262.ヴェリウスの宣言
「━━━…いや、何この状況」
ロードの膝の上に乗せられ(そこまではいつも通りだが)、見える景色は機密文書らしい書類の束。
背中はロード、正面は机に挟まれ動く事もままならない。
しかもさっきから頭髪や耳、うなじをすんすんと匂われるという変態行為付きだ。
「あ~良い匂いだなぁ。可愛いなぁ。食っちまいてぇ!!」
「ロードサン、止めてもらえマスカ」
この変態ゴリラから距離を取ろうにも、腰に腕が回されてガッチリ固定されている為不可能である。
『つがいと離れ過ぎていた事による反動ですね』
冷静にそう言うのはヴェリウスで、呆れ顔をこちらに向けており助ける気はなさそうだ。
「全然帰って来なかったロードがいきなり帰って来たと思ったら、王宮に連れ去られてこの状況…戸惑いしかない」
『諦めて下さい。世界会議が終わるまではこれが続くでしょう』
「世界会議って一週間後に始まるやつだよね!? 一週間もこのままなの!?」
『正確には10日間です。ミヤビ様』
「10日!?」
10日も理解不能な書類を見続け、匂いを嗅がれ、執務室に入ってきたロードの部下にぎょっとされるという羞恥に耐えねばならんのか!?
「嫌だーー! 何が嫌ってロードの部下のぎょっとした後のあの憐れんだような、それでいて羨ましそうな目が恥ずかしいんだよ!!」
『……』
憐れんだような目で無言を返されがっくり項垂れる。
「早く来い!! 世界会議!!」
全く楽しみでもないのに、私にそう叫ばせる世界会議はきっちり一週間後にやって来たのだ。
◇◇◇
前々日から当日にかけて次々と豪奢な馬車が王宮の前に停車し、これまた次々と豪華な装飾品を身に付けた紳士や、きらびやかなドレスを着たご婦人方が降りてくる。
ザ・王様!! という人もいれば、わりとシンプルな装いの人も居て、見ている方からすれば世界中の服が見られて楽しかったりする。
ちなみに私はロードの執務室に閉じ込められており、その様子を窓からコソコソとうかがっている。
ロードは騎士として仕事をしている為ここには居ない。
それなら深淵の森に帰ってもいいだろうに、それはダメらしい。理不尽だ。
『ミヤビ様、会議が始まる時間まではお側に居りますのでご機嫌をお直し下さい』
クゥーンと足元にすり寄ってくるヴェリウスを抱き締めた。
「この一週間家にはお風呂入る程度しか帰ってないよ…寝る時もこの執務室に隣接してる仮眠室でだし」
『ロードはそれだけミヤビ様を離したくはないのでしょう。蜜月休暇を満足にもらえない場合、仕事場につがいを連れ込む者もいるようですが、それは雇い主の責任ですので連れ込んだ人族を非難する者はおりません。ご安心下さい』
つがいを連れ込んだ人族を非難する者はいなくても、つがいは迷惑だろう。それに蜜月休暇は出会った当初にとっていた記憶がある。
「…ヴェリウスは会議で教会の取り潰しについてを王様達に伝えるんだよね?」
『はい。しかしそれだけではありません。各国の教会でも背信者は居りますのでその者らの引き渡し、もしくは処罰と今後の対策等を言及していきます』
一切取り逃がす気はありません。と目を据わらせて言うものだから変な汗をかいた。
宜しく頼むね。と軽く頭を撫でて何とか話題を変え、お茶を飲みつつ会話をしているとあっという間に時間が経つ。
昼食を終えた後、ヴェリウスが会議に行ってしまってからが暇で、執務室のソファでゴロリと横になってボーッと過ごしていたのだ。
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ヴェリウス視点
私はミヤビ様との楽しい昼食をとった後、世界会議に参加する為移動した。
私が会議室に現れるとルマンド国の者以外がざわめき、慌てて頭を垂れる。
ルマンド国王は人間達のいう上座という方へ私を案内し、そこに設置されていた他よりも大きな椅子…ソファへと座るよう案内したのだ。
悪くはないが、ミヤビ様の用意してくださった“人をダメにするエアソファ”というもののほうが、包み込むような座り心地で断然良い。そこで昼寝をするのが至極の一時であり、私のお気に入りの一つだ。
