176.ルーベンスさんとカルロさん
「貴方が私を呼び出すとは、珍しい事もあるものだ」
ルーベンスさんは皮肉な笑みを浮かべると、正反対の柔らかい笑みを浮かべたカルロさんに席へ座るよう促され、ソファへと腰を下ろした。
「このパイは我が家の料理人が作ってくれましてね、とても美味いと評判なのですよ」
カルロさんはルーベンスさんにそのパイを切り分けてあげている。ルーベンスさんは無表情だ。
カルロさんがおすすめするパイをずっと目で追っていたら、ヨダレが出てきた。
ぐぅ~とお腹がなるのもヨダレが出るのもお昼ご飯を食べていないからだ。
二人…というよりカルロさんが一方的に世間話をしており、ルーベンスさんは優雅にお茶を飲んでいるだけで、しかしそんな時間が10分程続いた所でルーベンスさんが沈黙を破った。
「貴方はそんなくだらない話をする為に私を呼んだのかね」
刹那、カルロさんから笑みが消え、氷の眼力を持つルーベンスさんとにらみ合うように場が静まった。
ふぅ…という溜め息にも近い息を吐いたカルロさんは、その緊張した空気を少しゆるめて言った。
「ルーテル卿、貴方が精霊様を養女にしたという噂が出回っているようですが、一体なんのおつもりか」
「たかが噂で師団長という立場の貴方が私を呼び出した、と?」
「……その立場故に呼び出したのだ。貴方はこの国の宰相という立場ではあるが、最近は目に余るものがある。さらに今回の養女の件。越権行為が過ぎるのではないか」
二人の間に火花が散る。
「ほぅ、噂程度で越権行為とは、そちらこそ越権行為にあたるのではないかね」
「ただの噂話だと?」
しらを切るのかとルーベンスさんを見るカルロさん。
この二人は仲が悪いのだろうか?
「私がいつ、精霊様を養女にしたと言ったのかね?」
養女にされた覚えはないものなぁ。
まぁルーベンスさんだけは私が精霊じゃない事も分かってるみたいだし。
「……ロードのつがいだ」
「そんな事は知っているが」
ルーベンスさんは余裕綽々で紅茶を飲む。
パイは食べないのかと見るが、一口も食べてはいなかった。
最近は私が持ってくるお土産を口にしているからだろうか、舌が肥えているらしい。
一度レシピを教えてくれと言われたので、ロードに聞いてくれと伝えたら微妙な顔をされた事を思い出す。
「私は、「カルロ・ノーム・ブランチャード第2師団長殿」っ…」
「これでも私は忙しくてね。用が無いのならそろそろお暇させていただく」
ルーベンスさんは有無を言わさず立ち上がると、カルロさんを一瞥することもなく、優雅に部屋を出ていったのだ。
それを何だったんだ? と眺めていると、カルロさんがはぁ…と色っぽい溜め息を吐き、机の上の手をつけられなかった菓子達を見て呟く。
「……ロードにでも持って行ってやるか」
ロードの所に戻るかな。
カルロさんの呟きにロードの執務室へ行く事を決心した私は、そのまま転移したのだ。
「もう、魔族に国は……」
カルロさんが何やら呟いていたが、よく聞こえなかった事と興味がパイに移っていた事で、その言葉は頭の隅にも残らなかったのだ。
◇◇◇
「ロードっお茶の準備して!!」
転移した途端、ワクワクしながら叫べば、
『ミヤビ様、勿論お茶は準備致しましょう。深淵の森に、ですが』
「ヴェ、リウスさん……」
『さぁ、戻りますよ』
「いや、今からパイが『パイならばどのようなパイでも用意させます故、ウチでゆるりと過ごしましょう』」
微笑んでいるつもりらしいヴェリウスは、口から牙が見え隠れしていてそれはもう恐ろしい笑顔(?)だ。
「ミヤビ、諦めろ。契約書の件と噂がヴェリウスの耳に入ったんだ」
いつもならすぐに飛び付いてくるはずがそれもなく、珍しく執務机に座っているロードに首を傾げる。
「ロード?」
「…っミヤビ、そんな可愛い顔すんなっ 俺だって今すぐ抱き締めてやりてぇよ!! けどな…っ」
様子がおかしいので近付いて見ると、椅子に座っているロードは、下半身が椅子ごと凍らされていたのだ。
『ミヤビ様、そのバカの下半身は私が凍らせました』
犯人が自ら名乗りを上げ、胸を張っている。そしてふわっふわの尻尾をブンブン振っている。
ヴェリウスだ。
怖すぎるお仕置きに血の気が引いた。
「ヴェリウス…」
『何でしょうかミヤビ様』
「か、帰ろうか…」
『はい!!』
あまりの恐ろしさに震えながらヴェリウスの言う事を聞けば、彼女は嬉しそうに私の服の裾を甘噛みして深淵の森へ転移したのだった。
帰った後はお茶会という名のお説教タイムが3時間続き、冷めきったパイを食べさせて貰えたのはお説教後であった。
美味しかったけど、作りたてのパイが食べたかった。そして変な時間に食べてしまったので晩御飯が抜きになったのは、ヴェリウスのお仕置きの一環だと思っている。
ロードは…その日帰っては来なかった。
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【お前の“王”は情けない男だな。お前の“忠誠心”にも応えられない弱い男だ】
「…………」
【子供まで捧げたというのにな】
「…………」
【黙りか。お前もまたつまらない人間だ】
「……その人間に取引を持ちかけて来た方がよく言う」
【黙れよ、人間】
「黙るとつまらない、喋ると黙れとは矛盾されているようだが?」
【……ふんっお前はただ言う事を聞いていればいいんだ。“王”を失いたくないのならな】
「…………」




