ!! と燃える義父はまさしく脳筋であった。
「大旦那様、私は今回の責任を取り、辞任させていただきます」
家族が一つの目標に向かって決意を新たにしている中突然、ロヴィンゴッドウェル家の筆頭執事であるオリバーさんが言い放ったのだ。
「何だと?」
お義父さんはオリバーさんをギロリと睨み付け、真意を探るようにそのままじっと見つめている。
「使用人を纏める立場でありながら、このような騒動を起こしてしまった事は筆頭執事としての私の力量の無さが原因と言えるでしょう。それに、上の立場の者が責任も取らないというのは、下の者に示しもつきません。どうか家令を辞する事、お許し下さい」
「ぅうむ……」
義父はその言葉を聞き唸り声を上げると、眉をひそめて瞳を閉じ思案し始めた。
確かに、原因になったとはいえ侍女(下の者)を辞めさせたのだがら、上の者がお咎めなしというわけにもいかないのだろう。だが、オリバーさんは長年筆頭執事を勤めてきたいわば義父のよき理解者でありパートナーだ。それをそう簡単に手離したくはないと悩むのは当然だ。
しかし私は知っていた。
いくらオリバーさんを引き留めたとしても、彼の意志が変わる事はないのだと。
何故なら、昨夜ロードが部屋に結界を張った後、私達はオリバーさんから彼がロヴィンゴッドウェル家の執事を辞めるつもりだという事を聞いていたからなのだ。
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昨夜の、結界を張った後の話だ…。
「━━━…私は、人族の神であった“アーディン様”のお力で創られた最初の精霊です」
そう語りだしたオリバーさんに驚いたのは私だけではなかったはずだ。
“アーディン”といえば、トモコのつがいであり、私を憎んで殺した元人族の神の名前だ。
彼は地球に転生していたとはいえ、神王を殺してしまった為に神ではいられなくなった。今は人族に転生し、記憶も無くしただの赤ん坊として生活しているだろう。
「オリバーさん、アーディンは今…」
言いづらいが、もしアーディンが人族に生まれ変わっていると知らないのなら、教えてあげた方が良いだろうと声をかけると、
「存じております。私は…主をお諌めする事の出来なかった無能な精霊なのでございます」
憂いのある表情で呟き、過去を語りだしたのだ。




