174.神王と神の神域の差
ロードの部下視点
「まさかあのお嬢さんが師団長のつがいだったなんて……っ」
「師団長かっけ~!!」
第3師団の師団長のつがいは人族の神に仕える精霊様だというのは有名な話だ。
自分は今までお見かけする事が無かったが、隊長や副隊長は偶々遭遇した事があったらしく、他の騎士達からも色々と質問されている所を食堂でよく見かけた。
しかし2人は言葉を濁していたから口止めされていたのだろうと思っていたんだけど……。
「しっかし、精霊様は見目麗しいって聞いてきたんだけどなぁ~親しみ易い外見の子供だったな」
さっきまで精霊様の怒りに触れるんじゃないかと、震えていた奴とは思えない態度の同僚に呆れた視線を送る。
「おい、滅多な事を言うんじゃない」
「だってあの師団長のつがいだぜ。オレはもっとボンッキュッボンッの大人なお姉さんかと思ってたんだけどな~」
「まだ子供なんだ。バカな事を言うなよ」
「あ~…まぁあの年齢にしちゃ胸はあったよな」
失礼極まりない同僚だが、獣人の男はこんなものだと早々に諦める。
「お前、師団長の前で絶対そんな事を言うなよ」
このバカなら口が滑りそうだと注意すれば、「言うわけないだろ」と唇を尖らしているので子供かと呆れる。
「はぁ…報告書を提出しないと」
「だな~。精霊様だったなら何の問題もねぇし、適当に書いて帰ろうぜ」
やる気のない同僚と共に取調室を出ると、俺達は事務室へと向かった。
「つーかさ、精霊様はなんで早く自分は精霊だって言わなかったんだ?」
「まだ子供だったからな。きっとパニックになってたんだろうね。可哀想に」
師団長に抱き上げられていた精霊様のお顔は安心しきっていたのだ。きっと拘束され狭い部屋に閉じ込めてられて怖かったに違いない。
だからこそつがいである師団長が自分達を罰しなかった事に驚いた。
人族なら普通、つがいを怖がらせた時点で相手が誰であろうとボコボコにする。俺なら妻が拘束されたと聞いた瞬間に捕らえた騎士をボコボコにするだろう。
やはり師団長ともなると人間が出来ているのだと素直に尊敬してしまう。
まさか人族の本能をコントロール出来るなんて。
俺はとんでもない方の下にいるのだと改めて思ったのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雅視点
「契約書を見せてみろ」
ロードの執務室に連れて行かれ、ソファに降ろされた私は今、横柄な態度のヤクザに見下ろされて契約書を出せと脅されている。
「……変な契約はしてないよ」
「それを今から確認するから出せって言ってんだ」
出された手のひらに渋々乗せれば、受け取ったロードは隣に腰かけて巻物のように巻かれた契約書を睨むように見ている。
「見たことねぇ模様で封がされてんな。オメェの力の気配がある」
魔方陣のような模様をした封と私に訝しげな視線を送り、封に指先で触れる。
するとその模様が光を帯び、ハラリと丸まっていた紙が開いたのだ。
「何々……」
驚く事もなく契約書を読み始めるロードに、大分神側に染まったなと思う。
ロード自身が神になったのでそうなのだろうが、順応が早すぎやしないだろうか。
「おかしな事は書かれていないようだな」
ホッとしたような、でも悔しそうな顔をして呟いたロードにどや顔をしたら頭をこづかれた。
「オメェなぁ、こういう契約事は必ず俺かヴェリウスを通せよな。“深淵の森”は他の神域と違う事もいい加減自覚しろや」
「え? 他の神域と何が違うの??」
他の神域と何処が違うのか分からず聞けば、ロードがコイツマジで言ってんのかという顔で見てきたので恥ずかしくなってきた。
「えっと…あ、珍獣達が居る所は違うよね!」
それ位しか思い付かないのでそう言ってロードの様子を伺う。
「オメェ…」
今度は片手で顔を覆うと天を仰いだ。
「違うの?」
恐る恐る聞けば、私を抱き上げ膝の上に座らせると後ろから巻き付くようにお腹に腕を回され、肩に額を擦り付けられた。
頬に髪の毛が当たってくすぐったい。
「……ミヤビは“神王”だろうが」
「そうだね?」
はっきり言ってくれないロードに焦れる。
「はぁ。神王の神域が他の神の神域と同じわけがねぇだろ」
バカかオメェはなどと暴言を吐いてくるこの男は本当に夫なのだろうか。
「神王も神も、“神域”は“神域”なんだから一緒じゃないの?」
「ならテメェは、市民の家と王様の家は同じに見えんのか」
ロードの言葉に目から鱗の心境だ。
「成る程、確かにログハウスとお城では全然違う!!」
しかし、元人族の神であったアーディンの神域にはウチよりも遥かに立派な神殿が建っていた。
むしろアーディンの神域がお城でウチがログハウスなのではないかと問えば、ロードはガックリして言った。
「見た目じゃねぇよ。むしろ珍獣村や浄水場等の施設がある時点で見た目も負けてねぇから」
「あ、確かに」
ケラケラ笑っていれば「そうじゃねぇ」とツッコまれる。
「あのな、神王の神域は神王の力が満ちてんだろ。普通の神なんてゴミみてぇに思える力だ。そんな力の影響をモロに受けたのがお前の言う珍獣達。で、見た目からはわからねぇかもしれないが、他の動植物も少なからず影響を受けている。オメェが好きなヤコウ鳥なんて見た目も変わっちまってる。奴ら昔は50センチからデカくて1メートルだったが、今じゃ2メートル越えがウジャウジャいるんだぜ」
「へぇ~」
「へぇじゃねえ。分かってんのか? そんな場所に普通の人間が狩りに入るんだぞ」
ロードの話に振り返り顔を見た。
軽い声のトーンとは違い、真剣な瞳のロードは私を見て言ったのだ。
「オメェと初めて会った時の事を覚えているか?」
「覚えてるよ。あの時ロードは瀕死で……あ゛」
人間だったとはいえ、ロードは人間の中では他国の人に知られる程強かったらしい。そんなロードより明らかに弱い冒険者がロードが死にそうになった森で狩りなど出来るのか。
答えは“否”である。
しかしもう契約を交わしてしまった後である。
冷や汗が流れ出した私を見て、ロードは大きな溜め息を吐いたのだ。




