157.新たなエルフ神
『うむ。ならば力の継承を認めよう』
ヴェリウスの一言にギョッとしているアルフォンス君。
おじいちゃん神はニコニコと笑って、「はて? 飯はまだかいなぁ」と言い出した。やはりボケてはいるようだ。
『ボケたりまともになったり、忙しい奴だ』
「ちょ、待てよ!!」
キムタク!?
アルフォンス君がかなり動揺しているが、どうやら引き継ぎは決定してしまった。
「オレはっ神とかんな偉いもんにはなれねぇよ!? ただのエルフだし、それに、いつか世界中を旅してぇって思ってっし!!」
『ふむ。ならばなおさら神になった方がいいと思うが?』
「え?」
ヴェリウスとアルフォンス君の会話を聞きながらロードを見れば、興味がないのか私を愛しそうに見つめていた。
「ロードサン、そんな慈愛溢れる瞳で見つめられましても……」
「慈愛じゃねぇ。欲情した目で見つめてる」
「それ余計ダメなやつだよね」
身体を触ってくるのでバシバシロードの手を叩いて攻防を繰り広げていれば、ヴェリウス達の話が聞こえてくる。
『エルフは今や幻の種族。御主がエルフのまま旅をすればその珍しさから狩られるのがオチだろう。しかし、神ならばその心配はない』
「いやいや、神は旅なんてしねぇだろ!? あそこで下界を見下ろして守護やら加護やら与えてんじゃねぇのかよ!?」
アルフォンス君は天空神殿を指差してもっともな事を言っている。私も知り合いの神以外の行動はよく知らないが、アルフォンス君の言っている事と変わらないイメージを持っているのだ。
『そんな神もいるが、旅をしている神もいる。皆それぞれ好き勝手に生きておるぞ。与えられた仕事はきちんとこなしているがな』
「マジかよ……」
ヴェリウスの話を聞いて心が神に傾いているアルフォンス君。チョロいな。
『その証拠に、神王様は北の国に他神を連れて旅に出られていたし、その前はバイリン国にも出向かれている。さらにルマンド王国にもな』
ヴェリウスがこっちを見てくるので首を傾げた。
「!? し…んおう、様かよ……」
『御主は分かっていたのだろう?』
「……確かに、アイツ…あの御方だけ、キラキラして視えたけど…ッ だからって“神王様”だなんて思いもしなかったっつーか、大体“神王様”は御隠れになってるって聞いてっし!」
アルフォンス君までこっちを見てきたので、ロードが私の姿を見せないように隠した。引き続きヤキモチを妬いているようだ。
「ロードはヤキモチ焼きだねぇ」
「ったりめぇだろうが。他の男にジロジロつがいを見せたがる奴ぁいねぇよ」
アルフォンス君は私に対して邪な思いは一切無いだろうに、ロードはそれでもダメらしい。やはりヤンキーはヤクザからしたら目に付くのだろうか。
『しかし、御主の目の前におわす御方は間違いなく神王様である。“視える”のだからすぐに分かるだろう』
「そりゃ今までキラキラしてる奴なんて見た事ねぇけど、突然そんな事言われても困るっての! せ、精霊かなとは思ってたけどよ……」
『ほう、神王様を精霊などと勘違いしておったとはな。何処かの馬鹿と同じか』
そういえばロードも出会った時にそんな事言ってたっけ?
「せ、精霊はエルフよりも綺麗だって聞いてたから。キラキラして、綺麗だと思って……」
え? アルフォンス君、今エルフより綺麗って言った?
「あのガキ……っっ 今すぐ消す!!」
ロードの顔が悪鬼化してるんですけどォォォ!?