『さて、各国の王よ。私がここに顕現したのは神王様のご意志を伝える為である。心して聞くが良い』
頭を垂れる王達の前で宣言すれば奴等は動揺し、室内にどよめきが起きたのである。
さすがにルマンド国王のように土下座をする者は居らぬが、片膝をつき頭を垂れる王達は中々に堂に入っている。
13人の様々な種族の王達は、今回の一件の情報を事前に入手していたのだろう。騒がしくはあるが戸惑う様子はない。
まぁそうでなくては国王なぞやってはいけぬかと一人頷き室内を見渡す。
室内に居るのは各国の王とその通訳のみで、護衛等は別室へ待機しているようだ。私ならばこのような場では神王様から離れぬが、人間共め。己の主を一人にするとは何と警戒心の薄い事か。
呆れもあったが今はそのような事を考えている時ではないと切り替える。
『今回の一件、知らぬ者は居るか』
問うがそのような愚か者は居ないようだと話を続けた。
『ならば経緯は省略するが良いな』
ルマンド国王が王達の反応を見て、「問題ございません」と返事をしたので要点を話す事にした。
『今回の教会の一件で神王様は大変お心を傷められておる。貴様ら人間の愚かな行いが我が主を傷つけたのだ』
己の言葉にまたふつふつと怒りが湧き、部屋の温度が私の神力のせいで下がる。ヒッと声が上がるがそれを睨み付け続ける。
『彼の御方が教会の取り潰しという軽い罰を望まれた事に感謝する事だ』
睨み付けた者はガクガクと震え、ルマンド国王に支えられている。ルマンド国王はヘタレだが、この程度の脅しは慣れているのだろうとロードやルーベンスの事を思い出す。
『しかし、今回の一件が自国には関係無いと考えている者はまさか居らぬとは思うが、念の為に言っておく。
貴様らの国に存在する教会も一つ残らず取り潰しの上、教会関係者及び民や貴族、王族であろうと神王様を排斥しようとした者は処罰せよ。それが出来ぬ場合は我らが特別に赴き排除する(国ごとな)』
私の言葉に顔色を変えた王達は、口をパクパクさせる者や見るからに青くなる者、考え込む者など様々だ。
『教会は今からひと月後、貴様らが国に帰り国民にこの話を周知させた頃に一斉に消える。さらに背信者の捕縛に関しては半年猶予をやろう』
優しい私はひと月の猶予を与えてやった。
これで民に周知出来なかったとしてもその国の責任だ。背信者の捕縛に関してもかなりの期間猶予をやったのだ。もし仮に一人でも逃がすような事があればその国は消す。容赦はしない。
そう伝えれば、各国の王は真っ青な顔をして頭を垂れ、話し終えた私が転移するまで誰一人微動だにはしなかったのだ。
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ロリーオ・ルマンド国王視点
神獣様がいらっしゃらなくなった途端、室内は大パニックとなった。
遠方から来られた王は次々と私に、「申し訳ないが早々に帰国させて頂きたい」と申し出て慌てて部屋を出て行き、近場からの王すらも早急に手紙を出したいと声を掛けられ客室に籠ってしまわれた。
残ったのは私とルーベンスだけで、先程まで張りつめていた空気は霧散したのだ。
「あっ僕…私達も国民への周知と背信者の捕縛を急がなくちゃ…ッ」
ホッと気をゆるめたのもつかの間、ハッとして席を立てば、
「陛下、それはもう指示済みです。今頃地方へは騎士達が向かっておりますし、世界会議が終わり次第、第1、第2の騎士達も向かわせます」
さすがルーベンスだ。すでに色々と手配済みらしい。
だけど…
「神獣様は教会関係者だけでなく、民までも背信者は全て捕らえよと言われていたけど、かなり難しい事だよね。一人でも逃すと国が無くなるって脅されたけど…」
無理難題を神から与えられ、もはやこれは人類滅亡のカウントダウンではないだろうかという気にもさせられる。
「…最悪我らにはミヤビ殿が居られる。国を滅ぼされることはないかと思うがね」
ボソリと呟いたルーベンスの声は僕の耳には届かず、その半年間は生きた心地がしなかった。




