191.100万ジットの使い途
今、私の財布(革の袋)の中には苦労して貯めた100万ジットがある! それを腕の中に抱えてある店の前に立っているのだ。
「たのもー…じゃない。おはようございま~す」
ゴクリと唾を飲み込み、カランカランと鳴る扉を開く。
店内をぐるりと見渡し、はぁ~と大きく息を吐いた。
清潔感のある落ち着いたウッド調の店内には、棚一杯に並ぶ缶のような入れ物。そして紅茶の良い香り。
カウンターと椅子が二脚のみという、隠れ家のカフェのような可愛くてほっとする空間だ。
なんとも良い雰囲気の漂う店内にうっとりしていると、
「いらっしゃい」
店の奥から恰幅のいい50代位だろうか……女性が出て来た。
「珍しいねぇ。こんな早くからお客さんが来るなんて」
と人好きする笑顔で迎えてくれる女性に、高鳴る胸を抑えながら話し掛ける。
「お、おはようございます! あのっ ━━…」
◇◇◇
「フフフッ まさか100万ジットって冗談で付けてた値段のボロ小屋を本当に買いに来るお客さんがいたなんてねぇ」
「冗談……」
何だ……冗談だったのか。
「あぁ、あぁ、そんなに落ち込むんじゃないよ。あのボロ小屋はね━━…」
女性は困ったような顔をして話し始めた。
ふた月前、100万ジットという驚きの安さで売りに出ていた家…というよりは小屋を、王都の端っこの路地裏で偶々見つけた私は、これは良い!! と小屋に貼られていた物件情報の紙を剥がして家に持ち帰ったのである。
直ぐトモコにその用紙を見せて説明した所、実際に見てみたいというのでまた転移して二人、見に行ったのだ。
「みーちゃん!! これは良いよッ この小ささが可愛い! 王都なのに100万とか破格すぎるし、路地裏って所も素敵!!」
とはしゃぎ喜んでくれた。
そう。探していたのは私達の“夢の城”、服屋を始める店舗だった。
勿論浮島のエルフ街が本店(まだ開店していない)ではあるが、なんせ人が少なくエルフと神々の推薦人しかいない。その為、王都で店を構えてみようかという話になったのだ。
しかし、この時私達にはこの世界のお金がなかった。無一文だった。
まさかロードから巻き上げる訳にもいかず、お互いお金をどう貯めるか模索中であった。
そしてトモコが神の仕事で忙しくしている最中、私がお金を貯める事に成功し、こうしてその物件を購入しに来たという訳なのだ。
しかしどうやら、この小屋は100万ジットで売ってはくれないかもしれない。という危機に瀕している。
それが今だ。
売り物件の隣にあるお店…どうやら茶葉専門店のようなのだが、ここの主が狙っている物件を売り出しているとの事でやって来たというのに、冗談だったと言われた。
「もう取り壊さないといけないようなボロ小屋なんだけど、アタシもお金が必要でね。本当にあんなボロを100万で買ってくれるのかい?」
あれ? 冗談と言われたが100万ジットで売ってくれそうだぞ?
「今もまだ大工は不足しているし、建て替えるのは難しいだろう? となると買う人はいないんだ。ただでさえ王都の端っこの上、路地裏なんてね。だから、それでも100万ジットで買ってもらえるならアタシは助かるんだがねぇ」
成る程、大工不足で小屋の建て替えが難しいから本当は二束三文なのかぁ。
というか、そんな事を正直に言ってしまうこの人が心配だよ。
「売って下さるなら勿論買います!」
とはいえ、100万ジットで夢の城が買えるなら買わせて頂きますよ!!
◇◇◇
「足元気をつけろよーい!」
「そこの角材持ってきてくれー!!」
「もうちょい手前に引けっ」
トントンカンカン、活気溢れる声と音が静かな路地に響く。
私とトモコはそれを少し離れた所で見上げながらにんまりと笑い合ったのだ。
100万ジットで念願の城(ボロ小屋)を買い取ると言った私は、あの後女性と共に“商業ギルド”へと赴き、契約書の取り交わしと支払いを済ませてから深淵の森へと帰った。
トモコにボロ小屋を購入した事を伝え、サンショー兄さんを訪ねたのはすぐの事だ。
そう、サンショー兄さんは大工さん(擬き)!
ボロ小屋を建て替えてもらう相談をしに行ったのである。
え? 神王の力で何とかなるだろう?
いやいや、さすがに大工工事もなくあのボロ小屋が立派なお店になっていたら怪しまれるだろう。さすがの私もそこは分かっているのだよ。
そんなわけでサンショー兄さん率いる珍獣村の大工(擬き)連中に依頼した訳なのだが、勿論即快諾頂きました。
彼らはすぐに深淵の森の木々を材料にして、依頼した翌日からこうして工事に取り掛かってくれているわけです。
狭小店舗なので3階建てを希望します。




