230.嫌な予感
さて困った…。お嬢様を助けるにしても、結局聖女を止めなければ教会からは出られない。しかし聖女を止めれば家から追い出される。そのまま放っておけば一生監禁されて金ヅル扱い。どちらにしてもお嬢様が泣く未来しか想像出来ない。
家から追い出されたお嬢様が生きていけるかというと……庶民の暮らしに馴染めば子供は皆で育てようがモットーの大人達が助けてくれるだろうが、生粋の貴族だと難しいかもしれない。
「オメェが悩む必要はねぇだろ。カルロが何とかしてくれるってんだから任せろよ。オメェは何もするな。一切関わるんじゃねぇ」
カルロさんは自ら何とかしてやるって宣言してないから。ロードが勝手に押し付けただけだから。
「どうして今回はそんなに遠ざけようとするの? いつもは関わったら仕様がないなって付き合ってくれるのに」
今回のロードは頑なに関わるなと言ってくる。
いつもなら困っている人は見捨てない腐っても騎士なロードなのに、今回は子供が困っているにも関わらず私どころか自らも遠ざけようとしているように感じる。
「……“聖女”だの“教会”だの、今回ばかりは相手が悪ぃ。俺ぁ奴らにミヤビを関わらせたくねぇんだよ」
バイリン国の件で教会関係者が関わってたって聞いた時から嫌な予感しかしねぇんだ。というロードは真剣で、その雰囲気に負け反論も出来なかった。
嫌な予感か━━━…
◇◇◇
数日後、ルマンド王国から“聖女”が誕生した事が大々的に発表され、その聖女が国王に謁見する事になったのだと街の噂で知った。
謁見当日は多くの教会関係者が集まるらしく、謁見を終えれば次は世界各国の首脳陣がルマンド王国へとやって来るらしい。勿論聖女に会う為に。
その事から、今王宮は大忙しなのだ。
勿論ロードもカルロさんも警備に関しての打ち合わせが連日続いている。
何しろ聖女の為に集まる各国の首脳陣は、せっかく集まるのだからと“世界会議”をルマンド王国で行う事を決定したのだ。
とはいえそれは3ヶ月後なのだが。
聖女のルマンド国王への謁見は1ヶ月後に迫っているわけだから、騎士からしてみればてんてこ舞い状態だろう。
さらに第3師団の騎士達は、聖女を一目見ようと王都へやって来る人の対応に追われるのではないかと予想されている。
実際王都の宿屋はそれを見込んでバタバタと忙しない。
「後1週間もすれば王都は人で溢れかえるだろうね」
とはトリミーさんの言葉だ。
面倒そうなので聖女ブームの最中は店を閉めようかとトモコと話しているのだが、いの一番に賛成したのはロードであった。
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ロード視点
「まさか“聖女様”を丸投げされるとは思ってもみなかったよ」
溜め息を吐きながらジトリとこちらを見てくるカルロに、オメェなら上手くやれるだろうがと嘯きながら教会からの要求に眉をひそめる。
「聖女を手に入れた位で図に乗りやがって」
「教会からの書面かい?」
カルロがその書類を覗いてくるのでああと頷いて見せてやる。
「“聖女の為の神殿を新たに建設し、聖女の生活を整える為の金を寄越せ”だとよ」
信者から腐るほど金を巻き上げているくせによく言うと苛立つ。
「まぁベルーナ嬢は表向きはルマンド王国の国民だからね。実際は教会側が己の物のように扱っているけれど」
「こういう時だけ都合の良いこった」
にしてもこの予算はありえないね…。と書類に目を通したカルロは呆れたように言って机へと戻した。
俺の執務室の机には最近ミヤビが流通させた“和紙”が大量に重なり山となっている。
教会からの書類もその和紙が活用されている事からもわかるように、宰相が買い取った和紙の権利はフル活用されあっという間に普及させ、短期間でありながら世界各国が求めてやまない物となった。
ルマンド王国が和紙で懐を潤わせているのは確かだ。神殿の一つや二つ痛くも痒くもない出費だろう。
しかし、教会側が神殿を建てさせそこへ聖女を迎えるだけで終わるはずがない。こんなに堂々と予算の水増しをしてくる相手だ。
嫌な予感しかしねぇのは、俺の気のせいじゃないはずだ。
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???視点
「━━…神王は我らを見限ったのだ! そんなものをいつまでも崇めて良いはずがない!!」
「教会の象徴を変えるべきではないのか!!」
この者達は何を言っているのだろうか。
この世界は神王様が創造された世界。
勿論我々人間も、神々すらも神王様が創られたのだ。
にも関わらず、“見限ったから崇める必要はない”だと?
