265.大きな水晶
ロード視点
あーイライラする。
こんなクソ忙しくてただでさえミヤビとイチャイチャ出来ねぇってのに、高位貴族だか何だか知らねぇがあの魔法研究所の所長…っ「あの黒いもやは闇魔法だと思うのだが、近くで見せてもらいたい」っつって追いかけて来やがって! 王宮に居りゃあ顔を出すし、居なけりゃ居ないで騎士の宿舎まで探しに来る始末だ。
前に、精霊のつがいって事で俺に近付いてくる貴族共は陛下に黙らせてもらったが、それを言っても「私は精霊様のつがいだから君に近付いたのではない。珍しい魔法を見せてもらおうと接触を図ったのだから陛下の命令には背いておらんだろう」と居直りやがるだけだった。
毎日毎日しつこいので、仕方なく黒いもやを出してやったらそれはそれで今度は助手を連れて付きまとうようになり、結局付きまとう人数が増えただけだった。
世界会議が終わったら陛下に言って俺を地方に移動させてもらうか…。
「ロード殿! 待っておったぞ!! もう一度、今度はこの水晶に闇魔法を行使してくれんか!!」
各国の王族を王都を出た所まで見送り、王宮に戻ってきた俺を待ち伏せしていた所長は、バカでけぇ水晶を助手に持たせて瞳を輝かせていた。
悪い奴じゃねぇから質が悪いんだよ。このジジィ。
「悪ぃがこれから陛下の所へ報告に向かうんでな。あんたに構ってる暇はねぇよ」
「そこを何とか!! パッとやってくれりゃ終わる事じゃ」
助手がずいっと水晶を出してくるが、それをやると次はこれ、と結局色々実験させられんだろうが。と足早に陛下の執務室へと逃げ込んだのだ。
「うわぁ…見たことない位大きい水晶ですね」
という声は俺の耳に届かなかった。
あの時ジジィを拒否しなけりゃあんな事にはならなかったのにと、後々後悔する事になるとは思いもよらなかったのだ。
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雅視点
案の定浮島に移り住む件については畏れ多いと言うイアンさんを、拒否権がないと黙らせてから部屋を出て警備が強化されている王宮内をヴェリウスとぶらついていると、人間の赤ちゃん位大きな水晶を抱いた白いローブの人と、同じく白いローブを着たおじいちゃんが、「今日もフラれてしもうたか…」と肩を落としているのが見えてつい声を掛けてしまった。
「うわぁ…見たことない位大きい水晶ですね」
白いローブは教会関係者も着ていたが、それとはまた雰囲気が違い、なんというか研究者っぽい感じを受けなくもない。
そんな2人が声を掛けた私を見てすぐに片膝をつき頭を下げる。
「これは神獣様と精霊様。ご機嫌麗しく…」
「こんにちは。お邪魔しています」
白ローブのおじいちゃんはキリッとした、元騎士ですというようなガタイをした短髪白髪の人で、身体の大きさはロードに負けていない。
もみあげからつながる顎髭と口回りの髭は綺麗に整えられており気品があるナイスガイだ。
今まで見てきた優しげなおじいちゃんや執事おじいちゃん、ギルドの脳筋タイプのおじいちゃんとも違うダンディズムを感じる。
《ミヤビ様、そやつらが持っている水晶ですが、あれは磨き上げられた魔石です》
ヴェリウスが念話で語りかけてきたのでハッとする。
魔石って…大きくても拳大だったよね?
「あの、その水晶は?」
「精霊様はこの水晶に興味がおありですか?」
「そんな大きな水晶初めてで。何に使うものですか?」
興味津々で聞けば、
《ミヤビ様、あまり近付いてはなりません。こやつらにあの魔石で何をされるか分かりませんので》
とヴェリウスに止められる。しかし赤ちゃん位の大きさの魔石を持っている人は、重いのかゼェハァと息切れして腕が震えているのだ。何もしようがないと思う。
「よくぞ聞いて下さいました! これは魔力の属性を調べる事の出来る素晴らしい水晶なのです!!」
おじいちゃんは子供のように瞳を輝かせ、嬉しそうに説明してくれたのだ。
「実はこの水晶、王都の教会にございました物でして。国が回収したものを陛下から直々に調べるようお達しがあり、我が魔法研究所が総力を上げて調査している次第です」
《ねぇヴェリウス、魔石って属性調べる事できたっけ? あれは魔力を貯める事のできる石だったよね?》
《恐らく、魔力を流し込んだ時に魔石の色が属性色に変わる事に気付いた者が、属性を調べる事の出来る石だと勘違いしたのでしょう》
成る程。本来の使用方法とは違うが、それだと確かに属性を調べる事は出来るだろう。
「それで先程ロード殿に魔力を流して貰えるようお願いしていたのですが断られてしまいまして…」
水晶と彼の属性を調査出来るチャンスだったのにと肩を落とすおじいちゃん。その後ろで腕が限界をむかえそうな人が水晶を落としそうだぞ。
「何もロードでなくても、ご自身で魔力を流して見れば良いのでは?」
「それが…私自身には魔力のまの字もないもので」
眉を下げ、困ったように笑うおじいちゃんに『魔力もないのに魔法研究をしておるのか』と呆れた声を上げるヴェリウス。
こら。失礼な事言っちゃいけません。
「フォッフォッ、これは手厳しい事を言われてしまいました。しかし、無いからこそ憧れてしまうのが人間でしてな。
それに、魔素が満ち人々が魔力を取り戻している中、今後起こりうる問題は魔法が関係してくるでしょう。それを未然に防ぐ、又は解決する為にも魔法の研究は、無くてはならないものではないでしょうか」
この人は、先の事を考えて魔法の研究をしているのか。
案外真面目な答えに感心して頷いたのだ。