「ろろろろ、ロードさぁん!? あれは多分神王の力がキラキラしてたから綺麗って事だよ!? そんな悪鬼化する程の事じゃないよっ」
身体から黒いオーラを出し始めたロードに落ち着いてと繰り返すが一向にオーラは収まらない。むしろ床にドライアイスのように広がっていく事から、オーラではなく邪悪な暗黒闘気か何かだと察する。
「ヴェリウスーー!!」
止まらないロードの暴走に、ヴェリえもんを呼ぶ羽目になったが、アルフォンス君のエルフ神引き継ぎは、正気に戻ったおじいちゃん神が何の問題もなく終わらせたのだった。
後日、新たなエルフ族の神の誕生に祝詞をあげさせられたのだが、またもやロードが悪鬼となり暴走してしまったのはご愛嬌だろう。
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【━━…エルフ族の引っ越しにに新たなエルフ族の神の誕生。随分と盛り沢山だねぇ。
で、“例の人族の神”は“あの方”に対してどう接していたんだい? ルーベンス】
「……エルフ族の引っ越しを共にされておりました」
【そう。引っ越しを……ッ たかがエルフの引っ越しを、“あの方”に手伝わせていたのかっ あの、“人族の神”は! 僕のっ、僕の“あの方”に…!!】
「…………」
【ルーベンス!! お前は引き続き“人族の神”を監視しろ!! くれぐれも神獣にバレないようにな!!】
「……はっ」
滞りなくエルフ神の力の継承をしたアルフォンス君だが、住んでいる場所はエルフ街である。
エルフ街がエルフ族の神、アルフォンス君の神域となったのだが、他のエルフはアルフォンス君が神になった事は知らないままだ。
知るのはデリキャットさんとギルフォードさんのみなのだが、理由は簡単である。
「オレが神になったとか誰にも知られたくねぇ!!」
とアルフォンス君本人が知られるのを嫌がったのだ。
とはいえ、アルフォンス君の精霊が顕現するわけで、エルフ街をうろうろするならデリキャットさんやリーダーのギルフォードさんには知ってもらっていないと不味いという事で、2人だけは知るところとなった。
ちなみに精霊達は、見た目はデリキャットさん並の美人エルフであったので、他の地から私達が見つけたエルフという事で誤魔化している。
その他にも、神々からの推薦があった人間達を迎えたが、同じような境遇の者達だった為か、何の問題もなく暮らしているようだ。
アルフォンス君が神となって目に見えて変化した事と言えば、エルフ族の妊娠ラッシュだろうか。
弱まっていたエルフの神の力が、アルフォンス君が就任した事により本来の力を取り戻したというのが要因のようだ。
エルフ族はこれからどんどん増えていくだろう。
少しずつだが、エルフと獣人という他種族のカップルも出来はじめているようだ。
「人間の中に紛れて暮らす神かぁ……」
『ミヤビ様、そういった神も稀にいるのですよ。現にランタンも自身の神域に、管理する対象のドラゴンを保護していましたし』
天空神殿からエルフ街を見て呟いていれば、隣にやって来たヴェリウスにそう教えられた。
『神が管理対象のそばに居る事で栄えるのは自然の理ですから』
「そっか」
天空神殿のゴシック建築ゾーンのバルコニーから見える景色を楽しみながら、ヴェリウスと世間話に興じるこの時間は贅沢だ。
青空を映した水鏡の床に線路がひかれ、それを黒いクラシックなSLが走っている。
まるでイギリスの観光地のような建物が並ぶ街は美しく、今にも箒に乗った魔法使いが現れそうでワクワクさせられる。
さらにこのバルコニーからは幾つも浮かぶ浮島も見え、ドラゴンが住む浮島も小さく見える。
ここから見える景色は本当に綺麗でお気に入りなのだ。
『アルフォンスの教育はランタンに任せました』
「あれ? ヴェリウスが教育するんじゃないの?」
意外な事を言われて隣のヴェリウスに目を移すと、『私も最近忙しいので』と返ってきた。
そういえば北の国にも来れなかったし、最近は家に居る時間も少ないと思い出す。
「神族の仕事内容ってあまり聞いた事がないけど、そんなに忙しいの?」
『内容にもよりますが……』
言い淀んでいる感じがしたのでハッとした。
「もしかして、神王の仕事を肩代わりさせてたとか…?」
恐る恐る聞けばフルフルと頭を横に振られる。が、ヴェリウスは頑張り屋さんなので遠慮しているのかもしれない。
「ヴェリウス、私がやらなきゃいけない事があるなら言ってね? ヴェリウスに全部やらせてしまうなんてとんでもない事だから」
『ミヤビ様……』
キュンっと鳴いて足元にすり寄ってきたので、そのふわふわした毛並みを撫でる。極上の手触りだ。
『前にもお伝えしたように、神王様はこの世界にただ居てくださるだけで良いのです。それがミヤビ様のお仕事なのですよ』
それはそれで公然ニートのような……。
いや、私はもう結婚したんだし、アレだ。専業主婦!!
ん? そういえばご飯はロードが作ってるし、掃除や洗濯は自動(魔法)だし、特に主婦らしい事は何もしてないな。
「トモコは仕事ってあるの?」
『人族は問題をよく起こしますからね。忙しいはずなのですが……大体、今回のバイリン国やフォルプローム国はグリッドアーデンという人族の国を狙っているようですから、本来なら観察せねばならないのですが当の本人は引っ越しの手伝いをして疲れきって眠っていますしね』
呆れたように愚痴るヴェリウス。
あれほど遊び呆けているトモコにも仕事があるなんて! とショックを受けながらヴェリウスの首に抱きつく。
「ロードは朝早くに仕事に行ったし、私はトモコの代わりにグリッドアーデンに様子見に行こうかなぁ」
『ミヤビ様、お一人で行動など絶対になりません!!』
「ヴェリウス……」
『よろしいですか、ミヤビ様は神王様なのです。神王とはこの世界を創った唯一無二の大切な御方。そんな御方がお一人で行動されて何かあったらどうするのですか! 何の為に護衛であるショコラがいると━━…!! ━━ッ』
この後、ポロっと口に出した一言のために1時間程説教されてしまったのだった。
『聞いているのですか!?』
「はいッ スイマセン!!」
ヴェリウスの前では一人で出掛ける等と二度と言うまい。