例え神王様に見限られ世界が滅ぼうとも、それは運命として受け入れるべきなのだ。
そもそも、神王様が世界を見限ったとすれば、再び魔素が満ちるはずはない。こうして我らが生きている事もないというのに、何故それがこの愚か者共には分からないのか。
私にはこの者達が何か得体の知れぬ化け物に見える。
こういった者が一部とはいえ教会に居るのは事実。そして理解は出来ないが支持者を増やしている事もまた事実なのだ。
私は足早にそこから立ち去りながらある噂を思い出していた。
“聖女”の存在だ。
私の一番の懸念はその存在にある。
我ら聖職者が“聖女”、“聖人”と呼ぶ者は“聖魔法”の適性があるだけの人間ではない。
本来の“聖女”、“聖人”は世界と神と人を繋ぐ能力のある者を言う。
“神の声”、“世界の声”を聞き、正しくそれを人々に伝える事こそが本来の役割だ。“聖魔法”など付属物にすぎぬもの。
それすらも分からぬ者共が昨今の教会には増えすぎた。
そのような者達が連れてきた“聖女”という少女は危険な存在だ。
「……アーディン様、私は人族の聖職者、“聖人”の一人としてこの腐敗した教会を見過ごすわけには参りません。その“御声”が聞こえなくなり久しいですが、我ら“聖職者”は常に主と共に…」
私は自身の作った木彫りのアーディン様像と神王様の像の前で再び誓ったのだ。
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雅視点
「へっぷち!」
鼻水がちゅるんと出て唾が飛び散る。
「ちょっとみーちゃん、ハンカチで口元押さえてくしゃみしてよ~」
「ゴメン、くしゃみが突然出た」
ティッシュで出てきた鼻水をとりながら噂されてるのかなぁと笑えば、神王様だしね~と返された言葉に首を捻る。
「神王って噂されるような存在なの?」
「世界で一番有名でしょ」
それにしても神様を噂する人っているの? と疑問に思いながらも下らない内容だったので深堀りする事を止めたのだ。
最近はルーベンスさんもロードも忙しいらしく、お店もお休みにしている為にトモコと二人家でゴロゴロしている。
ヴェリウスが居ればブラッシングをしてあげるのだが、あいにく今日は留守である。
「ヴェリウスもショコラもいないし……どこ行ってるんだろ?」
「マカロンならその辺に居るけどね~」
マカロンは留守番だと知ったが、特にマカロンと遊ぶ内容も思い付かなかったのでスルーした。
「何だかんだ最近忙しくしてたから、こう何もする事が無いと暇に感じるよね」
「2年も森に閉じこもってたみーちゃんが暇だと!? よしっ冒険だ!!」
何でだよ。
ラグマットの上で寝転びマンガを読んでいたトモコは立ち上がり、さあ行こう!! 等と言い出したので呆れる。
本当に冒険に行く気かと聞けば勿論だよと意気揚々と準備し始めるものだからこちらも慌てて立ち上がった。
「ちょ、どこに行くの!?」
「そりゃ行く所は一つしかないでしょ」
それから彼女はニヤリと笑い胸を張って言ったのだ。
「教会だよ!!」




